TF | ナノ
 


はじめましてさようなら





いい香りのするパンの袋をを抱えなおして、雪菜は大通りへと出た。
珍しく休日を利用して市街地へとやってきたのだが、パン屋から出てみれば”彼氏”であるソルスティスの姿は無い。
休日のせいもあるのだろう、行き交う人並みを掻き分けながら雪菜はきょろりと左右を見渡した。
よく見ればでかでかと掲げられている一方通行のマークに加えて、こちら側も、そして対面側にもびっしりと駐車されている車に雪菜は苦笑を漏らした。
大方後ろからつかえた車に場を押しのけられたのだろうと見当をつけて雪菜は携帯電話を片手に取り出した。

『悪ぃ、何か目の前で待ってたら後ろからクラクション鳴らされてよ』
「だよね、ごめんね。一通なの気付いてなかった。今どこにいるの?」
『ちょっと大回りしてんだ、しかも前がつっかえてやがる。ソコで待っててくれるか?』
「おっけー」

ワンコールででた彼との会話を終えてぱたんと携帯を閉じてポケットへ仕舞い込んでから、雪菜は少し下がっていい香りのするパン屋に背を預けた。
すぐ目の前に止められているパトカーの中にも人の気配はなく、こんな街中に駐車しているそれが”休日”を物語っている。
ここ最近はNEST基地に缶詰になっていた分、ここへと足を運んだのはいつ振りだろうか。
連日始末書に終われて休日なんてものすらなかったが故、久々のドライブデートに雪菜は胸いっぱいに香ばしい香りを吸い込んだ。
今日はこの後人の少ない海岸へと足を伸ばしてゆっくりと過ごす、そう思うと嬉しく高鳴る胸に自然と頬までもが緩んでしまう。
こんな顔は彼には見せれない、だけどすぐにばれてしまうかもしれない、と唇をかみ締めながら片手にかけたビニール袋を照れ隠しでブンと振った、その時。

「わっ、ごめんなさい!」

ガサ、と音をたてた袋が丁度角を曲がってきた何かにぶつかってしまった。
次いで何かが続けて落ちた音に慌てて振り返ってみるが、派手な音がした割には視界には何も飛び込んでこない。
目を一瞬ぱちりと瞬かせてからそれならば、と視線を下げると今度は確かに飛び込んできた――角から飛び出してきた”人”に再度雪菜は瞬いた。

「着、ぐるみ……?」

テテテ、という効果音がぴったりな様に目の前に現れたのは自分の胸下程度の身長の着ぐるみ。
何やら両手にごっそりと抱えている携帯電話や電子機器の数々と不釣合いな可愛らしい猫の着ぐるみに、一瞬気をとられてしまったが雪菜は慌ててぶつかった衝撃で落ちた数台の携帯電話を拾い上げた。

「僕、落ちたよ?」

しゃがみこんでその猫の顔を覗き込みながらそれを手渡してみるが、反応は無い。
もしかして”僕”ではなくて女の子だったのか、はたまたこう見えて大人なのか。
人形の顔を覗き込みながら首を傾げてみれば、着ぐるみの顔もまた雪菜と一緒に首を曲げた。
その様子がいつもバンブルビーがやる仕草とどこか被ってしまい、ふふ、と込み上げた笑みと共に携帯を目の前でヒラヒラとさせた。

「落し物だよ?」
『オー、悪イナ』
「、」
『ドウシタ?』

思わず振っていた手を止めてしまったが、小首を傾げたままの着ぐるみの”少年”に雪菜は、はた、と目を少しだけ見開いた。
耳に届くのは恐らく少し幼い男の子の声、だけれども違和感を感じてしまうのはその声が……声というよりかは電子音声に近かったから。
着ぐるみを着て、両手に電子機器を抱え、更には奇妙な音声を発する目の前の”少年”はとても奇抜に見えたけれども、変わった人、もしくは、触れられたくない何かでもあるのだろう、と雪菜はにっこりと笑みを再び顔へと浮かべた。

「あ、ううん。こんなに持てる?パパとママはどこ?そこまで運ぶよ」
『パパトママッテ何ダ?』
「え?」

ぶつかった衝動で山のように積み上げた電子機器のバランスが壊れてしまったのか、腕の中からポロポロト落としながら派手な音を立てる携帯電話を拾い上げつつ、雪菜は少年の言葉におそるおそると顔を覗き上げた。
じ、と言葉を濁して”一人なの?”と慌てて言葉を選びなおしてみれば、着ぐるみの少年は暫く考えた後に着ぐるみの首を前方へと振った――ある方向を顎で指すかのように。

