TF | ナノ
 


*設定は海外wikiより




どんぐりと一寸法師





普段使い慣れているファイルにボールペンを差し込んで、雪菜は格納庫の中心部で談笑をしているシルバーのロボット2体の元へと歩み寄った。
何やら楽しそうに話をしていた彼らもまた、雪菜の姿に気付いて”よぉ”と軽く手を挙げて、ジャズが手を差し伸べてくる。

「ハイ、二人とも。オプティマス見なかった?」
『サムんとこに昼一番で行ったぞ』
「え、うそ」
『用事でもあったのか?』
「あとでラボにきてって約束してたのに……まったく」

地面に座っていたとはいえ図体の大きいロボット2体を前にして、さすがに見上げて喋るのは首が疲れる、と雪菜は何の迷いもなく差し出されたジャズの手のひらに飛び乗った。
持ち上げられると同時についでに――ジャズの顔へと引き寄せらチュ、と挨拶代わりにその頬へと唇を寄せると、ジャズもまたすりっと頬を動かしてソレに答えてくれる。
そんな様子にサイドスワイプがヒュゥと俗的な音を掻き鳴らしたが、雪菜は何事もなかったかのように彼へと向き直った。

「ちょっと貴方達の身長を教えててもらいたいなって」

ファイルを片手に問いかけてみると、背後のジャズから排気音が微かに聞こえ、続いて”どういうことだ?”と問いかけるようにキュンと音を鳴らしたサイドスワイプに雪菜は肩を竦めながら口を開いた。
今日が備品発注の最終日だという事、いつもは必要部材だけの発注だったが、出動回数も増えてきた彼らのリペア回数が増えたこともあり、これを機にリペア材もストックを置く事になった、と。
本来ならば彼等の司令官であるオプティマスからデータを貰う予定だったのが――どうやら、フられてしまったようだ、とも。

『なんだ、そういう事か。じゃあこれからはパンクしてもあのだっさい修理キットじゃなくてすぐに取り替えれるって事か』
「サイドスワイプの場合はパンクさせすぎなのよ、もっと注意してもらいたいわ」
『あーあ、誰かさんが車の運転がもうちょっと上手かったら俺も余計なパンクさせなくて済むんだけどなー』
「あ、あれは!その、悪かったって言った、じゃない」

ふん、と恨みがましくブルーのカメラアイの視線をおくるサイドスワイプに、思わず雪菜が言葉を詰らせると背後からジャズが笑う声が聞こえてくる。
あの時、後からこっぴどくアイアンハイドに説教されているのを救出してくれたのは紛れも無いこのシルバーの彼氏様。
そんな彼相手に小言を漏らす事も出来ずに雪菜は居心地の悪さに視線をそらしながら、コホンとわざとらしく咳を漏らしてファイルを開いた。

「もう、とりあえず。ジャズからでいいわ。はい、貴方の身長は?」
『20フィートだ』

きぱりと言い放った彼との間に落ちる沈黙。
質問は受け付けないとでも言わんばかりに潔く言いきった彼の様子に、雪菜が片眉をあげ、そしてサイドスワイプからは盛大な溜息が聞こえてきた。

「20フィートないよね、ジャズ」
『……ある』
「ないよね?」
『……ある、と思っている』
「認めちゃいなさいよ」
『絶対イヤだ!』

キュイン、とご自慢のキャノン砲が低く唸らせたが、勿論雪菜にそれが向く事はない。
彼なりの抵抗なのだから本気に取る事もないけれど、駄々をこねるジャズの相手をしている程の時間もなくて、雪菜は目の前のジャズの指をボールペンでカツンと一度叩いた。

「メジャーで測られるのと、自己申告。どっちがいい?時間ないから急いでるんだけど」
『20フィートって書いておけばいいだろ』
「リペアの時にパーツがかみ合わなくて不恰好になったうえに、恋人に愛想つかされてもいいなら、それでいいけど」
『……15フィート、ぐらい』

ぽそり、と本当に人間でさえ聞き取れるか危うい程の小さな声で呟かれたそれに、雪菜は溜息を一つ漏らして15、と大きく書類へと書き落とす。
さばを読むならせめて2フィートぐらいにしてもらいたいものだが、小柄な彼がそれを気にしている事は百も承知だから突っ込む事も出来ない。
それと同時に隣でこっちを見ていたサイドスワイプをちらりと見てーー彼もまた、ジャズと同じぐらいのサイズだがもしかして、と疑いながらも雪菜は続いて彼に声をかけた。

「サイドスワイプは?」
『俺は16フィートだぜ』
「あら、貴方は素直なのね」
『別に気にする事でもねぇしよ。図体のでかさは戦地だと不利になる時だってあるし』

当たり前だ、と胸を張るサイドスワイプに未だに背後から聞こえる不満気な音には振り返る事無く、雪菜はサラ、とペンを滑らせた。
大方目測通りのサイズな辺り、彼は嘘はついていないだろう。
だけども、サイドスワイプにおいては雪菜が求めている情報は彼の述べた数字、つまり頭のてっぺんからつま先までのものではない。

「でもね、サイドスワイプ」
『何だ?』
「貴方にはシークレットブーツのサイズを脱いだ高さも教えてもらいたくて」

首を傾げて問いかけた雪菜に、サイドスワイプも、そして自分の背後にいたジャズもきょとんとした排気音とモーター音を同時にならした。
咄嗟に問われた質問の意味が分からなかったサイドスワイプはブレインサーキットをまわしてシークレットブーツを検索し――そして自分の足下へと視線を落とす。
形状こそ違えど、問われているそれは自分の足下のタイヤについてだろう、それでも激しい勘違いにも思えるその質問に、サイドスワイプがゆらりと片足をひょい、と軽く持ち上げて指をさしてみる。
もちろん、両足がタイヤでできている彼は片足で上手く立つなんて事はできない分、すぐに足を地に戻したが、それでも雪菜は確かに笑って頷いた。

