![]() fetch u! チカチカと光る"携帯電話"に視線を落として、ジャズはそれをパチンと閉じた。 とっくに良い子の寝る時間は過ぎ、周りがシンと一段と静まり返り始めた午前2時。 少し離れた建物から漏れ出る光に、ジャズはスパークが逸るのを抑えながら扉に手をかけた。 「お、ジャズ!」 「お疲れさん。てか、お前等まだ飲んでたのか」 「そりゃそうだろ。何たって、明日は休みだからな」 入ってすぐに目に飛び込んでくる景色は、最早見慣れたもの。 床に転がる酔いどれの屍の数々に、それを気にも留めずに飲み続ける輩。 ざっと概算しただけでもその数は多く――酒に飲まれていないメンツは片手で事足りるぐらいしかいない。 「雪菜は?」 一応"まだ"会話のできそうな隊員に視線を向けた後、ジャズはきょろ、と視線を彷徨わせた。 珍しく軍の飲み会に行ってくる、と雪菜からジャズに連絡があったのは今から9時間程前。 曰く、同じ女子隊員の結婚記念も含んでいるらしく、普段こういった飲み会に顔を出さない雪菜を笑顔で送り出す……それまでは良かったのだけれども。 「何だ、雪菜の迎えにきたのか」 「あぁ、そろそろ引き上げ時だろ?」 「過保護だなぁ、お前も。あいつならさっきまでそこに――って、あれ?」 ケラケラと上機嫌に笑いながら缶ビールに口をつけた隊員を横目に、ジャズは辺りを見渡した。 別に軍の中で飲んでいて、彼女の身に何かあるとは思っていない。 けれども、”それ以外の危険”ばかりはやはり無視する事ができず――結果、彼女からの帰宅メールを待ちきれずにこうして迎えにきてしまった。 「……どこだ?」 「おかしいな、さっきまであっちのテーブルで飲んでたんだが、」 ふと、ジャズの言葉に気がついた様に隊員が眉を上げたが、それ以上は言葉にせずに肩を竦めるだけ。 後は自分で探せとでも言いたいのだろう、そんな隊員にジャズもまた軽く肩を落としてからそっと雪菜の携帯電話のGPSを探った。 「あぁ、……外か」 幸いにしてすぐに反応のあったそこは、ジャズの居る部屋から10m程離れたテラス。 それに気付くや否や、軽い別れを隊員に告げてジャズはその場を離れた。 「なんでまた、外なんかに――……」 先程までのアルコール臭に満ちた部屋から一転、開けっ放しの扉から一歩外へ出てみればすぐに新鮮な空気がセンサに届く。 ふつ、と途切れた様に静かなそこに、ようやく愛しい彼女の後ろ姿を見つけたのとほぼ同時。 見慣れない男の姿、そして雪菜のクスクスと楽しそうに漏らす笑い声にジャズは露骨に顔を顰めた。 「雪菜」 本当ならば、様子を観察でもすべきだっただろうか。 けれども、そんな事に考えが及ぶ前に口を開いてしまった自分に僅かに後悔がスパークを過ったのも束の間。 くるりと踊る様に揺れた毛先に次いで、見慣れた愛しい彼女の笑顔がジャズの瞳に飛び込んできた。 「ジャズ!」 「よぉ、何やってんだこんなところで」 いつもの彼女ならば、驚いた表情の一つぐらいは宿すのだが。 何故か満面の笑みを浮かべてジャズの元へ小走りに近寄ってきた雪菜を目の前に捉え、ジャズはようやく安堵の笑みを零した。 「どうしたの?ジャズも飲みたくなったの?」 「いや、遅いから何かあったのかと思って」 「え、もうそんな時間?」 ぱちり、とようやく目を瞬かせた雪菜が、少し慌てた様に腕時計に視線を落とす。 そんな雪菜の髪にさらりと指を通しているとふと――ジャズのセンサに何かが届いた。 ……あえて視線を送るまでもない、持ち主はこの場に居る自分と雪菜以外の誰かから。 