Fluffy!! knock knock! 「……」 「ノックノック!」 「聞こえてるよーどうぞー」 部屋に響くドアをノックする音。 次いで、まるで訴えるように響いてきた声に、雪菜は手にしている分厚い書類から目を離すことなく口を開いた。 「居るなら出てくれてもいいじゃねぇか」 「いつもノックして勝手に入ってくるでしょう?」 チラ、とだけ視線をドアへ送ればそこには見なれた銀髪の男が一人。 少し不満そうな色を宿している表情にはあえて気付かないフリをしてから、雪菜は視線を手元へと戻した。 そんな雪菜に、ジャズは溜息を盛大に漏らしてみるが――勿論反応等返ってこない。 「仕事、まだ終わらないのか?」 「んー……」 「もう定時は過ぎただろう?」 「そうねー……」 コツコツとジャズが彼女に近づいても、相も変わらず雪菜の視線は手元に縫い付けられたまま。 別に彼女の勉強熱心さは今に始まった訳ではないけれど、とジャズはガランとしたリペアルームをぐるりと見渡した。 「ラチェットは?」 「んー……」 問いかけてみても、返ってくる反応は好い加減なもの。 一応は"音"を返してくれるのだからいいか、なんて大分の妥協をしながらジャズは回路を開いてラチェットを探した。 いつもならこの時間になるとラチェットが強制的にリペアルームを閉めている筈だけれども……成る程、今日の彼はお偉いさんと会議で終日不在らしい。 その隙をついて研究に勤しみたい彼女の気持ちも分からなくはないが、せっかくの休みの前日ぐらい一緒に甘い時間を過ごしたいと思うのが彼氏としての心情だ。 「なぁ、明日は休みだろ?」 「うん……うん、だから今日中にやってしまいたくて」 「だけど今のままだと間違いなくここに泊り込むだろ、お前」 「そんな事な、」 「ある」 そんな雪菜の言葉を途中で遮りながら、ジャズはすっかりと空になっていた雪菜のマグカップを手に取った。 カップのそこを見る限り、かなり長時間ここに放置されていたに違いない。 そんなマグカップが3個も並んでいるのだから――大方、洗うのが面倒で新しいマグカップに次々とコーヒーを入れていたのだろう。 そういえば以前、ラチェットがビーカーに紅茶を入れているのを見た覚えがある、とジャズは失笑を漏らしながらそれを流し台へと戻した。 「そうねぇ」 「腹減った、俺」 「まだ食堂開いてるんじゃない?」 行ってくれば?と何ともあっさりと言葉を返した雪菜を振り返ると、既にそこにはこちらに視線を送っていた彼女の姿は無い。 代わりに今度はパソコンの画面に文字をカタカタと打ち出したその音に、ジャズは本日二度目の盛大な溜息を漏らした。 食堂が開いている事ぐらい知っている。 だけども今の発言は、自分なりの食事のお誘いだったのだが……と。 「……雪菜は?食わねぇの?」 「私は、まだやる事があるから」 「また体調壊すぞ?」 そう言いながら雪菜の背後に回ってパソコンの画面を覗き込んでみるが、彼女の反応は薄い。 ついでに画面を解読しようとカメラアイのピントをあわせてみたが、彼女の見ている画面が一体何なのか皆目検討もつかない。 手伝えるなら、と緩くブレインサーキットを振るわせてみたものの、早々に回路を遮断してからジャズは後ろから腰を屈めて雪菜の肩に首を置いた。 「……ん?」 「フワフワのオムレツ」 「え?」 ぼそり、とまるで呟くように。 それでも近い距離のおかげでしっかりと雪菜の耳には届いたのだろう、高速でタイピングをしていた彼女の指がピタリと止まった。 「フワフワのオムレツが食いたい。雪菜の作ったやつ」 「どうしたの、急に」 「バンブルビーとサイドスワイプが言ってたんだ。この前お前の手料理を食べたって」 無事に彼女の注意を引く事に成功したのをいい事に、そのまま雪菜の頬に頬を寄せながらしゅるりと腹部に手を回す。 更に、ごそごそと白衣の下に手を回した彼に、雪菜は名残惜しそうに1タイプだけキーを押したが、まるで"観念"と言うかのようにジャズのほうへと視線を投げかけた。 「あぁ、たまたま居合わせたからね」 「ずるい」 「ずるいって、何が?」 「俺もお前の手料理食いたい」 ぷ、と彼にしては珍しく唇を尖らせた様子に、雪菜はようやく口元に笑みを浮かべた――正確には、失笑だが。 