TF | ナノ
 


お願いプリーズ





別にNEST基地にいれば然程困ることでもないのだが、やはり機会があれば挑戦はしてみたい。
レノックスにNEST入隊の打診を受けた時も、結果的には好奇心に負けたようなものだ。

一応の気を使って手にしたそれを見下ろしてから、雪菜は格納庫で何やら四苦八苦にご自慢の武器と格闘しているアイアンハイドへと声をかけた。
彼についている大型の武器に、これまた大型の彼が”人間サイズ”の布を滑らせているその様子は非常に――微笑ましい。

「アイアンハイド、今いい?」
『む、どうした?』
「それやっぱり使いづらいでしょう、だからこれを……作ってみました」

はい、とガラガラと押していたそれを彼の前に差し出してみれば、一瞬にしてソレをスキャンしたのだろう、アイアンハイドが首を傾げた。
ただの布だと分析したのか”何だ”と尋ねるアイアンハイドに雪菜がそれを手に取り大きく広げてみたが、雪菜の体の大きさでさえそれを全て広げるのは困難。
明らかにロボットサイズのそれに気付いたのか雪菜の手にしていたそれを摘み上げてみると、丁度彼等ロボットに丁度いいサイズだという事に気付いたアイアンハイドがパーツをカシャリと動かした。

「大きいサイズのクリーニングクロスはなかったからね」
『これは……いいのか?』
「勿論、ごめんね、継ぎ接ぎになっちゃうのは申し訳ないけれども」

よくよくスキャンしてみれば、いたるところに縫い目が目に付き、一目瞭然で手作りだと察しがつく。
そしてそれが自分が今悪戦苦闘していた人間サイズの銃専用クリーニングクロスの大型版ともあれば、キュインと気恥ずかしくも体のモーターが音を立てた。
以前他の布でもいいじゃないかと大型の布を支給はされたが――やはり、武器云々に人一倍執着のあるアイアンハイドにしてみればご自慢の、自分の体の一部でもある武器には専用の布で磨きをあげたいところなのだ。(バンブルビーはサムの古着を使用しているらしいが……それはそれとして。)

「しかも新品ではないんだけどね、軍のみんなにお願いして少しずつ分けてもらったの」
『そうか……手間をかけたな。すまない』
「いいのいいの、これが私の仕事だから。アイアンハイドにはいつもお世話になってるしね」

にこ、と笑う雪菜にアイアンハイドも少し照れくさいながらも素直にソレを受け取とろうと掴んでいたクロスの先を掴んだまま引き上げてる。
すると、もう片方の端を掴んだままだった雪菜が、何か言いたげに、それで、と口を開いた。

「お願いがあるの」
『何だ?』
「ちょっと車に乗せて欲しいんだけど、いい?」
『どこか行くのか?それぐらい別に構わないが』

お願い、と大きな自分の体を見上げる雪菜に、アイアンハイドはしばしカメラアイをカシャカシャと瞬かせてからクロスを棚の一角に乗せてすぐにビークルモードへと姿を変えた。
その姿に”やった”と喜ぶ雪菜に車姿ながらに首を傾げつつ、クロスの礼もあるし、何より断る理由がない、と早速に自分の近づいた雪菜のに助手席の扉を開けてみれば雪菜は軽く首を降ってそれを止め、まるで当たり前のように運転席の扉を開いた。

「でね、アイアンハイド。回路切ってくれる?」
『回路を?ビークルモードでのテストならこの前――』
「私が運転したいから」
『……どこかへ行くのなら送って行くが』

そうじゃなくて、と雪菜は至極当然のように笑いながら座席の中に体を滑り込ませ、更にはハンドルに手をかけはじめる。
何事かとアイアンハイドが少しだけ体をバウンドさせてみれば、雪菜は運転席のシートベルトへと手をかけた。

「大きい車をね、一度運転してみたかったの」
『しかし……』
「お願い、ちょっとだけでいいから」
『……少しだけだぞ』

余程あの布に惹かれたのだろうか、それとも雪菜の言う事に逆らえない何かがあるのだろうか。
普通より大きめの排気音を漏らしながらも、雪菜の足元下で動く確かに回路を切り替えている音に満足したようにハンドルを撫でた。

「よっし!」
『おいちょっと待、』

運転席に乗り込むや否や思いっきりアクセルを踏み込もうと力を入れた雪菜に気付いてアイアンハイドが咄嗟に声を上げた。
しかし、回路を切り替えているアイアンハイドの今の状態では彼が雪菜の踏み込みを止める事はできず――それがアイアンハイドの本日の大きなミスだという事に今更ながらに気付いた時には既に遅し。

『雪菜、待て、もう少しゆっくり、』
「う、わぁ!?」

ぐん、と踏みつけたアクセルは大きな音を立ててすぐに車体が向いていた格納庫外へとスピードを上げて向かったその瞬間。
今の今まで格納庫入り口には誰も居なかったのに気を取られて車内に意識を集中させていたせいで、アイアンハイドは気付かなかった。
――目の前にサイドスワイプが暢気に戻ってきていた事に。

『うぁあああ、何だ、何だ!?』
『ど、どくんだ、サイドスワイプ!!』
『つったって!!俺のタイヤ、タイヤ挟んでるっ、ちょ、痛ぇええ!』
『雪菜、ブレーキだ、ブレーキを踏め!』

あれほど勢いよくアクセルと踏んだが故にトップキックの車体は易々と目の前に突然現れたサイドスワイプを巻きこんでしまう。
ガシャガシャと耳を塞ぎたくなる程の機械の衝突音、むしろ乗り上げた状態に雪菜は思わずハンドルから手を放した、のだが。
もちろんアクセルを踏んだままの轟音を立てるトップキックのスピードは落ちることなく、比例してウィンドウ越しのサイドスワイプの悲鳴も大きくなる。

