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彼的フェチズム





コーヒーの良い香りを感じながら、クッキーを一齧り。
そしてペラリとクッキーを持っていない方の手で雑誌をめくった。
何てことはない、たまたまリペアルームに行く前に格納庫の中で見つけた一冊の雑誌。
とはいえ、雑誌と呼ぶには少し不格好でもあるそれを興味本位で雪菜が取り上げたのがリペアルームに向かう数時間前。
やっと研究の片もついたし、と一人で始めたお茶の友にそれを持ち出して、雪菜は首を傾げた。

「何なんだろう、これ。誰かの雑誌かなぁ?」

中をぺらりと開いてみると、片方のページに1体、もしくは2体ずつの機械生命体の写真。
そのどれもがいろいろなポーズを取ってはいるが、肝心の文字がサイバトロン語であり雪菜の頭には疑問符しか浮かんでこない。
第一、仮にこれがオートボット達の物だとしても、どうして人間サイズの雑誌になっているのか。
回路を共有する彼等にとっては人間サイズのペーパー何て不要でしかないというのに。

「うぃーっす」
「あ、ジャズ。どうしたの?」
「いや、そろそろ休憩かと思ってな。お茶しにきた」

そんな事を考えながら雑誌をペラペラとめくっていれば、ふと軽快な足音を立てて現われたのはヒューマンモードのジャズの姿。
トレードマークのバイザーをひらりと片手で持ち上げて額の上に止めながら、颯爽と雪菜の前に歩み寄るその様子はどこから見ても人間と変わらない。
こうして彼がヒューマンモードを搭載するようになってからは、今までは膝の上でランチデートだったのが、机を挟んでお茶会なんてことも出来るようになったのだから……本当に技術も彼らの順応性もすごい、なんて思いながら雪菜はくしゃりと自分の頭を撫で付けたジャズを見上げて笑みを零した。

「何読んでだ?」
「あ、いいところに。ねえ、ジャズはここの文字何て書いてあるか読める?」
「んー?」

雑誌へと視線を落とす前に、そのまま慣れたようなジャズは腰を折り雪菜の頬にキスを一つ。
ちゅ、とジャズがリップノイズを頬に落とすとふと、雪菜が手にしていた雑誌にジャズの視線が落ちる。
その途端に、"え?"なんて驚いた声を漏らしながらジャズの頬がぴくりと揺れたのを感じて、雪菜はブルーの瞳を見上げて小首を傾げた。

「……お、おま!」
「え?」
「ちょ、え、げほっ、おま、げほっ、こ、これ、」

ゲージのメーターが上がっていくように頬が薄らとピンクに染まりあがっていくその横顔を目を瞬かせて見つめていると、やがて手元に持っていた雑誌の上にダン!と突然、音を立ててジャズの手が置かれてしまう。
その反動でくしゃりと皺が寄ってしまった雑誌に雪菜が身体を竦めると、程なくして内部からギュルギュルと忙しない音を立て始めたジャズに雪菜は思わず眉間に皺を寄せた。
全く持って意味がわからない、という視線を瞳に宿しながらジャズの顔を覗き込んでみるが、ジャズのブルーの瞳は宙を微妙に彷徨ったままだ。

「ど、どこでこれ見つけたんだ」
「格納庫だけど……どしたの?頬赤いよ?」
「今見た事を即効デリートにかけろ」

きぱり、とジャズに告げられた言葉には雪菜も瞬きを数回返す事しかできない。
一体全体、何が起こってただの雑誌にジャズがここまで反応してしまっているのか。
赤くなった頬を隠すようについに顔までも背けてしまったジャズの銀色の後ろ髪を暫く見つめながら、雪菜はその後頭部にそっと手を伸ばした。

「デリートって言われても私ジャズ達みたいにできないし……って、何?あれ見ちゃ駄目なやつだったの?」
「……まぁ」
「何で?え?もしかして新しいオートボット達がくるのを秘密にしてるとか?それとも、あの中から呼ぶ子決めるとか?」

