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眠りの狭間に





少しだけ薄暗くなった部屋、けれどもジャズの聴覚センサーに響いてくる音は少ない。
キュイ、と少しだけ視覚センサーを再調整してから、ジャズはすぐ目の前で寝息を立てていた雪菜を改めて見つめた。

「……ふ、」

今までもずっと見つめていたにも関わらず、隣ですやすやと穏やかな寝息を立てる彼女を見ると、どうも自然と笑みが漏れてしまう。
少し肌寒いだろうか、とそっと露になっていた肩にタオルケットをかけなおしてやれば、雪菜の身体が心無しか小さく揺れた。

「……雪菜」

二人が身体を重ねたのは、まだ数時間前。
いつもより少し――ほんの少しだけ、強く求めてしまった自分を今更小さく反省しながらも、ジャズはスパークの内に沸き上がる充足感に苦笑を僅かに浮かべた。

「ちょっと、無理させちまったな」

囁く様にそう謝罪し、規則正しく寝息を立てていた雪菜の頬にそっと手を伸ばす。
幾度となく身体を重ねてきたのに、それでもまだ、足りない。
数千年以上生きてきたのに、初めて沸き上がったこの感情はいったいどうしたものか、と半ば自身で呆れさえもしてくる。
それでも、そんな自分を雪菜は何だかんだで受け止めてくれるのだから――本当にタチが悪い。

「けど……お前が悪いんだからな?」

彼女が起きてこの言葉を聞いていれば、顔を真っ赤にして抗議してくるだろうが、今はその言葉は返ってこない。
それを良い事に責任転嫁をしてから、ジャズは緩みっぱなしの頬を気にする事もなく、腕の中の雪菜へと身体を寄せた。

「……」

小さな小さな、人間という――雪菜の存在。
今まで数えきれない程の惑星を渡り歩いてきた、数えきれないくらいの種族に遭遇もしてきた。
その中でもトップ3に入る程に、か弱く、脆く、そして儚い”人間”という種族。

「こう言うと、お前は怒るだろうなぁ」

クツ、と喉を震わせて笑いながら、ジャズは雪菜の頬にかかっていた髪の毛を優しく退けながら、地球に降り立った当初のメモリを引き出した。
オプティマスの言葉に従い動いていたが実際、この小さな種族が自分達に勝るものは何一つない、と侮っていたのは――この惑星に降りて間もない頃の話。
確かに興味深い種族、けれどもそれはどの種族に対しても感じていた事であり、これといって珍しい事でも無かった筈なのに。

「……不思議だよなぁ、お前らって」

そう独りごちながら、ジャズは雪菜の額に軽い口付けを贈った。
気付けば軽視していた人間にアドバイスを求め、気付けば彼等の為にスパークを放り投げんばかりに奮起になっている自分達が居るなんて。
――そして、雪菜という存在にここまでスパークが揺さぶられ、振り回される事になるなんて。

「……雪菜」

今となってはその名前を呼ぶだけで、ジャズのスパ―クが形容し難い具合に甘く震える。
こんな感情が、こんな”人間らしい”感情が自分にあったなんて。
長い長い、機械生命体でさえ気が遠くなってしまいそうな程に戦いと探索に時間を費やしてきた中で、半ば忘れてしまっていた感情。
それを紐解いてくれた雪菜に対する感情は人間の”愛”だなんて言葉では全く足りない、と、ジャズは残りの感情を埋めるように雪菜の柔らかい頬に指を這わせた。

「ん、」
「……お?」

ゆっくりと流していたメモリに気を取られていれば、ふと指先に感じていた雪菜の頬がぴくりと動く。
それと同時にもぞりと大きく動いた彼女の身体に……うっかりと声をあげてしまえば、今度は雪菜の瞼がぴくりと揺れた。
起きるか、寝るか。
いつもよりだいぶスローペースな彼女を見つめて暫く、やがて重たそうに開いた瞼の下から見慣れた漆黒の瞳がジャズのカメラアイに届いた。

「じゃ、……」
「起こしちまったか?」
「ず、……ん、ぅ」

もぞもぞとやがて先程よりは活発に動き出した雪菜の後頭部をゆっくりと撫でながら、ジャズは緩みきっていた頬を僅かに引き締めてから、改めて口元に笑みを浮かべた。
出来るだけ自然に、ナチュラルに。
”また寝てる所勝手に録画してたの?!”なんて言葉が寝起きの彼女から降ってこないように、と。

「、ま、……、じ」
「ん?」
「いま、なん、じ……」

とろり、と形容するのが一番だろう。
それ程までにたっぷりと眠気を含んだ彼女の語調に、ジャズは一度だけ額に唇を落としてからベッドサイドに置いてあったデジタルの時計へと視線を流した。
――そんな事をしなくても、自分のブレインさーキットにはきちんと人間時間がリアルタイムでDLされているというのに。
いよいよ人間臭くなっちまった、と思う自分と、それも悪くないと思う自分に苦笑を漏らしながら、ジャズは雪菜に耳元に囁く様に言葉を落とした。

