年齢≠経験 何が気に入らないのか、とあえて口にするのも憚られる。 これでも数千年をいう長い歳月を過ごしてきている身、それなりに"大人"だと自覚しているそれが余計にジャズのブレインサーキットを悩ませた。 目の前に居るのは黄色いボディーを太陽の光できらきらと光らせたオートボット軍の斥候であるバンブルビー、そしてその膝の上でケラケラと楽しそうな笑い声をあげるのは、地球に来てから自分達の"お世話係"に任命された雪菜の姿。 「ほら、ここをこうやってね?」 『それが難しいんだよ。おいらの手じゃお花を潰しちゃいそうで……』 「大丈夫だよ、ここをそっと持って……そうそう」 自分と同じくらいの背格好のバンブルビーの上に腰を下ろした雪菜は何やら熱心に手元を覗き込んでいる。 昼休み、雪菜と共にランチ(といっても正確には彼女が食べる隣に居座るだけだが)を取るのが定番となっているこの場所に腰を下ろしているのは今日は雪菜とジャズだけではない。 いつものように彼女を建物入り口で捕まえて、今日のベーグルはああだこうだと他愛もない会話を楽しんでいるとふと、誰も居ないその場所に黄色い姿を見つけた。 近づいてみれば何やら一生懸命に手元を動かすバンブルビーの姿。 珍しい先客に雪菜達が声をかけてみれば、片手にシロツメクサを溢れんばかりに持ったバンブルビーはすぐに顔を上げて、どこか残念そうな表情を宿した。 曰く、ガーディアンとして普段滞在しているサムとミカエラとのドライブデートで行き着いたとある公園で見つけたシロツメクサ。 それを器用に編んで花冠を簡単に作ってしまったミカエラにバンブルビーが"おいらも!"と意気揚々と作り方を先日教えてもらったらしい。 その時に確かに手順をメモリにインプットした筈なのにいざ作ろうとしてみるとなかなか上手くいかない、"午後からミカエラを乗せてからサムの家に行く道でのサプライズを送ろうと思ったのに"と悲しそうなバンブルビーの呟きに――"お世話係"が反応しない訳が無い。 『雪菜ー?ランチの時間終わっちまうぞ?』 「んーもうちょっとしたら急いで食べるからちょっと待って」 『さっきもそれ言ったぞ。急いで食って腹壊しても知らねーからな』 意気揚々とバンブルビーの膝元に飛び乗り、早速雪菜が花冠の手順をバンブルビーに教え始めたのは言うまでもなく、やがて何やら真剣な表情でバンブルビーと同様に体を丸めて手元に視線を落とし始めた雪菜に背後から声をかけてみるが、その背中はジャズを振り返ることもない。 先頬まで笑っていた筈なのに余程集中し始めたているのか、いつもより声のトーン低くして返された言葉に、ジャズは溜息の代わりにパシュと排気を漏らした。 『なぁ、』 「んー?」 『ねぇ、雪菜、ここは?』 「ここは、こうして……ほら、この開けた穴にね、」 『うん、……こう?』 すっかりとバンブルビーの膝の上で夢中になりながら花を編み始めた雪菜に文字通り"放置"される事かれこれ30分以上。 最初はジャズも物珍しく手元を観察していたのだが、作業が進むに従って訪れ始めた集中という名の沈黙に痺れを切らし始めたのがついさっき。 トントンと叩いてみたり、髪に触れてみたり。 邪魔になりそうでならない、絶妙な力加減で雪菜にちょっかいを出し始めてはみたものの、雪菜は視線の一つさえジャズに寄越そうとしないままだ。 ――おもしろくない。 『なあ、ビー。そろそろ行かなくていいのか?』 『"あと少しで打ち上げます!""世紀の瞬間です!"ハレルヤ!"』 『……リョーカイ』 ふん、と仮にも副官に対しても見事なスルーっぷりには流石にチリリと音をたてたスパークを落ち着かせてから、ジャズはその場にごろんと寝転がった。 ガリッとコンクリートがボディーパーツと接触して削る音が響いたが、そんなものは今はどうでも良い――どうせすぐに自動修復されるのだから。 バイザー越しに見上げた空からの太陽の光に紫外線や非電離放射線等を自動で数値化したものがブレインサーキットに届いたが、別にどうでもいい、とすぐに情報にデリートをかけて溜め息に似た音を漏らした。 いつもなら自分の腰の上や、肩の横に"雪菜専用クッション"やらを置いて二人で楽しくランチをしている筈なのに、それがどうしたものか。 『つまんねぇ』 反応がないと分かっているのなら告げる必要も無いはずなのにそれでも音を紡いでしまったのはどうしてか。 結構な音を立てたはずなのに、全くもってこちらに気を向けすらしない二人、正確には一人と一体をちらりと見やってからジャズはカメラアイを閉じた。 浅はかな独占欲のようなものか、自分とランチを取る雪菜とのこの時間は二人きりのものだと思っていた――少なくとも、ジャズは。 