『おま、ちょ、雪菜!ブレーキだ!つーか、前みろ!このバカ!あ、いや、師匠じゃなくて、うぁああ、アクセルそれ以上踏むなって!!』
「え、やだ、どうしよう!」
『ブレーキだ、雪菜、ブレーキを踏むんだ!』
「ブレーキってどっちだっけ!?」
『『今踏んでない方だ!!』』

二人から響く声に雪菜が咄嗟に足元を覗き込み――その間もサイドスワイプの叫び声はもちろん止む事もなく、ようやく見つけた反対側のブレーキに足をかけた。
途端にガックンと衝動と共に止まったトップキックの衝撃でハンドルに頭をぶつけた雪菜の悲鳴が小さく響いたが、キィイと音を立てたトップキックは半ば煙を吹き上げながらその場に唸りながら停まった。

「び、びっくりした……!ちょっと、サイドスワイプ急にでてこないでよね、もう!」
『お、俺かよ?!』
『今のは、お、お前が突然出てきたのが悪い』
『師匠までそんな事言うのかよ……』

どっちの味方だよ、と叫びながら挟まっていた車体から足を引きずりだしたサイドスワイプは”痛ぇ”だの”傷が入った”等騒ぎながらも、いつ発進するか分からないトップキックに身の危険を感じたのだろう、そそくさと格納庫へと体を引きずり戻った。
”後で見てあげるから”と雪菜が窓から顔をだして雪菜が告げては見たが、”絶対嫌だ”と切り返すサイドスワイプに軽く雪菜が胸中で謝りをもらしたその時。

『もう十分だろう、戻るぞ』
「えー……」
『始末書が増えるぞ』

残念そうな雪菜の声にアイアンハイドがスピーカーから溜息混じりに畳み込めば、さすがの雪菜も始末書の3文字を耳にすると不満そうに口を尖らせたが、素直に”分かった”と頷く。
サイドスワイプを巻き込んだ罪悪感よりも、始末書というほうが――彼女には重要なのだ。
参ったものだとアイアンハイドが心の中で弟子へと謝罪するべく通信回路を開こうとしたその時、何やらガチャリと手元を動かした雪菜に、ぎくりとアイアンハイドのスパークが警報を告げた。

『お、おい、何をしている』
「何って、切り替えてたんだよ。ブレーキがこっちだから……アクセルはこっちだよね」
『いや、ここは俺、っぐぁ!?』

案の定告げられた言葉に、いくら何でもこれ以上彼女に運転を任せるのは無理だと無理矢理にでも回路を繋ぎなおそうと少しばかり車内から意識を逃した――そのほんの一瞬の間を見事に狙ったかのように。
自分の体ながら、意思に反してトップキックがキュルルルと地面がタイヤを削る音とアイアンハイドの何とも言えぬ食い縛る音が格納庫内に響き渡った。

『ぬぉっ、どけっ!!サイド――』
『ん?今度は何だ師匠、ォオオオ?!』

一段と低く唸ったトップキックが猛スピードでバックをしたその先に居たのは――悲しいかな、地面に座り込んで先ほど傷のついた箇所を確認していたサイドスワイプ。
何やら嫌な予感がしたのだろう、びくりと体を強ばらした姿はサイドミラーなど見る余裕はない雪菜にはもちろん気付く訳もない。
悲痛な叫び声が響くと同時に今度は背後からトップキックが乗りあげる事になってしまった。

『お、おま、ぎゃああ!!壁に挟むとか卑怯っ、いでででで、足!足がまた巻き込んでるからっ!』
『雪菜、アクセルから足を離せ!』
「ちょ、今ので靴脱げてヒールが挟まったみたいで…あいたたたっ!」
『ぎゃあああ、ちょ、し、師匠!回路!回路戻してくれっ!』

ぎゃあぎゃあと叫びながらも、ブォンというトップキックの唸る音は止まることがない。
アイアンハイドも相当取り乱していたのだろう、一番簡単な――至極当然のサイドスワイプの言葉に慌てて強制的に回路を組み替え、ようやく車体がサイドスワイプと壁を擦り付ける不快音が止んだ。

「あーっと、取れた、靴やっと取れた」
『……雪菜、捕まっていろ』
「え?ちょっと待ってね、今靴を履くから」
『行くぞ』

ギチギチと音を立てて完全にノックアウトされている弟子の徒ならぬ殺気を、さすがの師匠も感じ取ったのだろう。
ふらふらと運転席で靴を履こうとしている雪菜を載せたまま、今度は回路をきちんと組み込んだまま――急発進した。

「ぅ、っきゃあ?!」
『雪菜、このっ、まちやがれっ!師匠ぉ!なんでそいつの味方すんだよ!頼む、こっちによこしてくれ!』
『今は無理だ、すまん!』

自分一人ならまだしも、とにかく今は雪菜を安全なところに匿わないと本当に殺されかねないと咄嗟に判断したトップキックはそのまま格納庫を飛び出した。
2度も足を引かれたサイドスワイプがひどく動かしずらそうに――よく見るとパンクしている足ですぐにアイアンハイドを追いかけてきている。

ギュル、と不吉な音を立てながら後ろから迫ってくる弟子に、車内では至る所に頭をぶつけて悲鳴をあげる雪菜の姿。

二度と運転は任せないとスパークに刻み込みながら、アイアンハイドは猛スピードで弟子から逃げ出した。





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