「よかった、目が覚め……うわぁっ!?」
「貴様、何をした」
意識が覚醒した直後、ルッチは側にいた男を組み敷いて拘束した。間違いない。意識を失う直前にそばにいた男だ。そいつは訳がわからないといった様子で目を白黒させていた。

ルッチがこの島に上陸したのはつい先日のことだ。
グランドライン前半に位置する小さな春島。沢山の野生の猫が住むのどかな田舎で革命軍の取引が行われていた。主犯格はすでに捕縛されたが、未だ残党が潜伏している可能性がある。今回の任務はその調査が目的だった。
CP9を動かすには役不足だが、ルッチはこの任務のもう一つの意図を理解していた。己の荒事以外の適性を見られているのだ。
かつてルッチは海賊に囚われていた兵士500人を殺し尽くしたことがある。その判断は問題視され、査問会まで開かれ1ヶ月の謹慎が下された。すでに終わった話だが、それ以来長官からの印象はすこぶる悪い。戦うだけなら海兵でいい。スパイ活動と暗殺を全てこなせてこその諜報員という主張自体は間違ってはいない。面倒だが、改めて適性を示し長官の不信感を払拭しなければならない。今後の任務に支障が出る。
「ポッポー」
この街には観光客として潜入した。鳩を連れた寡黙な動物好きの少年として、すんなりうけいれられた。
ルッチの身に異常が発生したのは、ハットリにちょっかいをかける三毛猫を軽くあしらった日の午後だった。
一切の前兆なく、激しい頭痛と嘔吐感に襲われた。毒か、兵器か、能力者か。革命軍に勘付かれたか、はたまた海賊の仕業か。周囲に人影は一つだけだった。異変の原因である可能性が高い相手を睨みつけ、容貌を脳に刻みつける。
「ッ!!、……能力者!?」
朦朧とした意識の中で爪を向け、確認もできないまま意識を手放した。それが最後の記憶だった。

こうして今に至るというわけだ。若干13歳にしてCP9に異例の大抜擢をされたルッチの身体能力は、同年代の相手はおろか訓練を受けた海兵すら容易に凌駕する。驕りがないとは言いきれないが、目の前の気だるげな男に遅れをとったとは到底信じられなかった。
「……ええっと、何か勘違いしてるみたいだけどさ」
ぼとりと男の頬に透明な雫が落ちる。雨ではない。水滴の出元はルッチ自身だ。ぼとり。異様な発汗を自覚した途端に再び激しい頭痛と嘔吐感に襲われた。手の甲に斑点が浮かび上がる。豹柄の毛並みがひろがり、息がつまる。悪魔の実の力の制御ができない。
反射的に蹲った背中にそっと手を乗せられた。
「俺は医者だ。つっても専門は猫ちゃんだがな! あんたが目の前でいきなりひっくり返ったもんで慌てて看病したわけさ」
男はDr.レイと名乗った。

症状が落ち着いてから、改めてレイはルッチの状況を説明した。意識を失うほどの突発性頭痛、吐き気、それに伴う異常な発汗。瞳孔も通常より開いているらしい。
「君が感染した病気はほぼ間違いなくこの島の風土病だ。ああくそ、今まで人間感染しなかったってのに。ネコ系の能力者って感染経路は完全に予想外だった!」
ルッチも資料の上では知っていた。この島の観光資源である‘猫’にのみ感染する病。唾液の異常な分泌、バランス感覚の喪失などの症状があらわれ、いずれは呼吸不全や歩行困難に陥る。一年に5匹前後の若い猫が死んでいく。野良猫に観光資源を依存しているこの島において非常に大きな問題だ。男はその解決を任されている獣医だという。
大失態だった。
男のテーブルの上には、血液検査をした痕跡がある。このまま個人データを残していくわけにはいかない。それ以上に、人間への感染者一号として記録に残るのも避けなければならない。
「この病気が人から人に感染するようになればこの島の観光産業は終わりだ。……だがこれはチャンスかもしれない。能力者なら言葉が話せる。症状を深刻してもらえる。今まで気づけなかった症状から治療法が見つかるかもしれない」
幸いにもレイはルッチをただの観光客だと思い込んでいる。人の良さそうな一般人。初対面の相手にも親しげに振る舞う様子からして、交友関係も広いだろう。殺せば目立つ。暗殺は最後の手段だ。
「頼む、協力して欲しい」
「……いいだろう」
「ありがとう!」
次の定期報告まで1ヶ月。それまでにこの男と情報をどう処理するか。その算段を立てながら、ルッチはレイの一挙一動をじっと観察し続けた。




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