やわやわとそのさわり心地のいい頭を撫でてみても、ジャズの頭はこちらを向こうとはしない。
その上に歯切れ悪くギチギチと身体の中から漏れ聞こえてくる機械音に、雪菜は後頭部に置いていた手をするりと落とし込んで雑誌の上に載せられたままのジャズの手をそっと持ち上げて雑誌を取り出した。

「じゃあ何?何で見たら駄目なの?」

一瞬抵抗があったものの、何とか手にとった雑誌を改めてまじまじと見つめてみても、悲しいかな、雪菜には何一つ情報は読み取れない。
未だにギギギと音を鳴らし続けているジャズにちらりと視線をやってから"アーシー達のファッション雑誌?"という問いかけに、ようやくジャズが大きな溜息を零しながら首を軽く横に振り――

「……本、だ」
「ん?何、きこえな、」
「エロ本だっつってんの」

ぽつり、と本当に小さくもごもごとジャズから漏らされたその一言に、雪菜はきょとんと目を瞬かせた。
まさか、と問い直してはみたものの、まるで"聞かないでくれ"と言わんばかりに口篭っているジャズの様子を目の当たりにすると――嘘だとは思えない。

「エロ、本?これが?」
「……あぁ」
「何でそれがこんなサイズで格納庫においてあるの?」
「んなもん俺が知るかよ」

とはいえ、と雪菜は手元の雑誌に今一度視線を落とした。
目に入るのは機械生命体が数隊並んでいるページは人間でいうグラビアアイドルか何かなのだろうか。
別に彼らだって生きている以上、人間同様に"そういうもの"があっても不思議ではないのだけれど、いかんせん雪菜の目の前に写るのは機械生命体。
これが所謂"水着のお姉ちゃん"ならまだすんなりと理解できるのだけれども、雪菜からしてみると彼らは全裸で普段生活をしているのだから何が"そう"なのか皆目見当がつくわけがない。
――これが女性型トランスフォーマーだという事も、雪菜には言われないと気付かない程だ。

「ねぇねぇ、ジャズ」
「なんだよ、つかそんなもん片手によくお茶なんて出来るよな」
「どうエロいの?」
「……は?」

机に腰を下ろして雪菜を見下ろしていたジャズの膝の上にばさりと雑誌を置いてみると、ジャズはまたも視線を泳がせてしまう。
余程気まずいのだろうか、それでもつんつんと自分を突付いてくる雪菜にちらりとブルーの瞳を向けてから……ようやく、ちら、と視線を自身の太ももへ落とす。
そして適当に指をさした雪菜の指の先に視線を辿らせて――プシュンと体内に排気を篭らせる音を一つ鳴らした。

「いや、ほら、どの辺りがそそるのかなって」
「お前な……、」
「フォルムとか?それとも見た目?あ、もしかして顔の金属パーツ?言われてみれば柔和な顔してるよね、この子とか」

一体どこに彼氏にエロ本を片手に好みを聞く彼女が居るというのだ――否、実際ここにいるのだが。
これがもしも人間用のいかがわしい本なら雪菜の反応もまた違ったかもしれないが、とジャズは無邪気にこちらに視線を向ける雪菜の額に手をペチリと一つ叩いてみると、さして痛くないだろうが、痛い、なんて口にする雪菜の額に手を翳しながらジャズは溜息を一つ漏らした。

「お前はこれ以上余計な知識つけなくていーの、ったく」
「余計な事じゃないわよ。いい?これはね、付き合って行く上でとても重要な問題なのよ」
「何が"重要な問題なのよ"、だ」

