TF | ナノ
 


貴方限定色





きょろり、と人間らしい動作で格納庫内部を一瞥し、そしてこれまた人間らしい動作で、腕を組んで小首を傾げた。
ラボにも、執務室にも、格納庫にも――思いつく限りの場所を当たっては見たが、いつもならすぐに見つかる彼女の姿が今日はどこにも見られない。
加えて雪菜の携帯電話のGPSを割り出してみたが、確認済みのラボを示すだけ。
そこにひょこりと再度顔を出してはみたが、やはり探し人の姿はなく、先程も目にしたラチェットが未だ"楽しそうに"忙しなく手を動かしていた。

『ジャズ、さっきからどうかしたのか?修理ならバンブルビーの後で、』
『あ、あぁ、違う違う。雪菜見なかったか?』
『なんだ、修理はいらないのか?雪菜ならさっきサイドスワイプと、』
『おぁ、まじか。サンキュー』

ソンナ会話の最中、ジャズの視界に飛び込んだのは見慣れた黄色い金属の手。
完全に外れてはいないそのパーツがゆらゆらと、まるで助けを求めるように蠢いてる。
その手を片手で抑えながら何故かバトルマスクをつけたラチェットが、黄色い胸元をざっくりと開けられてバチバチと火花や煙を上げているその光景に、ひやりとしたものをスパークに感じてジャズは慌ててラボを後にした。


――サイドスワイプ、今どこにいる?――

――おい、スワイプ?――


何度も話しかけてもブレインサーキットにはエラーの文字。
まさか回線に出られないほどの襲撃にでも遭ったのか、と即座に位置情報を探し当て――すぐ近く、いつも雪菜がランチを取っている場所を格納庫から振り返った。
見れば、少し離れたそこに見慣れたコルベットが無造作に停車してあるだけで、回線をシャットダウンする必要も無いように見受けられる。
さらによく見れば、たまにビクリと跳ねるように不自然に揺れているシルバーのコルベットに、ジャズは首を傾げながらビークルモードに切り替えてその場へとアクセルを進めた。

――サイドスワイプ?――

その間にも何度か通信を送ったが、全てはじかれて返ってくるだけ。
確かに緊急用の回線は恐らくオプティマスかアイアンハイドに開いているのだろうが、とブォンとエンジンを立ててアピールをしてみるも反応はない。

『何、やってんだよ』

回線をシャットダウンしてるだけなら何も追求する事も無いが、こうもスパークがざわつくのは、コルベットの中に確かに探し人の姿を見つけたせい。
ほんの数メートル先まで近付いても未だに何の反応も示さないコルベットに、ジャズはもう一度エンジンを高らかに鳴らしながら車内の様子をスキャンしてすぐに――スパークがぐっと鷲掴みにされた感覚が駆け巡った。
コルベット、もとい、サイドスワイプの車内には確かに探していた雪菜の姿、だが明らかにその生体反応の様子がおかしい。
”泣いている”とブレインサーキットが解析結果をはじき出したのとほぼ同時に、その小さな反応がもう一度びくりと動いて車内から悲鳴が聞こえてきた。

『おい、こら、スワイプ!?』
『うわっ!?』
「ひぁっ!」

咄嗟にロボットモードへと切り替えて車体を揺すると、ようやく自分の存在に気付いたサイドスワイプが声をあげ、同時に雪菜の悲鳴も車内から聞こえてくる。
ただでさえいつもと違う、”スモークフィルム”なんて訳の分からない塗装を施してある良く見えない車内で、サイドスワイプの車が地味に揺れている、それに加えて雪菜が泣(鳴)いているとなると――ありえない考えに行き着かない方がおかしい、とジャズのスパークがジリっと音を立てた。

『何やってるのか説明し、』
『あ、ちょ、ジャズにぃ、』
『言い逃れはでき、』
「あ、ちょっだめ、だめ!」
『うわぁ、来るぞ来るぞ!』
「あ、やだ、やだ、だめっ……ひぃいいっ!」

その瞬間、車体が大きく揺れて車内から再び二人の叫び声が響いてくる。
一体何事かと黒塗りになっている車内の様子を訝しげ覗き込み――ようやく合点のいった理由に突き当たり、ジャズはとりあえず安堵の排気を漏らした。
何のことはない、ジャズのカメラアイに飛び込んできたのは車内に広がる映像、いわゆる"映画"といわれるもの。

『映画、かよ』
「はろージャズ……。ごめんごめん、すごく怖かったのー」

ぽかんと予想の遥か斜め上をいった光景に、ジャズが気の抜けたようにカメラアイを瞬かせると、ウィン、と音を立てて窓を開けながらひょこりと雪菜が顔を出す。
その表情はひどく強張っており、頬には確かに涙が一筋程伝った跡がある。
心底驚いていたのだろう、震える息を漏らしながらゆるゆると腕を窓から出した雪菜がジャズのほうへと手を伸ばす。
その小さな手にジャズは無意識にその手を優しく掴み返した。

「ほんと、泣けるぐらい怖かったんだよー。えっと、それで?ジャズはどうしたの?」
『あぁ、別に暇してたから探してただけ、だけど』
「あ、そうなの?丁度今終わったところだけど、どこかドライブにでも行く?」
『……』

プシュンと分かりやすく黒い排気が不意に目の前から漏れて、雪菜は突然のそれにケホ、と小さく咳き込んでジャズの顔をそっと見上げた。
いつもなら二つ返事で雪菜の提案に飛び乗る筈なのに、視界に入ったジャズはバイザー越しでもわかる程不満そうに金属のパーツを歪めている。
それでも雪菜の首根っこをひょいと摘み上げて、ジャズは慌ててしがみ付いた雪菜を手のひらに乗せて目の前へと持ち上げながら、いつの間にか開いていたサイドスワイプの回線へと話しかけた。


