そばにある光

 いつもは、追いかけられる夢を見ていた。今までにオレが殺した人達が、人のかたちを保たなくなっても、怨念を撒き散らしながら、どこまでもオレを追いかけてくる。やがてその波はオレを飲み込んで、そして、現実の体で嘔吐感と息苦しさを覚えて、目覚める。
 ナーディアと共に“人間”になったあの日から、そういった夢を見ることはなくなった。もう誰も殺さないと決めた以上、見るようなことがあってはならない――ただ、あの頃のように屍に追いかけられることはないが、オレは違う夢を見るようになっていた。
『こんな日が来るなんてな』
 篝火が揺らめいて、星が一つも見えない夜空に、生温い風が吹く。
 エースと過ごした最後の時間。オレがあいつを手にかける前の、最後の穏やかな会話。
 それを思い出すような状況だったものの、何故か、オレにはあいつの声が聞こえない。口の動きからそう言っているのだと判断したが、音としてそれが届かない。
「あのさ」
『どうした?』
 優しい笑みは、オレの記憶の中のエースのままだ。
「…………ごめん」
 自分の命を犠牲にして助けてくれたのに、ずっと誤解していたこと。
 妹、ナーディアにも密かに守られていたのに、警戒対象としていたこと。
 今更――しかも夢の中で謝ってどうするんだ、と思っていても、あいつを前にしたら、それらの感情が隠しきれなくなってしまう。
「うわっ」
 頭を少し雑に撫で回される。髪がくしゃくしゃになってしまったオレを見て、あいつは悪戯っぽく笑ってみせる。
 大きくてあたたかな手のひら。それで大剣を握って、エースはオレを何度も助けてくれた。オレがその命を奪ってしまう、さいごの時まで。
『――――』
 そのまま何かを言って、エースはゆっくりと立ち上がった。
「エース?」
 届かない。あれほど聞いていた声が、何一つ。
 どこかへ歩いて行こうとするエースを追いかけようとして、立ち上がった時――目前で光が散って、すべてが白く染まった。

 ◆

「……!」
 弾かれるように、目を覚ました。ぼんやりしたまま視線を動かす――その前に、すぐ横に、オレに寄り添うようにしてぐっすり眠っているナーディアが居ることに気付く。
「ベッド使っていい、って言ったのに……」
 山を越える途中で、たまたま見付けた古い小屋。雨が降ってきたのもあって、今夜はここで寝泊まりすることにしていた。
 置かれていたベッドは一つだけ。壁に寄りかかったり、床で寝れば体を痛めてしまうから、ナーディアにはそこを使うように言った。オレが寝る寸前には、彼女はもう穏やかな寝息を立てていたはず――だったが、いつの間に隣に移動してきていたのか。
 敵が来ていたなら、すぐに気付けるのに。オレはナーディアに、こういうところで敵わないのだ。
「風邪ひくぞ」
「ん〜……すーちゃん、待って〜……今起き……る……」
 ぬいぐるみを抱き締め直すが、ナーディアはそれから動こうとしない。
「……まだ寝る……おやすみ〜……」
「どっちだよ」
 寝言なのか、僅かに起きて喋っているのか、判別がつかない。こうなると、何を言っても彼女は動かないのをよく知っている。
「仕方ないなぁ」
 掛けていた上着をナーディアのほうにずらして、再び壁に寄りかかる。オレも身動きが出来ない以上、こうするしかない。
『スリーお前、寝言で“今起きる”って言ってたぞ』
『え……そうなのか?』
『ああ。それで、まだ早いって俺が言ったらすぐに“寝る”って』
『なんだそれ』
『それ、俺の台詞だよ』
 過ったのは、数年前の小さな思い出だった。
「……そういえば、そんなこともあったっけ」
 人のこと言えないな、と、心の中で苦笑する。
 それにしても、さっきは聞こえなかったあいつの声を、思い出すことが出来てほっとした。忘れてしまったのかと少し怖くなったが、それは溶けるようにして消えていく。

 窓の外はまだ暗い。もう少しだけ眠れそうだ。
 隣から寝息が聞こえ始めたのを確認して、再び目を閉じた。





【創の軌跡発売カウントダウン企画】様のスウィンの日に書いたもの。


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