むぅ、と口を尖らせて講義の色を示す彼女の瞳を呆れ顔で見下ろしてみても、彼女はそれでも不満そうにぶつぶつと言葉を漏らしている。
そもそも、異種間で交際をしている時点でエロ本でジャズ好みの機械生命体を彼女に教えるほどナンセンスな事はない。
仮に雪菜の好みを教えてもらったとしても、自分はヒューマンモードの設定を変えればいいのかもしれないが、雪菜はそうはいかない。
確かにジャズとて男、そういう本を目にした事もあるし好みだってあるにはあるが――結局はそんな事は些細な事すぎてどうでもいいのだ。

「だって好きな人の好みは把握したいじゃない?」
「あのなぁ、お前は頑張っても機械生命体にはなれねーだろ」
「んー、だけどさ……あ、ここドッグイヤーついてる」

ふと、気付いたようにジャズの膝の上で雑誌をぺらりと捲った雪菜の手につられて、ジャズも視線を落としながら目に飛び込んできた機械生命体の品定めをしてしまうのはこの際しょうがない。
目が思わず言ってしまったソレからさっと視線を逸らしてスパークを燻らせていると、雪菜が開いたドッグイヤーのついたそのページに見覚えのある機械生命体が飛び込んでくる。
正確には見覚えは無いし面識も勿論ない、それでもそう感じたのは丁度胸のパーツに目がいってしまったから。

「……お」
「え、なになに?この子が好み?」
「俺じゃねーよ。これきっと、サイドスワイプのだ」
「何で分かったの?じゃあジャズはこっちの子?」

今の今まで複雑そうな色を浮かべていたジャズがふと面白そうな声を漏らした事に、雪菜も目をきらりと光らせて嬉しそうに顔をあげる。
案の定、問いかけられた内容はあえて聞かないフリをしてからそのページに移るクリーム色のボディを見て、ジャズはスパークの中で失笑を漏らした。
そういえば少し前に、"師匠にばれない隠し事ってどうしたらいい?"なんてすっとんきょんな質問をされた覚えがある。
その時は何も考えずに"人間サイズにしておけばいいんじゃねぇか?"と答えたものの……まさかこれだったとは。
別に悪い事でもないが、とジャズがサイドスワイプへの回路を開きながら、未だ説明を求める視線を送る雪菜にあぁ、とジャズが口を開いた。

「だってあいつボルトフェチだから。ほら、この写真のやつとか」

トン、と指された場所に視線を落として――雪菜は思わず眉間に皺を寄せた。
確かにそこにはいくつかのボルトが目立って写ってはいる、とはいえ……。

「でも、ボルトなんてみんなついてるでしょう?」
「わかってねぇなー、ほらよく見てみろよ、形が違うだろう?」

トントン、とジャズが指を落としたそれに視線を落として雪菜はその小さな小さな違いに目を凝らした。
言われてみれば普段オートボットの修理に使う六角のものとはちがい、雑誌に写っている機械生命体のボルトは表面がカーブを描いている、いわゆるトルシアというやつだ。
なるほど、と言われるまで見当もつかない解説を頭をフル回転させて叩き込みながら雪菜が頭をこくこくと落とした、まさにその瞬間。

「ジャズにぃ!!!」

物凄い音と衝撃に雪菜が悲鳴をあげるとほぼ同時に、ぜえぜえと肩を揺らしたその姿がリペアルームに飛び込んでくる。
よぉ、なんて気軽に手をあげたジャズと同じようで少し違うシルバーの髪色を揺らしているのは――雑誌の持ち主であるサイドスワイプ。
ずかずかと大股で入ってきた彼の表情はひどく余裕が無いうえに、雪菜の手元に視線を落として頬をひくつかせた。

「よぉ。早かったな」
「そりゃ、俺、だって!上手く隠して……!つか、なんで……!」

どちらかと言うと泣きそうな声というべきだろうか、身長差はそれほど無いにもかかわらず、オロオロとジャズの前で狼狽するサイドスワイプはまるで小さな少年にすら見えてしまう。
ジャズのことを"ジャズにぃ"、なんてサイドスワイプが呼ぶせいだろうか、先ほどまでの頬を赤らめていたのはどこへやら、あっという間に涼しい顔をしてすっかり"頼れるお兄ちゃん"なその横顔を見つめて、雪菜は苦笑を漏らしながら雑誌をパタリと閉じた。