――こいつ、借りていいか?――

――別にいいぜ、映画も終わったし。それにしてもよぉ、男の嫉妬は醜いっていうぞ、ジャズにぃ?――


パツン、と一方的に切られた回線にジャズが軽く唸り声をあげるが、今のやり取りに加わっていない雪菜は黙り込んでしまったジャズとサイドスワイプを不思議そうに交互に見つめている。
クツ、とサイドスワイプがおかしそうにエンジンを漏らしてゆっくりと動き始めたことに気づくと、雪菜が手のひらから見下ろして何か一言二言声をかけている。
その様子をジャズは黙って見つめながら、やがて場を後にし始めたサイドスワイプを見送っていた雪菜の頬を軽く指先でつついた。

『男の車の中で二人っきりって、彼氏として咎めるところじゃねーの?』
「……サイドスワイプだよ?」
『つっても、男だろ?』
「た、多分?」
『いや、そこは自信もてよ、あいつ男だし』

そう言われ、サイドスワイプの後姿に雪菜がちらりと視線を向けた。
ふらふらと少し蛇足気味にタイヤを滑らすサイドスワイプは未だに映画の余韻に浸っているのだろうか、車姿ながら怯えている風にも見える。
そんな彼を見つめてから雪菜は口を開こうとして、再度それを閉じた――”でもロボットだし”なんていう言い訳は彼氏であるジャズも同じくロボットであるが故に通用はしないだろう。
かといって、今更他の男、ましてやサイドスワイプと何かあるなんてジャズ本人も思ってはいない――と思いたい。

「そこ、ロボット的に妬くところなの?」
『……俺的に』
「どこらへんが?」

第一、自分は高校生でもないし、目の前の彼氏も”いい大人”に部類される方。
いちいち妬いた腫れたの話などいちいち持ち出していては仕事にもならないだろう、と雪菜もまた困ったように溜息を漏らした。

『だって、その、二人っきり』
「レノックス少佐ともよく二人っきりになってるよ?ラチェット先生は?」

次々と、日頃自分が二人きりになる比率の高い人物を挙げてみるが、ジャズは首を軽く振ってそれを否定していく。
じゃあ何が駄目なのだと雪菜がジャズのカメラアイを真っ直ぐに見返してと問うてみるが、彼は唸り声ににたモーター音を鳴らすだけ。
それでも、コツコツと注意を引くように指を叩きながらそのカメラアイの視線をしっかりと掴み続けれていれば――ようやく、ジャズが蒸気のような白い煙をスっと漏らして、一言。


『俺と同じ色、だし』


小さく小さく、本当に人間の聴覚では聞こえなくてもおかしくないという程の小さな声。
だけど確かに届いたその言葉に雪菜もまた目を見開き――ジャズの身体、そして背後で大分小さく見えるビークルモードのサイドスワイプを見つめた。

「……同じ色だから、嫉妬、したの?」

遠くにみえるシルバー色、そして自分を手のひらに乗せている彼氏の手のひらも確かにシルバー色。
同じかといわれると少し違うような色合いだが、大本は一緒のシルバーに違いはない。

『……悪いか』

ふん、ともう一つ黒い排気を勢い良く吐き出したジャズは、ふい、とついに雪菜から顔を背けてしまった。
勿論すぐに雪菜が"こっちを向いて"、と手を挙げてみるが反応はない。
予想していなかった彼の”嫉妬ポイント”に雪菜は思わず言葉を失ってしまったが、そんな可愛らしい彼に思わず口元が上がってしまう。

「嫉妬する必要なんてないのに。貴方のシルバーが一番好きよ?」
『……一番、なんていらない』
「ジャズったら、もうそれ以上駄々こね、」
『俺のシルバー”だけ”を好きでいたらいいだろ』

もう、と口を尖らせて怒ろうとした雪菜の言葉に畳み掛けるようにジャズが言葉を投げかけるたその瞬間、ピタリと身体を止めた雪菜はゆっくりと頬を綺麗なピンク色へと染め上げていく。
恥らうようにもごもごと口篭らせた雪菜は、暫くしてからシルバーの彼氏の指先に軽く頬擦りを一つ。
そして、それは楽しそうな茶目っ気たっぷりな笑顔と共に口を開いた。


「じゃあサイドスワイプをピンクに塗装しよっか。そうしたらシルバーはジャズだけになるしね?」



それから暫くして、NEST基地内をペンキを持った雪菜とジャズが度々目撃されたとか、されなかったとか。





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理子様より100000hit企画リクエストに頂きました。
シリーズの続きで焼きもちもっちなジャズということでしたが、焼きもちは焼いたものの、最終的にスワイプが……!
特に悪い事は何もしていないのに可哀想な役回りになってしまうのはもはや拙宅のデフォスワイプといったところでしょうか(いえない)
大好きなんですよ、スワイプの事はもちろん!だけど、愛が故に……といいますか(ごにょ)
ジャズはの嫉妬ポイントが私も良く分からないです、だけどドライブの最中とかに他のシルバーの車とか見たらムってなりそう。
地味なところで器がちっさいというか(ぁあ)長く生きていても、その辺は卓越しなさそう、考えるとこういう”成長”ってするんでしょうかね??
そんな事を思いながら書かせて頂きました!(ヘコリ

理子様、リクエストありがとうございました!


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