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Radwimps





別にこんな風に苛立ちを感じる事は今に始まった訳ではない、とディーノは後ろから聞こえてくる足音に舌打ちを打った。
元はと言えば自分が悪い、自業自得だとは重々に承知している。
そんなスパークを渦巻く負の感情の制御はとっくに諦め、既に存分にディーノが不機嫌に廊下を突き進み続けると――まだ聞こえる足音に続いて、悲痛な声が聴覚センサーに届いた。

「ディーノ、待って!」
「うるせぇな、もう終わりだって言っただろう」
「でも、私貴方の事が、」
「だ、か、ら」

投げかけられる言葉を振り切って歩き続けるべきだっただろう。
それでもうっかり足を止めてしまったのは、背後の女の言葉をかき消す為でもある。
もともと"火遊び"だと互いに合意を得た上での関係だったのに、とディーノはブレインサーキットに残る何番目か分からない女のメモリを再生させた。

「終わりだって、言った訳、"俺が"。これ以上余計な事言わねぇほうがいいんじゃね?」

Ciao、と嫌味なぐらい口元をあげて微笑み、そして甘い二人のメモリは即効でデリート。
そんなディーノの仕草に女は気付いたのだろうか、痛いぐらいに訴えかけるその視線がついにディーノから外された。

「最低」

今まで何度も愛の言葉を紡いでいた女の唇から吐き捨てられた言葉に、ディーノは低く笑いながら再び廊下を歩き始めた。
これで何人目かなんて、正直今更覚えてなんかいないし、覚える気も毛頭無い。
大体、人間とオートボットが恋に落ちるなんて行為が愚の骨頂だ、とディーノは鼻から嘲るように息を漏らした。

「あー面倒くせぇ」

ポケットに手を突っ込んで、回線をゆらゆらと辿る。
未だその先に続く何人かの……何十人かの女へコンタクトをする気にもなれず、ディーノはそのまま"正義のブルーの瞳"をカシ、と瞬かせた。
ここまでスパークが不安定になるのは一体何故か――今更問わなくても分かる、サイドスワイプや、ジャズのせいだ。
オートボットという自身に誰よりも誇りを持っていた筈の彼らが、何千年もの時を経て心を開いたのが――"虫けら"と呼称してもおかしくない低俗で短命な人間相手だなんて。
その事実を知った衝撃は今でも忘れないし、現に今でも彼らのスパークを理解する何て到底できない。

「あ?」
「う、わぉ。ハロー、ディーノ」

そんな事を回線ごしにのんびりと考えていた、その時。
角を曲がった矢先に思わずぶつかりそうになった人間に……雪菜に、ディーノは片眉をあげた。

「何やってんだ、お嬢ちゃん」
「ジャズを待ってて、へへ」

壁に体を預け、そして両手で何かをしっかりと抱えているその姿は、一見して人を待っている他何でもない。
間抜けな質問だ、意に反してスパークがチリと嘲笑するようにディーノの中で音を立てる。
そんなディーノをふにゃり、と頬を緩めて見上げた雪菜に、"あぁ、こいつもこの不快感の原因の一つだ"とディーノは露骨に顔を歪ませた。

「何よ、その顔」
「別に、ただ同情しちまうぐらい幸せそうだと思って」

雪菜との身長差はヒューマンモードの今となっては30センチ程だろうか。
見下ろすようにディーノが視線を落とせば、雪菜の表情からすっと笑みが消える。
コロコロと表情の変わる雪菜は――人間は、確かに興味深いとは思う(自分達には到底劣るが)。
長い時代を生きる自分達からしてみれば、たまには暇つぶしに短命な人間の生態を観察するのも悪くは無いとも思う、が。

「どういう、」
「せいぜいあと70年ぐらいだろ、お前とジャズが一緒に居れるのなんて」
「……」
「しかも、だんだん人間は老いてくる。身体的に」

問い詰めるように雪菜を見下ろし、これ見よがしに首を傾けてみせる。
びくりと揺れた瞳、僅かに大きく見開かれたそれをまっすぐに見下ろすと、ゆらりと分かりやすいぐらいに雪菜の瞳が揺れた。

「例えばあと30年後、今と変わらずジャズがお前を愛する保証なんざどこにもねぇんだぞ?」
「そう、だけど……」
「お前は老いて行く、これは避けられない事実だ。だが俺達の生きている時間軸は違う。俺らはたかだか100年やそこらでは何一つ変わらない」