「そう、そのシークレットブーツ抜きの身長を教えて?」
『これはシークレットブーツじゃ、』
「でもそうよね?だって明らかにタイヤの上に乗ってるじゃない」
『な、お、俺は別に……つーか、タイヤつったって俺の体の一部だっての。だから別に教える必要は……、』

確かに彼は先ほど、気にするものでもないと言ってのけたのだが、目の前に居る彼のカメラアイはどこか狼狽したように彷徨っている。
いや、でも、と言葉を濁し始めたサイドスワイプに雪菜はあぁ、と目頭を押さえた。
どうせ、自分が一番背が低い訳じゃないし、なんていう想いが彼にあったのだろう、それがタイヤを抜いた高さとなるとーー必然的に”小柄なジャズ”の身長を下回ってしまう。
それが余程気に入らないのか急にごね始めたサイドスワイプに本当なら深く追求せずに諦めたい所だが、かといって仕事を有耶無耶にする訳にはいかない。

「その足、不便じゃない?氷の上で戦う事はないかもしれないけど、滑るよね」
『……大丈夫だ』
「頑張って折りたためないの?」
『……無理だ』
「ちっちゃくなった方が小回りもできて戦地でも融通がきくと思うけど」
『……余計なお世話だ』

プシュン、と拒絶の音を漏らしたサイドスワイプに雪菜が声をあげようとしたその時。
背後にいたジャズが先ほどから楽しそうなカーステレオの音量をあげると共にくつ、と笑う音が聞こえてきた。
つい先ほどまで機嫌が悪かった彼はどこにいったのか、振り返ってみると金属パーツでできた口元が上げられており、一目で笑っているのだと見当がつく。

『なぁ、スワイプ。雪菜の母国では靴を脱いで家にあがる習慣があるんだぜ』
『だからなんだよ』
『俺らは”でかい”から入れないけど、”俺より小さい”お前なら入れるかもな』

ジャズの声色は、それはもう勝ち誇ったように言葉の端々から彼の嬉々とした様子が伝わってくる。
雪菜からすれば何を馬鹿げた事を、と言いたくなる内容だが、言っている本人は至って真面目。
そりゃまぁ、戦闘時においても事あるごとに小さな体格の敵を相手に”指名”され続けていたのだ、溜まっているものも相当あるのだろう。
ぺらぺらと自分より背が低くなる筈のサイドスワイプに向かって、あれやこれやと小馬鹿にした発言に――もちろん、サイドスワイプが黙っている訳がない。

『黙って聞いてりゃぁ……だいたい!俺のほうがでかいんだぞ、ジャズにぃのチービ!』
『チビって言うな、チビって!つーか、お前のそのシークレットブーツさえなきゃ、俺のがでけぇんだよ!』
『インチキじゃねぇ!だいたいこれはシークレットブーツじゃなくてれっきとした俺の足だ!』
「ねぇ、二人ともちょっと……!」

ぎゃあぎゃあと何やら言い合いを始めた二人に雪菜が声をかけてみるがそれも彼らの聴覚センサーには届いていないのだろう。
どんぐりの背比べという言葉が胸を掠めたが、もしかしたら言葉通り”一寸法師の背比べ”に近いかもしれない。
と、ため息を吐いていればふと背後に通りかかったのはバンブルビー。

『雪菜達、何してるの?』
『あぁ、ビー、良い所にきた。ちょっとコイツを頼む』

いよいよ食って掛かろうとしていたジャズはギチギチと嫌な排気音を響かせながら、おもむろに手のひらの雪菜をバンブルビーへと受け渡す。
キュイン、と突然の動作に慌てて落とさないように受け取ったバンブルビーからどこか呆れた音を漏らしながら手の中の雪菜を見下ろした。

『どうしたの?』
「貴方達って意外と神経細いのね」

溜め息まじりに事の事情を説明すると、バンブルビーは”そんなこと”と笑った後に”おいらは16フィートだよ”とあっさりと自身の情報を提供してくれた。
その上細部のパーツの長さや大きさまで、何やらデータを読み込むように事細かに教えてくれたバンブルビーの言葉をファイルに忙しなく書き写す。
やがて全ての情報――サイドスワイプのタイヤの内径と外形まで――を記入し終えた雪菜はファイルから顔を上げてニコリと微笑んだ。

「ありがと、助かったわ。ビーは小さい事気にしたりする?」
『どうして気にするの?』
「んー……男のプライド?」
『よくわからないけど、オプティマスみたいに大きくなったら、トラックをスキャンしないといけなくなるでしょ?そしたら、サムとドライブに行けなくなっちゃう。だから、今のままでいい』

"雪菜も、ジャズが小さくてよかったね”なんて悪びれも無く言ってくるバンブルビーに、雪菜もまた苦笑を漏らして頷きながらバンブルビーの指の間から格納庫の外を覗けば、いつの間にか外に場所を移していた小柄な彼等は、轟音を立てながらも未だに悪態突き合っている。
見れば余程サイドスワイプの身長を縮めたいのか、足下ばかり狙っているジャズに、サイドスワイプが忙しなく動いて攻撃を避けているがーーよく見ると片足が既にパンクしている。
コレは時間の問題ね、と雪菜はぼやいきながら閉じたファイルをもう一度開き、サイドスワイプ用にと発注予定だったタイヤの数を上書きした。





****
>>back