「ああ、これサイドスワイプのだったの?」
「うぉ、おま、あ、え、あ、」
「中見ても何書いてあるかわからなかったよ、私もサイバトロン語とか学ぼうかな」
「え?おま。これ……、」
「ん?どうしたの?」

当たり前のように雪菜が差し出した雑誌を見下ろして、サイドスワイプはカシャンとオイルの抜けた機械音を一つ鳴らした。
ジャズから回路に告げられた内容は"雪菜がお前のエロ本読んでるぞ"ではあったが、目の前の雪菜はいたっていつもと何一つ変わらない様子だ。
絶対に何か言われると思っていたのに、至って普段通りの笑顔を浮かべる雪菜と、雑誌をしばらく交互に見つめてから――はっとしたようにその雑誌を雪菜の手から抜き取った。

「いいいや!いや、何でもねぇ、……じゃ、じゃあな」
「あ、明日はタイヤ交換だからね、ちゃんと時間に来るのよー」
「お、おう!約束する!」

そろそろと今しがた半壊させたばかりのドアに手をかけて出て行こうとするサイドスワイプの背後に雪菜が声をかけると、一際甲高い音を響かせてサイドスワイプの背筋がピンと伸びる。
いつもなら不平不満の言葉が返ってきて一悶着あるのだが、今日の彼は"いろいろ"あって珍しく正直だ。
やがて部屋を出ると同時に勢いよく走り出したサイドスワイプの足音にくすりと笑い声を漏らしてみれば、ジャズが珍しそうにピゥと口笛を鳴らした。

「お前のことだからてっきりからかうと思ってたのに」
「ま、彼方達も男の子だし。それに、フェチは人それぞれだしね?――例えば喉のスプリングとか」

にぃと口元をあげて笑った雪菜の言葉に、今度はジャズが身体を強張らせた。
いくら取り繕うとしても、身体から無意識にでてしまう機械音はそれを許してはくれず、図星と告げているようなもの。
そんな反応に雪菜が楽しそうに笑ってジャズの瞳を見上げて一言。

「優秀な彼女でしょう?」
「……全くもって」

先ほどちらりと落とされたジャズの視線を追いかけて見下ろした一体の機械生命体。
始めは何を意味しているのかわからなかったが、サイドスワイプのボルトの話をしている時にふと脳裏に過ぎったのは普段ジャズが自分に帰すをする時のその触り方。
あからさまではないけれど、いつも自分の顎を持ち上げると同時に指の腹で首を撫でられるそれを思い出し――写真の彼女の蛇腹になっている機械生命体のスプリングに気が付いた。

「ねぇ、キスして?」

きっと本人は無意識なのだろうと思うと悪戯な感情が込み上げてくる。
ほらダーリン、なんて笑って両腕を開いてみると、暫くショートしたように固まっていたジャズはようやくパスンと音を漏らして雪菜を両腕の中に抑え込んだ。
ゆっくりと腕の力を強めて、そして顎下にある雪菜の顔を持ち上げるようにそっと顎に触れ――あぁ、と合点の行ったそれにジャズは口元に笑みを浮かべてから、雪菜の唇に丁寧なキスを一つ贈った。

「こっちもどーぞ?」
「そりゃ、どーも」

キスを贈る時に丁度触れる首元に少しだけ感じる凹凸。
雪菜相手に意識した事なんて本当に一度も無いと思っていたのに。
得意気に笑いながら、いつもより少しだけ顎を自分で持ち上げた雪菜の首筋に、ジャズはそっと唇を寄せた。





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スワイプのフェチも、ジャズのフェチも、勿論捏造です。

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