こんな事を雪菜に問い詰めるなんて、一体自分は何を考えているのか。
確かに自分は人間との恋愛ごっこなんてごめんだ、だが別にそれを他のメンバーに押し付ける気はない。
そうスパークの中では嫌というほどに自覚をしているのに、音声センサを通じて溢れるように攻め紡がれた言葉に、ディーノはカメラアイを僅かに細めた。

「何でそんな事、」
「老いぼれていくお前を、ジャズが本気で相手にすると思うのか?」

淡々と紡ぐのは事実、正論、一般論。
その度に雪菜の瞳が、肩が、ぴくり、ぴくりと過敏に反応することもあえて気がつかないフリ。

「あぁ、こういうパターンもある」

気がつくと、ディーノは自身の口元が強張っているのを感じた。
こんな陳腐な事を問うのに何を恐れる必要があるのか、ましてや人間相手に。

「仮にジャズがお前を最期まで愛していたとしても、必ずお前は先に逝く。その哀しみをジャズに向こう数千年も背負わせる覚悟はあるのか?」

冷酷に、けれども急く様に言葉を紡ぎ落としたのとどちらが先だっただろうか。
不意に視界から消えた――正確にはジャズによって後方に引っ張られた雪菜をディーノは黙って瞳だけで追いかけ、そして白い息をワザとらしく口から漏らした。

「まーた、俺のお姫さんを苛めてやがって、お前は」
「よぉ、ジャズ副官」
「今更白々しいなぁ、おい。虫の居所が悪いのか知らねぇが、こいつに当たるのはお門違いってもんだぞ」

ジャズが近くに来ていたことは勿論気がついてた。
けれども、どうしても雪菜の口から聞いてみたかった――彼女の覚悟とやらが、自分が今まで回りに侍らしていた女共とどう違うのか。

「悪かった」
「俺を見て言う言葉じゃねぇだろ、それは」
「ああ、……雪菜にだ。悪かった」

もう一度口から出た言葉は意外とすんなりと音を紡いだ。
人間に謝るなんて、少し前の自分なら考えられなかった筈なのに。
周りが変わればだんだん自分も変わってくる、それが妙に生々しく感じて、ディーノは来た道を引き返すように踵を返した。

「あ、あの、ディ―ノ!」

後ろからかけられた声に、今度は足を止めることはしない。
幸いな事に暫く歩いたその先に既に先程の女の姿は無い、それに安堵を覚えると共に僅かに翳った霞を即効でデリートにかけてから、ディーノはポケットから煙草を取り出した。

「平気か?」
「え、あ、うん、大丈夫、」
「じゃねぇって顔してるだろ、お前は。全く、いつも抱え込みやがって」

そんな彼の後姿をじっとみていた雪菜に、先ほどとは違う気遣う声色が頭上から降ってくる。
気付けばぽすりとジャズの腕の中に納まっている自分に今更ながら気付いて、雪菜は固まっていた頬をゆっくりと溶かしてみせた。

「あんな簡単に揺さぶられて泣いてるんじゃねーよ、ばーか」
「だ、って」
「それとも、雪菜は後悔してるのか?」

問われた言葉に、雪菜がバイザーごしに光るジャズの瞳を捕らえ上げる。
数色の色が垣間見えるそのグラスの奥にあるブルーの光。
そしてこちらを見下ろすその真剣な瞳に含まれるたくさんの意味を全て心に受け止めて――雪菜は小さく首を横に振った。

「ぷ、何もそんな泣かなくても良いだろ?ほんと、俺のお姫さんは世話がやける」
「泣いてなんて、」
「嘘つけ、瞳の水分率高いぞ?ほら、クッキー焼いてくれたんだろ?あったかいうちに食おうぜ」

ゆっくりと腕を解くその前に、ジャズは雪菜の額に温かい口付けを一つ。
つ、と指を絡めながら歩き出したジャズの後頭部を見つめ、そして既に去っていったディーノを思い返すように背後へと視線を向ける。
あの人はもしかして、と未だ不確かなその形を形容しようとして……雪菜はジャズの手をぎゅっと握り返した。




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何がしたいんですか。ディーノたんを救済したくて。
次のお話で、関係つけれて完結できたらなぁとか思ったり。
続物じゃないけど、続物ちっくになってしまった。