「ちょっと酔っぱらっちゃって。ジャックと夜風に当たりに外に出てたの」 「何だ、そんな酔っぱらったのか?」 雪菜の声が届いたのだろうか、ジャックと呼ばれた男は、その言葉にまるで存在を誇示する様に咳払いを一つ漏らす。 勿論それに気はついたがあえて……あえて、視線は雪菜に落としたまま、ジャズは雪菜に向かって軽くため息を漏らした。 飲むな、なんて事は言うつもりは無いにしても、見知らぬ男と二人で夜風に当たりロマンチックに過ごすなんて……簡単に見逃せはしない。 「ほんとだな。目、赤いぞ」 「見えるの?ここ、暗いのに?」 「俺を誰だと思ってんだ?」 まじまじと瞳を覗き込まなくても、ほんの少しばかりアイセンサを調整すれば雪菜の表情はすぐにクリアにジャズに届く。 けれども、わざと額をコツンと当てて瞳を覗き込むように振舞ったのは……ジャズなりの威嚇と。 至近距離に見る雪菜の漆黒の瞳に吸い込まれそうな感覚に、ジャズは僅かに目を細めて視線で雪菜に先を促した。 「正義のオートボット様」 「おう、それで?」 「私の、彼氏様」 「よく分かってるじゃねぇか」 正解、と言葉を添えて雪菜の唇に落とす軽い口付け。 ちゅっ、とジャズがリップノイズを静かな世界に落とすと、もう一度、二人の甘い時間を引き裂く様に騒々しい咳払いの音が聞こえてきた。 「……じゃず?」 二人と、ジャックとの距離はそんなに遠くない。 けれども、酔いのせいもあるのだろう、まるで耳に届いていない様子の雪菜に、ジャズは大人気なくも心の中でガッツポーズなんてしながら、甘える様に雪菜の鼻頭に自分の鼻先をくすぐりつけた。 ああ、こんなに酔っぱらって無防備な彼女を"飢えた狼"の前に数分でも晒していたなんて……数百年振りの失態だ、なんて思いながら。 「もう一回キス。今度は雪菜から」 「……うん」 残念ながら、雪菜からのキスにはリップノイズはついていなかったけれども、この場ではそれで十分。 ついでにぎゅ、とジャズの背中に回された腕に答えながら、ジャズは雪菜の耳元に頬を寄せて口を開いた。 「酒くせ」 「へへ」 「ジャズもお酒、飲む?」 「俺は、こっちで十分」 そう告げてから、もう一度ジャズの唇が雪菜の唇に降りていく。 今度は軽いリップノイズだけに留まらず、少し湿った艶々しい音が響き始めてから……どれくらい経ってからだろうか。 コツコツと気付けば背後に響いた誰かの――ジャックの退場の足音に、ジャズはようやく雪菜の唇から顔を離した。 「帰るか?」 「んー、でもまだ、」 「帰って、俺と飲み直すってのは?」 普段ならばアルコールは嗜む程度の彼女なのだけれど、どうやら今日は違うようだ。 小さな子どもの様にジャズを上目に見つめた雪菜の事等まるでお見通しの様に、ジャズから返された提案に、雪菜はきらっと瞳を輝かせた。 「さんせい!」 「よし、なら行くか」 元気よく頷いて、ぴょんと跳ねさえした雪菜の身体を抱き寄せて受け止める。 案の定、ジャズの身体に寄りかかる格好となった雪菜に苦笑と一緒に小言が漏れそうになるが……こんなに大胆な彼女を気を折るのも勿体無い。 少しの間、ブレインサーキットを唸らせようとしたのも束の間、くい、とジャズの袖を引っ張りながら歩き出した雪菜の後ろ姿に笑いを漏らしながら、ジャズもその場を後にした。 ……もちろん、ジャックという名の隊員をmemoに加えるのを忘れずに。 ***** 飲み会が終わった後にジャズに迎えにきて欲しかったんです。 ちょっと妬いてるジャズが見たかったんです^q^ |