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初めての秘密





『触ってみてもいい?』

それは突拍子もない質問。
目の前で小首を傾げながら少し控えめに尋ねてきた黄色いオートボットを見返して、雪菜もまた首を傾げ返した。

「触るって、私に?」
『そう、だめならいいんだけど……』
「触るぐらいなら、別にかまわないけれど……どうしたの?」

目の前に座り込みながらちゃっかり”お願い”なんて首を可愛らしく傾けているのは普段はサムのガーディアンとしてNEST基地には長くはいないバンブルビー。
雪菜より遥かに人生経験は多い筈なのに、それでも他のオートボット達に比べると幼く感じてしまうのはその愛らしい行動のせいだろうか。
そんな大きな”弟”の些細な頼み事に、雪菜は持っていたスパナを白衣のポケットへと仕舞い込んだ。

『女の子って柔らかいってサムが言うんだ』
「あぁ、そりゃまぁ……男の人に比べたらそうかもね」
『だけど、ミカエラを触ろうとしたらすごくサムが怒るから、触れないんだ』

酷いでしょ、と肩を竦めて首をふる目の前の大きなロボットの小さな好奇心に雪菜はあぁ、と頷く。
もちろんバンブルビーにとってみれば”柔らかさを確かめる”事が目的で下心も何もあったものではないのだが、ミカエラにベタ惚れのサムがたとえ”親友”に対して起こす嫉妬心が微笑ましくて雪菜は小さく笑みを漏らした。

「いいよ。っていってもそんなに変わらないかもしれないけれど」

どうぞ、と手を広げてみれば、バンブルビーはブーンとその名のとおり蜂の羽音のようなモーター音を鳴らして嬉しそうに雪菜へと手を伸ばした。
そんなに怯えなくてもいいのに、と笑ってしまうほどにおそるおそる伸ばされたその指を頬にうけると、むに、と沈んだ頬にバンブルビーからキュインと音がする。
普段基地にいるオートボット達は今でこそ頬をつついたり頭を撫でてきたりと遠慮のいらない間柄になってしまっている分、こうしてバンブルビーが恐る恐る触れてくるのはここに来たばかりを思い出してどこかくすぐったい。

『わぉ!やっぱり柔らかい!』
「そう、かな。ちょっと最近太ったんだよねぇ」
『すごく気持ちがいいね。ねぇ、痛くない?』

つんつん、と頬全体を確かめるように突付いてくるバンブルビーに笑いながら首を振り、機械の手をこつんと突付いてみると当たり前ながら金属音が響いてくる。
彼らにしてみれば"硬い"が当たり前であるならば、柔らかいという感覚は不思議なものだろう。
キラキラとカメラアイを輝かせながら、余程珍しいのか体をつんつんと触り続ける好奇心旺盛な”弟”の脇腹に落ちた指先にくすぐったさに笑い声をあげた。

『お腹も柔らかいんだね』
「……それは、個人差によるけどね」
『雪菜のお腹気持ちがいいよ、ぷにぷにしてる。サムはこんなのじゃないんだよ!僕こっちの方が良い!』
「……それ以上は思っててもスパークに留めてて欲しいなぁ」

しー、と口元に手を当ててみれば、バンブルビーも不思議そうにキュイと首を傾げたが雪菜の真似をするように"しー"と手元に指を持っていく。
無邪気ゆえの攻撃を受けながらも、こんな可愛い弟が自分にも居たらよかったなぁ、何て思いながら雪菜はもう反対側にあるバンブルビーの立てた指にトン、と手をついた。

『雪菜程じゃないけどね、サムもやっぱり柔らかいんだ』
「人間はビー達みたいに金属でできてないからね」
『うん、だから……僕がぎゅってハグしたら二人とも壊れちゃう』

それが残念だね、と言いながら雪菜の手の感触を楽しむ様に大きな手でそっと摘むバンブルビーの手はとても優しいものだけれど。
大好き、という気持ちを込めて力一杯の抱擁なんてもしもバンブルビーがしてしまえば自分達人間はあっという間に――考えたくもない事になるだろう。
体格差も力量も雲泥の差があるが故に自分達人間が悩むのと同じ様に頭を悩ませて諦める、そんな愛らしいバンブルビーに雪菜は手をついていた機械の指にぎゅっと手をまわした。

「その代わりにね」
『うん?』
「ビーの代わりに、私がいっぱい抱きしめてあげる。ビーは私が力一杯抱きしめても壊れないもんね?」

笑いながらぎゅと抱きついた指先に、バンブルビーは暫く驚いていたけれど、すぐに嬉しそうにカーステレオをから陽気な音楽が聞こえてきて満面の笑みを浮かべた。
”まだまだ””こんなもんじゃ””私は倒せないぞ!”なんて楽しそうにラジオを繋ぎ合わせて遊ぶ大きな弟に力一杯腕をしめてみるが、対格差のありすぎるバンブルビーはカメラアイを鳴らしながら笑うだけ。
さすがにこれ以上は無理だと笑えば、”サムはもっと強いんだよ”なんて言うバンブルビーに雪菜も笑みを漏らした、その時。

