創(はじまり)の蒼へ
 規則的なようで、時折、そこからは外れたタイミングで車体が揺れる。それだけでは彼の膝上の、弁当が入れられた小箱が落ちることはなかったが。
 彼――クロウの乗る列車は駅を出てから数時間、ジュライを目指して走り続けていた。景色の中には、遠くに青い海が見えてきている。ここまで来れば、エレボニア帝国の北西に位置する、クロウの故郷であるその地までは、そう時間はかからない。
 車窓から外を眺め、彼は小箱の中の最後のサンドイッチを口に入れる。乗り換える際、新しく販売を始めたのだというサンドイッチのセットをなんとなく手に取ってみると、フィッシュフライを挟んだものがぎっしりと詰まっていた。
 ジュライ出身だと言っていたその販売員は、もっと故郷の味を知ってもらいたくて、と語っていた。横にオニオンリングが入っているあたり、今でもその組み合わせが定番なのだろう。そのサンドイッチは、どこか懐かしい味がした。

 列車が揺れる。今度は水の入っていたボトルを手に取り、クロウは残っていた水を一気に飲む。
 ジュライの街が、遠くに小さく見えてくる。また故郷に帰る日が来るなんてな、と、彼は素直に感じていた。一度命を落とし、再び得た生は期間限定のボーナスステージ、すべてが片付いたら跡形もなく消え去るはず――だった身。諦めていた、というよりは、掴み取れると思っていなかった未来に今、自分は確かに立っている。
「……あの時は行けなかったが……」
 その独り言は、人が疎らな列車の中では、誰の耳にも入ることはない。人によっては心地いい、と感じる走行音に、あっさりと紛れてしまうからだ。
 クロウはジュライの地図を開く。印が付いている箇所は、一つだけ。そこへ行く以外の予定は、考え中だった。
 地図がなくとも分かっているはずの故郷は、帝国の特区になってから、あらゆるものが変わっている。学院生だった頃に実習で訪れた時には、見知った景色が減り、見知らぬ景色が増えていた。
「っと……そうだ。あいつらを連れて来た時の飯屋、探しとくか」
 それでも、クロウにとって故郷であることは変わらない。見知らぬそれらの中に懐かしさもきっとあるのだろう、とぼんやりと思いながら、くるりとペンを回した。
 あの時は失くさずにいられるとは思っていなかった小さな、大切な約束を、どこで叶えてやろうか。手持ちのミラに余裕がないと、大変なことになるかもしれない。流行りの店か、或いは馴染みの店がまだあれば、そこも選択肢に入るだろう――スタークも居る以上、昔の話をあれこれ引っ張り出されて、リィンに色々と聞かれる可能性はあるが。
 そんなことを考えているうちに、列車の走る速度が落ちていく。ジュライの駅に着く時が近いようだ。微かに新しさが残るホームに、クロウを乗せた列車は滑るようにして入っていく。
 列車が止まり、疎らな乗客たちが席を立つ中、クロウもゆっくりと立ち上がった。急ぐ帰郷ではない、時間にも余裕があるからだ。奥から歩いてきた老婆に通路を譲ると、ありがとうねぇ、と微笑みながら返された。
 老婆が列車を降りていったあとに、続けて降りる。ホームを駆け抜けるように吹いたあたたかい風は、この季節にしては少し珍しい気もした。
 クロウは少なめの荷物を背負い直して、辺りを見回す。出迎えの家族に飛びつく子どもや、笑顔で何かを話ながら歩いていく老夫婦、友人と再会したのであろう少年――等、様々な人が、遠くから届く潮騒の合間で会話を交わしていた。
 後ろで、列車のドアが閉まる。クロウが顔を上げれば、そこには確かに故郷の名がある。

 ――ただいま。

 なんて、まだ、言うのは早いか。ちゃんと、祖父さんに顔を見せてから言わねえとな。
 ほのかに漂う潮風。異なる二つの青が見える、故郷のホーム。久々にそこへ降り立ったクロウは一人、空を見上げながらそう思った。






【創の軌跡発売カウントダウン企画】様のクロウの日に書いたもの。


←Back