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Coz I know





ゆらゆらと蒸気で揺れる水面を見つめて暫く。
ポチャンと落ちる二度目の音に、ジョルトは目の前で肘を突いて座っていた副官へと視線を上げた。

「ん?」
「いえ、あの」
「どうした?」

その視線にすぐに反応を示したジャズは、器用に片眉をあげて見せる。
だが、すぐにジョルトの視線が再び落とされた事に気がつき、ジャズもまたその視線を辿るように手元へと視線を落とした。

「雪菜さんって、お砂糖は1つだと思うんですけれど」
「あぁ、いいんだよ。今日はこれで」

くるくるとマドラー代わりのスプーンで湯気の立つコーヒーをかき回しながら、ジャズが気付いたようにくつりと息を漏らす。
確かに、今入れた角砂糖で2個目。
それに細かく気がついた上に、自分の彼女の好みまで把握している"軍医助手"の何と律儀な事か、とジャズは苦笑を浮かべた。

「ですが、今までの分析結果から推測する雪菜さんの好みは……」
「普段はそうだけどな」
「今回は違うんですか?」

キュル、と静かな金属音を鳴らしたジョルトに、ジャズはもう一度軽い笑いを漏らしてからスプーンを取り出した。
今はまだ"律儀な軍医助手"と見ておくべきか、それとも予防線なんてものを打ち出してみるべきか。
コンマ1秒程思案をして思考を切り上げて、ジャズは軽いウィンクを一つ送りながら目の前のクッキーへと手を伸ばした。

「雪菜さん、疲れているんですか?」
「どうしてだ?」
「人間は疲労時には血中の糖分が著しく低下すると聞いたんで」
「あぁ、"ラシイ"な。まぁ別に疲れてねぇとは思うけど」

そう答えたジャズに、再度不思議そうな音が返事の変わりにジョルトから響く。
人間らしく首を傾げて、疑問を表現するあたり、最近地球にやってきた割にずいぶんと人間になれているようにも見受けられる。
それこそ、恐らく普段から接している人間――雪菜のせいだろう、とジャズはまだ来ない待ち人を想いながらチラと開かない入り口へと視線を送った。

「何となく、ってやつだ」
「何となく、ですか?」
「、別に糖分を摂取しないといけないぐらい疲れてはないと思うぞ、今日は」
「ですが……お砂糖2つでも、太る、とか文句言いそうじゃないですか?」

くすり、と笑うジョルトは恐らくいつもの雪菜を思い浮かべているのであろう。
そういえば最近太っただなんて気にしていた雪菜を、ジャズもまた思い出したのものの綺麗なカーブを口の端に描いてみせた。

「これでいいんだよ」
「そう、ですか」

自分より近い距離にいるジャズの言う事の方が信憑性があると取ったのか、こくりと素直に頭は落とすものの、それでも不思議と不満の感情が入り混じって聞こえるジョルトの回答。
それを耳にしながらも、すぐに相被さるように入り口の扉の開く音に首を後ろへと向けた。

「ごめんね、お待たせ」
「お疲れさん。いいさ、16分23秒くらいの遅刻」
「うわー、すっごい根に持ってるでしょう、ジャズ」

パタパタと足早に二人の待つ席へと駆け寄ってくるのは、今まで話題に上がっていたジョルトと同じ軍医見習いの雪菜の姿。
先ほどまで仕事に追われていたのだろう、クリップでとめた髪を解きながら、ジャズへと視線を送ってすぐに相席して座っていたジョルトにもにこりと笑みを浮かべた。

「ジョルトも居たのね」
「ええ、休憩です」
「言われてたデータ、さっきデータとしてファイルに入れておいたわ」
「ありがとうございます」

そう告げながら椅子を引き、そしてジャズの隣へと当たり前のように腰をかける。
その間に少しだけジャズと頬に交わし合うキスなんて、もはや見慣れた光景。
今更騒ぐのはサイドスワイプぐらいだろう、なんて思いながらジョルトが二人を見つめると、目の前にジャズからスっと差し出されたコーヒーに雪菜が当たり前のように手をつけ始めた。

「ありがと、ジャズ」
「おう」

そしてこくり、と喉を鳴らして雪菜がコーヒーを一口。
少し冷めたせいだろうかスムーズに喉に流し込んだ雪菜は、やがて何かに気がついたようにジャズを振り返った。

「すごい、丁度甘いのが飲みたかったの」
「だと思って」
「さすが、デキる彼氏様」
「だろ?」

クスクスと楽しそうに笑いあうのも、二人のいつもの光景。
バカっぷるだとか、二人の世界だとか。
この場にいるのがレノックスなら、もしかしたら冷やかしの声がかかるかもしれないけれど(サイドスワイプは除いて)、普段から雪菜の傍にいるジョルトからしてみれば今更何てことも無い。
それよりも――……

「どうして分かったんですか?」
「え?」
「雪菜さんが甘いコーヒーを飲みたがってるって」

脈絡の無いジョルトからの言葉に目をぱちくりと瞬くのは雪菜、そして隣でその様子を見ていたジャズは先程と同じように瞳に笑みを刻んだ。
地球にきてまだ時間が短いせいだろうか、何でもかんでもジョルトが質問をしてくるのは良い兆候では確かにあるのだが。
こればっかりは上手い説明の言葉もでてこないからお手上げだ、とジャズが口を噤むと未だに不思議そうな表情を全面に宿したジョルトは、やがて解析エラーとでも言わんばかりの機械音をワザとらしく響かせた。