「まだ朝の4時前だ、寝てろ」
「ん……、」
「明日は久し振りのオフだしな、ゆっくり休め」

最近忙しかっただろう、といつもの調子で言葉をかけてみても、雪菜の反応は無い。
とろんとした瞳に、いつもよりだいぶ時間のかかる瞬き。
今となっては見慣れた”寝ぼけた雪菜”を良い事に、額に、頬に、そして唇にキスを送ってみても――驚く程に無反応なのだから、とジャズが静かに笑い声と供に喉を震わせた。
これが覚醒時ならば、せめて可愛らしいキスのお返しがある筈なのに、と。

「じゃ、ず」
「どうした?」
「……のど、かわいた」
「ん、ちょっと待ってろ」

……大方、今自分が雪菜にキスを何度か送った事も、もう一度眠りについて起きた暁には彼女は何一つ覚えていないのだろう。
それを“いつもの事だ”とジャズはニヤとスパーク内で笑ってから、ベッドサイドを見渡してみたが……生憎、視覚センサーに入ってくる飲み物は一つもない。
一度ベッドから出て冷蔵庫の中でも漁って来るか、と早々に決めてから、ジャズが雪菜の首の下から腕を抜き取ろうとして――

「……雪菜?」
「、や」
「うん?」

ぎゅ、と今までかかっていなかった力がジャズの腕にかかる。
それに僅かにカメラアイを見開かせてみれば、いつの間にかそこにしっかりと雪菜の腕が絡み付いているではないか。

「……行っちゃ、嫌」
「言っている事と、行動が伴ってねぇぞ」

ぷぅ、とでも表現したらいいのか、頬を少し膨らませて不機嫌そうに雪菜が言葉を漏らす。
それに至極まともにジャズが言葉を返せば――今度は不安そうに潤んだ瞳がジャズのブルーのカメラアイへと注がれた。
途端にチリと締め付けられたスパークに、自分の事ながら”単純だよなぁ、俺って”なんて失笑すら浮かんでしまう。
それでも、さっとスキャンした彼女には(後で怒られるだろうが)、確かに水分率が通常時より僅かに少ない。
ここで彼女の甘い我が儘に流されるのは酷く大歓迎だが、後々喉に支障、立て続けにウィルスにやられるなんて――考えられなくはないのだから、とジャズは雪菜の絡み付く腕を何とか優しく引き離した。

「水、いらねぇのか?」
「い、る」
「じゃあちょっと離してくれるか?すぐ戻ってくるから」
「……ほんと?」

何をそこまで不安に思う事があるのかは分からないが、たまにこうして寝ぼけた雪菜はジャズに酷く甘えてくる。
けれども、次の日の朝に雪菜が全く覚えていないとなれば――別にあえて聞く必要も無いだろう、と勝手に結論付けたのは少し前。
今日もまた、不安そうに何故かこちらを見上げた雪菜の額に甘く口付けてから、ジャズはベッドから身体を起こした。

「あぁ、すぐ戻るから」
「……ん」

ジャズを追いかけて宙を舞う雪菜の手を受け止め、そしてタオルケットに忍ばせる。
どこか名残惜しそうにジャズを見つめ、そして求めようとしたその手に一時だけの別れを送ってから、ジャズは無駄に早い計算機能を生かしてキッチンへの最短ルートなんてものを叩き出した。

「ほら、持ってきた……ぞ……って、」

グラスに注いだ水を片手にベッドに戻るまで、57秒。
出来るだけ短時間で持ってきたものの……どうやら、徒労に終わってしまった。

「悪い、待たせすぎちまったか?」

そこにはベッドで丸くなって寝息を立て始めた雪菜。
予想していなかった訳じゃないが、とジャズは小さく詫びを告げてから再びその隣に滑り込んだ。
眠りにつくと同時に力が抜けてしまった雪菜の身体を腕の中に改めて抱きしめて、ぎゅっと痛くない程度に力を込める。

「起きたらちゃんと水飲もうな」

すり、と雪菜の頭に頬を寄せて、そして満足にスパークが震える。
本当なら、朝まで彼女を見つめていようと思っていたけれど……この温かい彼女の温もりを感じながら幸せに回路を緩めるのも悪くない、と。
聞こえてくる寝息を子守唄に、ジャズはそっと瞳を閉じた。




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「桜並木」のユキ様へ、相互記念にお捧げします(*´д`*)
シリーズのジャズ、雪菜嬢でいちゃいちゃという事でしたが……何だかジャズが一人ニヨニヨしてるお話になってしまいましたw
こんな拙宅、拙宅のお話ではありますがこれからも仲良くして頂ければ泣いて喜びますモジ(((´ω` *)(* ´ω`)))モジ
ユキ様、これからも末永く宜しくお願いしますヽ(*´∀`)ノ

柑咲春菜
breeze* 13/05/2012

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