Dried up? 人間と機械生命体。 もちろんどちらも感情を有する生命体ではあるが、それでも自分達が有しない人間独特の感情にジャズはカシャン、とバイザーを上げながら自身の足下を見下ろした。 『……雪菜?』 「ひっく……っ」 『あー……その、何だ、どうした?』 宇宙で行われたいつものエネルギー探索から帰還したのは数時間程前の事。 いつもならば雪菜の仕事はこれからで、リペアルームでオートボット達の負傷部位の治療の準備に勤しんでいる筈なのだけれど。 何がどうしたのか、今日は滑走路に到着するや否や建物から飛び出してきた雪菜がジャズの足下に飛びついてきたのだ。 『ジョルトに何かされたのか?』 「っ……ち、がっ……」 『それとも、俺が死んだとでも思ったのか?』 「ふっ、……うわぁあん!」 『なっ!?』 その言葉に堰を切った様に声をあげて泣き始めた雪菜に、思わずジャズが身体を驚きに揺らした。 冗談半分に紡いだ筈の言葉、いつもならば少し怒った返答が返ってきたりする筈なのに――今日の彼女の様子は至って真剣そのものだ。 『おいおい、マジかよ。俺を誰だと思ってるんだ?』 「だ、だっ、だって……!」 『ほら見ろ、ちゃんと戻ってきただろう?』 そっとしゃがみ込んで雪菜の頭をそっと金属の手で撫でてやると、小さな身体が大きく揺れる。 そしてゆっくりと、ようやく顔を上げた雪菜の顔をカメラアイに納めてから苦笑を漏らし、ジャズは彼女の身体を手の中に納め込んだ。 『どうしたんだよ、一体。いつもは"また壊してきて!"って今からお前の説教が始まるところだろ?』 「じゃ、じゃずがっ……だって、じゃ、ずが……」 ひっくひっくと絶え間なく嗚咽を漏らすものの言葉にならない雪菜の様子に、ふと供に帰還した仲間を見渡してみる。 ほんの少しだけ離れたそこには、大きな黒い体を丸めたアイアンハイドの姿。 その足下に見えるレノックスの怒った顔、それから少し離れた所でサイドスワイプも自分と同じ様にタイヤにべたりとひっついている彼女にオロオロと手で空を切っているではないか。 一体何がおこった、と、ジャズが一時的に閉じていた回線を開くと……途端に大量の未受信データがブレインサーキット内に流れ込んできた。 "応答してください"とは、地球に残っていたジョルトからの通信。 "ジャズ、どこにいるの?""無事なの?"と何度も入っていたのは雪菜から大量に送られていたSMS。 更には、"オプティマスからの通信がないんだが"というのはレノックスから。 『あぁ、そういう事か』 ぱすん、とようやく溶けた謎にジャズは背後から白い安堵の排気を漏らした。 今回のミッションで降り立ったのは、思っていたよりも電磁波の強い惑星。 各々の回路に異常をきたさないように、全ての通信回路や機器をシャットダウンしてミッションに取り組んでいたのだけれども、どうやらその状態を人間達は"異常事態発生"と認知したようだ。 現に、急に連絡が取れなくなったにも関わらずに、ジョルトからの最終通信データは"怒られるのを覚悟しておいて下さいね"なんて内容だったりする。 ――ジャズにぃ!ジャズにぃ!―― ――どうした、スワイプ?今ちょっと取り込んで、―― ――こいつ泣き止まねぇんだけど!―― ――そっちもか、こっちもだ―― ――ど、どうしたらいい?!―― ようやくクリアになった彼女の涙の意味に、ジャズが優しく指の表面を温めながら髪を一掬いしていれば、不意に今度は弟分の通信が入ってきた。 目の届く範囲内にいた筈だ、と顔をあげたジャズのカメラアイに映ったのは相変わらずおろおろとしゃがみ込んで彼女を手にのせているサイドスワイプの姿。 ふと、その姿と今の自分の姿があまりにも酷似しているように見えて、ジャズは通信内でくつりと笑い声を送った。 ――とりあえず、泣き止むまで傍にいてやれ―― そう告げてから、回線から回路を組み替えて雪菜を指で抱きしめるように優しく包み込む。 相変わらずしゃくりをあげながら涙をぽろぽろと零す雪菜は、顔を隠す様にジャズの指に頬を押し付けている。 この小さな小さな愛しい彼女が、肩を揺らして涙を零すのに心底罪悪感を感じるものの……どこか嬉しい、と思ってしまうのは何故だろうか。 申し訳ない気持ちと、同時に込み上げる愛らしい感情の事は今は言葉に出さない方が良い、とジャズは言葉の代わりに雪菜の頬を傷つけないようにそっともう片方の手で触れた。 「わ、私っ、しっ、しんぱっ、いでっ……!」 『あぁ、悪かった』 「しっんぞ、……止まるかっ……て……思っ、」 『本当に、悪かった。悪い、ちゃんと回路閉じる前に言っておけばよかったな』 つ、と瞳から止めどなく溢れる涙は、ジャズの指先を伝って地面へとぽとりと落ちる。 何度拭っても溢れてくる彼女の涙に、ジャズが些細な幸せを感じながらその様子を見つめていると…… ――あ、あの、ジャズにぃ?―― ――何だよ、まだ何かあるのか?―― ――人間って水分で出来てるんだよな?身体の殆どが水分だろう?―― ――そうだけど、それが?―― ――こんなに水分目から垂れ流してよぉ、ま、まさか……干からびて、死んだりしないよ、な?―― "まさか、なぁ?"と言葉の節では笑いを含んでみせたサイドスワイプの通信に、ふと、ジャズは自分の指にしがみついている雪菜に焦点をあてた。 確かに、帰還してからかれこれ43分が経ったが、雪菜の頬を伝う涙は一向に止まるようには見えない。 むしろ、先程よりも一番大きな涙の粒が頬に溜まっているのがジャズのカメラアイに届き、ひやり、とスパークがいっきに冷え込んだ。 『雪菜!泣くな!』 「っ……ふぇええ、」 『駄目だ、ストップ、とりあえずストップ!』 ジャズが雪菜の涙を見るのはこれが初めてじゃないし、人間は泣く生き物だと言う認識もある。 けれども、これ程までに大泣きをする雪菜を、人間を見るのは……初めてかもしれない、とサイドスワイプの通信に返事をする事もすっかりと忘れて、ジャズは慌てて雪菜の身体にスキャンをあてようとして…… 『ちょ、指から離れろ』 「い、いやっ!」 『雪菜、落ち着けって、ちょっとでいいから――』 自分の指にしっかりと抱きついているせいで、上手くスキャンが当たらないなんて。 普段なら熱い抱擁に金属パーツが緩んだりするのだけれど、今のジャズにとってはそれどころではない。 足下に残る僅かな水分の量を慌ててスキャンして計り、そして指に感じる水分の重みを計量にかけ……と、ジャズが忙しない金属音を鳴らし始めたのに気がついたのか、不意に雪菜の顔がジャズの指から離れた。 「じゃ、ずっ、」 『ほら、大丈夫だって!本当に!な?俺はここにいるだろう?!』 「……だって、も……もうっ、会えないかもっ、て……ふっ、うぁあああああん!」 『っだー!!泣くな、泣くなって……頼むから。な?』 必死のジャズの説得も空しいかな、雪菜の瞳から水分が消える気配は見えない。 むしろ先程よりも徐々に増えてきている涙の量に、ジャズはブレインサーキットで検索をかける余裕すらなく、頼れる軍医へと通信を送った。 ――ラチェット!人間って泣きすぎて死んだりするのか!?―― 勿論そんなSOSを送ったのは、何もジャズだけではない。 同じくシルバーのボディをオロオロさせながら光らしていたサイドスワイプも、ジャズと然り。 されど、未だに回路を切ったままのラチェットからエラーの文字と供に跳ね返ってくると、叫び声をあげる彼女達なんてお構いなく"摘まみ上げて"、銀色の兄弟達は慌ててリペアルームに駆け込んでいった。 ***** 焦るボッツ達可愛い。人間ってこえええ!とか思ってるといいよ^q^ >>back |