だがバンブルビーが姿を現した事に嬉しそうな声をあげてランチそっちのけで花冠なんて作り始めた雪菜の横顔は嬉しそうで、それが結果悔しくて。 彼女に抱く淡い恋心に、"気付けよ!"だなんてスパーク内で罵ってみても、勿論雪菜の心には届かないのがまたもどかしい所だ。 「どうしたのー?」 そんな事を考えながら忙しなく機械音を掻き鳴らしていると、ようやく聞こえてきた雪菜からの言葉はしっかりとジャズの聴覚センサーには届いたもののカメラアイはあえて開くことなく、ジャズは口を閉じた。 どうせこちらに視線を送ってもいないのだろうと返事もロクに返さずにいると、想像したとおり再び二人のやりとりが再開された会話が聞こえてくる。 そんな様子に未だチリチリとラシくない音を立てているスパークの冷却を強めてから、ジャズはブレインサーキット内部にふわりと浮かんだ先ほどの光景を映し出した。 膝の上に座って熱心に教えている雪菜に、それをまた熱心に聞き入っているバンブルビー。 バンブルビーは雪菜にしてもジャズにしても、仲間であり弟のような存在だ。 だから今の状態は何一つ問題なんてない筈なのに、それでも"つまらない"と思ってしまうのは――いつもはこっちを向いている雪菜の視線が自分に一度たりとも向かないからだろう。 我ながら幼稚な独占欲だとブレインサーキットから弾き出た答えにジャズはスパークの中で薄い嘲笑を漏らした。 まったく、いつから自分はこんなに子供染みてしまったのか、人間基準で考えても過ごした歳月は雪菜の何千万倍もあるというのに。 『できた!』 「うん、ばっちりね」 『"ありがとうございます!""やはり貴女は""命の恩人です!"』 最後に二人の会話を回路に流してからどれくらいたっただろうか。 暫くしてからようやく、キュピ、と甲高い音を立てると同時に二人のほっとした声が半分スリープモードに落ちていたジャズの耳に届いた。 ぼんやりと彷徨っていた回路をゆっくりと接続し直していると、次いで忙しない車の、カマロのエンジン音が響いてくる。 "長い間雪菜を独り占めしてごめんね、ありがとう!"なんてご丁寧に回路に届いたバンブルビーからのメッセージに何て返事を送ろうかと、ジャズが未だ微睡むブレインサーキットで考え始めたその時。 「ジャズ?寝ちゃったの?」」 コンコン、と寝転がっていた自分の頬に触れる柔らかな感覚にカメラアイをゆっくりと開いてみると、目の前に立ってカメラアイを見下ろす雪菜の姿。 思えばこうやって見下ろされるのはコレが初めてかもしれない、なんて思いながらもジャズはカシャン、と一度だけ瞬かせてそれに答えた。 「眠たいの?」 『……別に』 いつものように、笑って彼女の手を受け止めればいいのに、とすぐに後悔した時には既に言葉を発した後。 しまった、と告げた言葉にジャズがカメラアイを少し歪めたものの、ブレインサーキットは既に今の言葉は"不機嫌度数100%"だなんて余計な結果をはじき出した答えに気付いてから。 カメラアイの端で黄色いカマロがご機嫌に走り去って行く様子を捉えながらジャズは心配そうに顔を覗き込んできた雪菜の手を避ける事無く、それでもツイ、とカメラアイを背けた。 ランチの時間は残り17分、結局本日のランチは会話もなく慌ただしく食べるだけ食べて終わるのだろうと思うと――バシュ、と隠しきれない不満な音が身体から漏れてしまう。 「どうしたの?何、暇だった?」 『……別に何でもねぇよ』 普段仲間内で送りあう回路へのメッセージとは違い、一度音声として発した言葉はデリートはできない。 目の前に映る雪菜がジャズのその反応に一瞬驚いた表情を宿した事にすぐに後悔がスパークを過ぎった筈なのに、フォローする言葉が何一つ浮かんでこない。 これじゃあ本当に嫉妬する子供ではないか、とジャズが自ら摘んでしまった後戻りの出来ない今の状態にチラと決まり悪く雪菜の姿をカメラアイに納めてみると――そこには口元に綺麗なカーブを描いた雪菜の姿。 『……何だよ』 どちらかというと至極嬉しそうな笑みにも捉えられる色を全面に浮かばせている雪菜に、ジャズは思わず困惑したように機械音を掻き鳴らした。 "自分は不機嫌だ"という印象を与えていたと思っていた、だから帰ってくるのは謝罪の言葉だろうと立てていた予測がガラガラと崩れてしまい、代わりに"解読不可"なんて機械生命体らしい解析結果がカメラアイに映る。 「ふふ、これは待ってくれたジャズに」 いつもとは明らかに違う態度を取っているにも関わらずに、にっこりと笑みを浮かべた雪菜は片手に持っていたそれ、先程バンブルビーが一生懸命作っていた花冠をジャズの目の前に翳してみせた。 キュイ、と自然と焦点がいってしまった白い小さな花の集まりに思わずジャズがカメラアイを少し大きく見開くと、不意にそれが視界から消え――代わりに雪菜の白衣がカメラアイいっぱいに広がる。 