そんな雪菜に更に怪訝そうに眉を潜めたジャズに、雪菜が疑問を投げる様な視線を送ってみたが、彼からの返事はない。 代わりにぎゅ、と顔を埋めるように肩に頭を落としたジャズの髪をポンポンと撫でながら、雪菜はふ、と笑いを零した。 「手料理、ジャズはいつも食べてるじゃない」 「けど、フワフワのオムレツは食べたこと無い」 「あー……そう言われてみれば。何、そんなに食べたいの?」 「食いたい、すっげぇ食いたい」 まるで駄々をこねるように頭を軽く振りながら雪菜の問いかけにボソボソと答えながら、ジャズは先ほどしたばかりのバンブルビー達との会話を再生させた。 それはたまたまバンブルビーとの会話の中で出てきた、雪菜の手料理話。 曰く、彼女の作るオムレツは絶品だった、と。 その時は軽く会話を受け流した素振りは見せれたものの……実際は全く受け流せてなんかいない。 子供染みた独占欲である事は重々承知なのだけれども、自分が食べた事のない料理を他の誰かが食べた事が……とにかく、気に食わなかったのだ。 「ふふ、じゃあ明日のお昼にでも、」 「……今すぐ食いたい」 「……今すぐ?」 「今すぐ」 拗ねるように頭を揺すり、そして同じく拗ねた口調を装いながら紡がれるジャズからの言葉。 その珍しいジャズの後頭部を何事だと言わんばかりに雪菜がしげしげと見つめたが、当の本人は急かす様に雪菜の身体にぎゅっと抱きついてくるだけ。 余程オムレツが食べたかったのだろうか、けれども、と雪菜はチラリとパソコンのデスクトップに視線をやってから、眉を下げた。 「でも家に卵無かった気がするんだよねー……スーパーに買いに行きたいけどもう時間が、」 「スーパーの閉店まであと39分ある」 「間に合わないよ?」 「間に合わせてみせるさ、ほら、行くぞ」 「え、ちょっ!?」 否定的な雪菜の言葉を、どうすれば肯定と取れるのだろうか。 雪菜がぽつりと漏らした言葉に、不意に顔を上げたジャズはブルーのカメラアイをきらりと輝かせながら満面の笑みを浮かべている。 次いで、すぐに……まるで人形を抱き上げるかの様に雪菜を抱き上げたジャズに雪菜が息を吐く間もなく、瞬きをほんの2回程している間にジャズの腕の中でいつものポジションに収まってしまった――いわゆる、お姫様抱っこに。 「ほんと……強引なんだから」 「放っておいたら、お前ずっとそこで仕事してるだろ?」 「そんな事はないわよ……終わる目処がついたらちゃんと帰る予定だったし……」 「けど、俺の事は放っておくだろ?」 最初はこんな抱き方されるなんて!とバタバタと身体を捩った事もあったが、今となってはそんな動きをした所でジャズが腕を解く事等ないと十分に分かっている。 むしろ、この状態になったら最後、結局はジャズの言いなりになってしまうのだから困ったものだ、と雪菜はワザとらしく溜息混じりに悪態吐いてみたのだが。 返ってきたジャズの言葉と、ムっとした不機嫌な様子の視線を受け止めてしまえば言いたい事も言えなくなってしまう。 「拗ねないでよ、ちょっと集中しちゃっただけで、その……ジャズの事を放っておいたわけじゃ、」 「へぇ?だいぶ上の空に見えたけどな?」 「ご、ごめんなさい」 ジャズの言い分があながち間違っていないからこそ、もはや白旗をあげるしかない――自分の悪い癖は自分が一番よく知っているのだから。 それにしても随分ご立腹にも見えるジャズに、雪菜が素直に謝罪の言葉を漏らして首に腕を絡ませれば、先程の不機嫌な顔はどこへやら。 打って変わって口元を引き上げて笑みを浮かべたジャズに、雪菜がほっと胸を撫で下ろそうとしたのも束の間。 「晩ご飯にデザートもつけてくれたら、水に流してやる」 「デザート?」 「こういうのって、定番だろう?」 「何が?」 そう言葉と一緒に視線を投げかけた時には既にジャズとの距離はゼロセンチ。 触れるだけの軽いキスを送ったジャズはそれは満足そうに雪菜の耳元で甘噛みとともに囁きを一つ落とした。 "u are my sweet, aren't u?" "デザートに彼女を頂くってのは、定番だろ?" ***** ふわふわのオムレツ、とジャズに言わせたかっただけです\(^o^)/ |