『アノ無愛想ノ運転手ノ居ルパトカーニ運ンデクレナイカ』
「無愛想……って」
『ホラアレダ』

丁度背後を指した着ぐるみの少年に言われるがまま後ろを振り返れば、確かにそこには先程自分が確認したパトカーが同じ場所に停車したまま。
つい先程は誰も乗車はしていなかったが、今は社内に誰かが軽く人の気配が確かに目に留まる。
こちらから伺う限り、中に座ってじっとこっちを見ているのは警察官。
雪菜と視線が会っていてもニコリともせず、またコチラに手を振ることもしないその様子は確かに――”無愛想”ではある。

「警察官?知り合いなの?」
『俺ノ相棒ッテヤツダ』
「相棒?」

よく見ればボロボロと電子機器を落としたままパトカーへと向かい出した着ぐるみの少年に、携帯を拾い上げながら後ろ扉を開けた着ぐるみの少年を手伝うように電子機器をその上に重ね置いた。
”こんにちは”と開いたシートの後ろから運転席に座る警察官へと声をかけてみたが、こちらを見ることも動く事すらしないその様子に、着ぐるみの少年が”愛想悪イ奴ダロ?”なんてケラケラ笑いいながら最後の一つの携帯を雪菜の手から抜き取って後部座席へと投げ入れる。
その間も一言も喋らず身動きもしない警察官に雪菜は顔を顰めて声をかけようとしたが、バタンと閉まった後部ドアに結局一言も交わすことなくドアを閉めた。

『アリガトナ!助カッタ!』
「いえいえ。ちゃんとシートベルトしておくのよ?……それじゃあ、失礼します」
『オー、ジャーナ!』

助手席ごしにすわった着ぐるみの少年がひらひらと手を振るその後ろにちらりと会釈してみたが、やはり反応はない。
いい加減いい大人が、警察官が苦言を呈したくもなるのを堪えて雪菜は動きだした車に手を振ってその後姿を見送った。
何やら不穏なエンジン音を立てるその様子は、彼らがオートボットなら間違いなく不機嫌なエンジン音に感じるけれど、NESTから離れた市街地にまさか居るわけでもない。
いよいよ車が”生きて見える”ようになっただなんて職業病かしら、なんて小さくなっていくパトカーを見つめながら胸中で苦笑を漏らした。

とても、変わった出会いだった。

着ぐるみの中の少年はどんな子だったんだろうか。
あの警察官との関係は?
あの電子機器の山は何に使うの?

今になって込み上げるたくさんの疑問にパトカーが角を曲がれば、今度は背後から聞きなれたクラクションが呼びかけるように耳に届く。
振り返ると滑るように現れたシルバーのソルスティスは”自動ドア”さながらに助手席の扉を開いて運転席にうつるホログラムの男がにこりと笑顔を浮かべた。

『待たせた、悪かったな』
「あぁ、ううん」
『ん?どうした?まさかナンパにあったとか?』
「まさか。余計な心配しなくていいの」

コツンとボディを叩けば”だけどよぅ”なんてジャズの唸る声がスピーカーから聞こえながら、ホログラムの男が口を少し尖らせる。
NESTでオートボット達を相手にしていればそれは”いつも”の光景だけれども、よくよく考えると音声の違和感や画質のズレ等、普通の人には違和感満載のこの状況。
もしかしたらあの着ぐるみの少年なら受け入れれるかも?なんてよく分からない感情に雪菜はバタンと閉まったドアに自動でかかるシートベルトをウケながら口を開いた。

「ねぇ、ジャズ」
『うん?』
「この辺でさ、着ぐるみを着た少年の電子機器の盗難とかって発生してる?」

背中にいつものクッション、そして膝の上に置いたまだ少し温かいパンの袋を感じていれば、ガガっと僅かな音が耳に届く。
いつものようにブレインサーキット内でインターネットを開いて調べてくれているのであろう、ナノクリックとやらで完了した音にカチっとスピーカーごしに回路が開く音が届いた。

『いや、ンナ事はヒットしないけど……どうした?』
「そっか、ならいいの。ちょっと不思議な子だったから。ね、それよりいい匂いでしょ?」
『そうか?あぁ、焼きたてってやつか。』
「当たり。冷めないうちに食べたいから、警察に捕まらない程度に急ごう?」

隣に映し出されたホログラムには目もくれずに、スルとダッシュボードへと手をやれば、スピーカーから”了解、姫君”なんておどけた声が聞こえてきた。
その問いにクスリと歯がゆい笑みを漏らせば、ソルスティスがブゥン、とエンジンを吹かしながら颯爽と街中を駆け抜けはじめる。
行き交う車を目で追いかけながら、いつかまた会えるだろうか、と雪菜はくすりともう一度笑みを漏らしシートベルトに手を絡めた。




(何で虫ケラの手助けなんて借りた)
(今姿見セルノハ得策ジャネーダロ)
(ふん、だいたい何だその奇妙な格好は。わざわざ虫ケラに紛れ込まずとも奪ってくればいいだろう)
(早ク修理シロと急カシタノハバリケードジャネーカ!コノパーツガ無イトデキネーンダヨ!)





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title from 確かに恋だった

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