真っ白の白衣が少しだけ陽に透ける、急に近くなった距離にジャズがガシャ、と音を立てて身体を動かそうとした矢先、自分の頭部に何かがパサリと音を立てた。 『え?』 「うん、即席にしてはぴったり」 自分では確認する事は出来ないが、やがて少し後ずさった雪菜の視線は間違いなく自分の頭部にある。 僅かに、ほんの数グラムだけ増えた重さと、何も手にしていない雪菜の手元から"花冠"が自分の頭にかけられたのだと気付くとジャズはカシャカシャとカメラアイを二度瞬いた。 「待っててくれたジャズに、日頃のありがとうの意味を込めて作らせていただきました。」 どこか照れたように、それでも嬉しそうに笑う雪菜の笑顔に思わず見入る事数秒間。 何か言葉を告げようとブレインサーキットをフル回転させていれば、ポケットから手鏡を出した雪菜がジャズの目の前にそれを翳して自分の頭、少し出ている右の頭部にかけられている花冠をカメラアイで確認する。 片方だけにかけられている花冠は先程バンブルビーに教えていたものよりかは少し小振りだけれども落ちる事無くぴったりと頭にかかっている――それが、自分の為に彼女が作ってくれたという事を物語っており、同時に何とも間の抜けた音が身体の中からキュイと響いてしまった。 「その猫耳、意外とものかけにつかえ、!痛い!」 『猫耳って言うじゃねぇっての』 「あはは、ごめんごめん。だけど似合ってるよ、ジャズ」 ありがとう、と素直に告げたい所だがかけられた雪菜の言葉に思わず身体を起こしながら軽く小突いてみると、雪菜が楽しそうな笑い声を漏らし始める。 くすくすと聞こえる彼女のいつもの笑い声に先程までチリチリと鳴っていたスパークは現金にも今は気恥ずかしいやら嬉しいやら、訳の分からない音を立て始めてしまい、恐らく雪菜にもそれが届いているのだろうと思うと一層の気まずさからジャズは手元に置いてあったベーグルの包みを雪菜へと差し出した。 『……さっさと食えよ、昼飯の時間が終わっちまうだろ』 差し出された包みを片手に、はーい、だなんて返事をした雪菜は起き上がったジャズの片足を器用に昇って行く。 やがて定位置に腰を下ろした雪菜の頭上からクッションをわざと落としてやりながら、ジャズは頭部にかけられた花冠を金属でできた指でそっと掴み上げた。 ガサガサと自分の身体に背を預けながらベーグルを齧りだした音を聞きながらも、ジャズはカメラアイに綺麗に仕上がった花冠を映し――メモリにインプットする。 嬉しい、なんて恥ずかしくて言える訳も無いけれどきっと彼女には筒抜けなのだろう。 じっと下から見上げていた雪菜の視線には気付いていたが、あえて気付かない振りをして"ふん"と排気を漏らしてからジャズはそれを再び自分の頭部へと戻した。 「世界に一つなんだから、大切にしてね?」 『……あぁ』 ボソリと低く返した言葉に雪菜が満足そうに笑みを返してベーグルに口を付ける。 美味しい、という言葉に"当たり前だろ、俺が選んだんだから"と軽口を返してからジャズはメモリにインプットしたばかりの花冠をブレインサーキットに浮かび上がらせた。 こうも簡単に自分のスパークを操ってしまう、自分より遥か年下の雪菜には手のひらで踊らされている気さえしてくるのに、それすら悪くない、むしろ愛しいと感じてしまう。 もぐもぐとベーグルを口の中に放り込む雪菜の頭を指でそっと撫でながら、ジャズはまいった、とメモリに納めた花冠に"important"の名をつけて保存した。 "片方の猫耳"にかけられた花冠に、ジャズが仲間や隊員達からからかいを受けるのはもう少し後のお話。 **** ※※様より100000hit企画リクエストに頂きました。 つんなジャズを!との事でしたが……つんというか、拗ねたジャズになってしまいました(オロロロ 片方の猫耳にだけシロツメクサの花冠をつけてるジャズの何て可愛いこと!可愛いに違いない、絶対可愛い(落ち着け 午後から格納庫の戻ったジャズに皆が目を白黒させながら突っ込むけど何も言わないジャズが可愛いと思います、はい。 しおしおになってきたあたりでようやく雪菜嬢が無理矢理解いてやれば良いと思います、それに拗ねるジャズもまた可愛い……! つん、を意識してお話を書こうとすればするほど、どんどんと可愛い方向に走って行ってしまいました……が、いかがでしたか(アセアセ それにしても、ジャズて手先が器用そうだから花冠とか即効でマスターして作ってしまいそう。 アイアンハイドならきっと唸りながら割に会わないとか言って途中で放棄、むしろ最初からやらないかもしれない……ふふ。 ※※様、リクエストありがとうございました! >>back |