『うぉ、何やってんだ?』

キキッとブレーキのなる音、次いでオートボット達がロボットモードへと姿を変えるいつもの音が格納庫入り口に響いたと思えば、すぐに現れたソルスティスが姿を変え始める。
トン、と軽快なステップを繋ぎながら、最後に”よっ”といいながら体を跳ね上がらせたジャズの変形はいつもの事で、ガシャンという音とともに見事に雪菜とバンブルビーの間に華麗にジャズが着地すると、バンブルビーが胸元のカーステレオから”ブラボー!!”とラジオの音を鳴らした。

『さんきゅ、んで?何こんなとこで熱い抱擁してんだ?』
『女の子って柔らかいって話をしてたんだよ』
『人間は柔らかいんじゃねぇのか?』
『でもサムよりも、雪菜のほうがずっと柔らかいよ。ハグだってあったかくって気持ちがいいんだ!』

へぇ、とその場に音を立てて座り込んだジャズは未だに指に抱きついたままの雪菜をしげしげと見下ろした。
何か考えているのだろうか、キュインと音を立てているジャズを見上げるが言葉を漏らさないジャズに、通信でもしているのかとバンブルビーを見上げたが、彼もまた不思議そうにブルーのカメラアイを揺らしている。
もしやリペアの要望か、なんて胸に過りながらも無言で見下ろす彼に首を傾げてみれば、顎に手を置いたままのジャズはようやく雪菜のすぐ目の前に手を差し出してきた。

『ん』
「ん?」
『ほら、ハグ』

とん、と差し出された手に雪菜がきょとんと、バンブルビーの指先を抱きしめたまま振り返っていれば、くい、とまるで小さな動物にしている風にジャズが指を揺らす。
それに釣られそうな自分がが何となく小馬鹿にされてる風でもあり、そして当たり前の様にハグとをと向かって求められてしまえば―−今になって少し気恥ずかしさも込み上げてきてしまう。

「えー……」
『えーとは何だ、えーとは!』
「だって何かジャズ厭らしいし……」
『なっ?!おま、失礼なやつだな』

少し躊躇した素振りを見せながら頬を膨らませてみれば、つん、とバンブルビーが悪戯に雪菜の頬の空気を抜いてくる。
”ジャズが寂しがっちゃうよ”と笑う弟にくすりと笑みを漏らしてバンブルビーの指に別れを告げ、いつも自分を持ち上げるその金属で出来た指先へと手を伸ばした。

「はいはい、ジャズもハーグ」

同じ金属生命体でもそれぞれ個性的な手の形をしている彼等。
もちろんバンブルビーとはまた違うジャズの指先の感覚に腕をまわしてぎゅっと抱きしめてみると、ひんやりと冷たい金属が服越しに伝わってくる。
勢い良く抱きついたせいかバンブルビーの比べると鋭利な指先がキン、と音を立てて隣の指にぶつかった音が響いた。

「ジャズ?」
『……お、おお?』
「ね、柔らかいでしょう?だからこんなか弱い人間に苦労させない為に、もう少しは大人しく……って、ジャズ?」

ぴくりとも動かなくなってしまったジャズの指と、その間からジャズを見上げてみるがイマイチ反応がない。
それでも忙しなく動いているモーター音やらエンジン音にコンコン、と雪菜が気を引く為にジャズの指を小突いてみればようやくカシャンと音を鳴らしてジャズがぴくりと動く。
明らかに様子がおかしいジャズに雪菜が再度不思議に首を傾げて抱きしめていたジャズの指から腕を放すと、キシっと妙な音を立てた後にジャズがはっとした様に大きな手を握りしめた。

「どうしたの?」
『い、いや、別に……たた、確かにやーらかかっゼ!そうだよな、雪菜は女だから男のサムとは違う作りだもんな!』
「ジャズ?」

ぶんぶんと目の前で音を立てながら手をふるジャズに雪菜も、また後ろのバンブルビーも首を傾げてはみたが、ジャズはキシキシと妙な音を立てたまま数歩後ろに引き下がる。
どうしたのかと雪菜が足下に近寄ったが、触れた足を大袈裟に引き上げてからジャズはそのまま更にガシャガシャと派手な音を立てながら後ずさりを繰り返し。
ぽかんとその様子を見つめていれば入り口まで戻ったジャズがぽん、とわざとらしく手を叩いた――その余りの違和感には本人は気付いていないのだろう。

『お、俺オプティマスに用があったんだ!』
「え?オプティマスなら今日は任務でいな、」
『じゃあまた後でな!』

走りながらソルスティスへと器用に変形したジャズの後ろ姿をぽかんと見つめてから、バンブルビーを振り返ったが彼も又呆気にとられた様に格納庫入り口を見つめている。
どうしたんだろうね?とお互い疑問の視線をぶつけあったが、明確な答えは出る事も無い。
変だね、と目を白黒させながら走り去ったソルスティスに雪菜とバンブルビーはただただ首を傾げあった。




(やべぇ、意識してなかったけど柔らかいじゃねぇか!しかも何だよ、結構でかい、……って、くそ。俺とした事が取り乱しちまった……あー、情けねぇ!)





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title from 確かに恋だった

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