「僕の解析回路に不具合でもあるんでしょうか」
「エラーなんてないさ。いわゆる"勘"ってやつだ」
「エラー?ジョルト、調子悪いの?」

そう尋ねながら心配そうな声をあげた雪菜に、ぽん、とジャズの手が肩にかかる。
何か、と雪菜が振り返ったそこにある、どこか得意そうな表情のジャズに雪菜だけは更に小首を傾げた。

「勘って……じゃあ、根拠は全く無いんですか?」
「んなもん、無いさ。数字の解析根拠じゃないからなぁ」
「でも、勘なんて、当てにならない数値じゃないですか」

そう告げられて、ジャズは相変わらずきょとんとした表情を宿している雪菜の髪に指を通しながらのんびりとクッキーを一頬張り。
ぼりぼりと金属内に響く音を感じながら、のんびりと回路を開いてブレインサーキット内に検索をかけてみると、確かにそこに現れた"雪菜がコーヒーに入れる砂糖の解析結果"は1つだけ。
その機械的解析結果だけを基にすれば、確かにジョルトの言葉は理にかなっている、のだけれど。

「あぁ、あれだ。愛の力ってやつ?」
「何それ?ねぇ、ジョルトにジャズ、話が全然見えないんだけど」
「じゃあその愛の力っていう数値はどうやったら分かるんですか?」
「は?」

今度は至極真面目にそう問いかけてきたジョルトに、雪菜からすっとんきょんな声が上がる。
今度こそ"一体何の話なのか"と問いつめる視線を雪菜から感じたものの、ジャズ自身もまた、ジョルトの質問に噴出すのを何とか堪えてから"兄"らしい笑いを何とか浮かべてみせた。

「はは、お前にはまだ無理だ」
「そうなんですか?」
「こういう感覚っつーのは……何ていうか、コイツの事を健気に四六時中考えてると自然と身についたっつーか」
「……ジャズ副官って意外と暇なんですか?」

その言葉にいち早く反応したのは、隣に座っていた雪菜。
ケラケラと楽しそうに笑った上に"そうかもしれないわよ"なんて余計な事を付け加えた雪菜に、ジャズからは呆れた表情が全面に出てくる。
言ってろ、なんて見放されるのはいつもの事と言わんばかりに、雪菜が長い笑いをクスクスと噛み殺していれば、ジャズは溜め息と供にクッキーの最後の一切れを口へと流し込んだ。

「別に解析結果から砂糖が2つだなんて割り出した訳じゃなくて、ただ、何となく甘いものが飲みたいって言い出すだろうなって思っただけだ」
「わ、ジャズすごい」
「当たってただろう?」
「……僕にはよく分からないです」
「そのうちお前も分かるようになるさ」

"雪菜以外のヤツのだけどな"と付け加えたジャズの声は耳に届いていたのか否か。
暫く思案していたジョルトは、プスンと見えない排気音を漏らしながらやがて軽く首を振ってから席を立ち上がった。

「まだまだ、学ぶことがたくさんありそうです」
「焦らなくてもいい。身近な人間とか関わってると自ずとわかってくる、そんなもんさ」
「はい。じゃあとりあえず、一番身近な人間の観察から始めてみます……宜しくお願いします、雪菜さん」

にこり、といつもの笑みを漏らすと同時に雪菜の髪をポンと一撫で。
その様子にぽかんとした様子で"こちらこそ"なんて言葉を紡いだ雪菜に、今度はジャズの瞳が見開かれる。
"まさか"なんていうジャズの色にジョルトも気付いたのだろう、そんなジャズの表情に悪戯な笑みを浮かべたジョルトはそのまま軽い一礼を"日本人らしく"落としてカフェテリアから出て行ってしまった。

「ねえ、何の話だったの?」
「……全く、あいつは本気じゃないと思うけど」
「ジャズ?」

ねえ、といい加減不満を覚えてきた雪菜の声に、コーヒーを流し込んでから視線を送り。
訳が分からない、と唇を少し尖らせた雪菜にジャズは溜め息に似た笑みを漏らしてから、指に絡めていた雪菜の髪をぐいと引っ張った。

「いたっ、」
「ぜってー渡してなんてやるもんか」
「何を?」

自由にならない首を傾げる事も出来ずに、怪訝な様子で雪菜が眉に皺を刻む。
じっと見つめても避ける事のない瞳に、近くにある事に拒否なんて全く示さない彼女の体。
そんな"彼女"には何も心配する必要はないけれども……悪い虫は意外と近くにいるかもしれない、なんて杞憂の色を浮かべたジャズが軽い口付けを雪菜に一つ落とした。


暫くしてジャパニーズらしい会釈を覚え始めたジョルトに、ジャズが身の危険を感じたとか感じなかったとか。
そしてその様子を見て楽しむ、そんな性格をジョルトがしている事に気がつくのはもっともっと先のお話――……





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機械生命体だから何でもかんでも確率は数値ではじきだせるけど。
こういう所は多分恋人じゃないと分からないトコロ、だといいな。

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