SSS×5。
リハビリ兼ねてお題botから適当に拾ってきたやつで先輩関連の短めSS五個。
基本的に捏造祭りなのでご注意を。



【01.月の光すら届かぬここで】

 眠れない夜は、時々あった。そのせいで寝不足になって、翌日の授業で居眠りをして、教官からチョークが弾丸のごとく飛んできたりして制裁を受ける事も。不真面目さを装うのには一役買ってくれているから、それはそれで結果オーライなのだが。
 帝国解放戦線リーダーの《C》と、学院生の”クロウ・アームブラスト”ーー二つの仮面は、器用に付け替え使い分けられている、はずだった。同志達といる時は前者。仲間達といる時は、後者。その狭間で揺れ動く事はないし揺れ動いてはならないと、ずっと思っていた。

「……」

 夕暮れの教室で、リィンから言われた言葉が離れない。辛い事や苦しい事があったら、先輩だからと言わずに頼ってほしいと。喉元まで出かけた言葉をどうにか押し込んで、ミラを賭けてのブレード勝負に持ち込めたが、きっとあの時の自分は間の抜けたような顔をしていたと思う。
 ガレリア要塞での件。同志《G》の死。足元に広がる血溜まりが増える一方で、学院では、明るく煌びやかな学院祭の催しの話し合いが始まった。二年生だからと一歩引いたところでZ組の面々を見守っている自分の背後には、左手を血に染めた自分が立っている。背中を合わせて、鏡のように。
 ーーいや、違う、と。自分で自分の思考にキャンセルをかける。俺の”本分”は《C》だったはずだ。学院生の”クロウ・アームブラスト”は、フェイクだ。計画のために作り上げた、偽物の姿なのだと。

『それじゃあ、明日からよろしくね。一緒に頑張ろう』

 張り切っているエリオットの事を思い返して、頭まですっぽりと布団を被った。朝が来れば、学院生としての一日が始まる。先輩ではあるものの同級生という、妙な立場でZ組の中へと溶け込んでいく。そうだ、それでいい。フェイクと言う名の仮面を被って、いつものように、あの中へと入っていけば、今はそれで。

 月光さえも遮断されて、真っ暗な狭い世界にたった一人。
 なんとなく右手を開いて見てみるも、ここではーー何も、分からなかった。




【02.罪の証はいくらでも】

 先程まで騒々しかった戦場も、今は静まり返ってしまっていた。
 オルディーネから降りて辺りを見回せば、そこら中に”兵器だったもの”の残骸が転がっている。もうこうなってしまうと、ただの鉄の塊だ。人を傷付ける事もない。

『クロウ』
「ん? どうしたよ、オルディーネ」

 蒼の相棒を見上げれば、あまり感情は宿さないはずのその目(の辺りにある光、が正しいか)に何かが見えたような気がした。迷いのような、戸惑いのような、そんな色だ。あくまで自分にはそう見えただけで、実際は違っているかもしれないが。
 だとしたららしくねぇな、と思うも敢えて明るい調子で返せば、オルディーネはその場に片膝をついて跪く。

『人間ハ何故、争イトイウモノヲ繰リ返スノカ』
「……。……それ、俺に聞くか? はっきりした答えは出せねえよ、俺にもな。ただ……譲れねぇモンがある。それは確かだ」
『正義ノ反対モマタ正義、トイウ事カ』
「ま、そういう事じゃねーの」

 人の数だけ思考があり、正義があり、意志がある。合うものもあれば、衝突するものもある。だがそれが世界を回しているのだから、避けようのないものなのだろう。人間すべてが同じでいられるはずがないのだから。
 それにしても、鉄血宰相を狙撃して、帝国内戦の火蓋を切った自分にそれを問うとは。機械的でありながらも、どこか不器用な人らしさを感じてしまう。

「……オルディーネ」
『ドウシタ、クロウヨ』
「俺の”勝負”が終わるまで、よろしくな」

 今更改まって、言うような事ではないのだが。罪の証が点在する中で、自分自身にも言い聞かせるように、そう口に出したくなった。
 応ーーと答えてくれたオルディーネと、こつりと拳を合わせる。遠方から飛空挺の音が聞こえて空を見上げれば、夕暮れの中から巨大な影が真っ直ぐに飛んできていた。

 


【03.笑顔で消えるから泣かないで】

「立ち止まんな! 前を向いて、お前に出来ることをやれ!」

 正直、そう発するのも精一杯だ。オルディーネの核を貫かれて、そのフィードバックで心臓に穴を開けられてーー呼吸をするたびに命が流れ出ていくのが、はっきりと分かる。叫んだせいで、残り時間が一気に縮んだ事もだ。
 力が抜けた体を座席に預けて、浅い呼吸を繰り返す。痛いだの、苦しいだの、そういうものはもうとっくに越えている。それでも、消えかかった画面からは視線を外さない。エンド・オブ・ヴァーミリオンへ向かっていくヴァリマールの姿を、見届けてやらないといけない。
 奴はどこにも逃げられないはずだ。その尾は今、オルディーネを貫いている。最期の力を振り絞ってそれを掴み、動こうとするのを阻止する。

「……ハハ……、どれくらい、話せるかねぇ」

 掠れた声で独り言をぼやいて、口を閉じる。コクピット内の明かりが消え、薄暗くなる。画面が消える寸前、ヴァリマールの太刀がエンド・オブ・ヴァーミリオンを一閃し、そこから核を取り出すのを見て、自然と笑みが浮かんだ。どんなもんだ、と。リィンの道を拓いてやって、正解だった。
 右手が痺れる。握っている必要はなくなったからと開こうとして、感覚がなくなりかけているのに気付く。確実に迫り来る死から逃れる方法はきっと、ないのだろう。
 長いようで、短い人生だった。ジュライを出てから各地を放浪して、解放戦線を作って、オルディーネと出会い、士官学院に入学してーーそれから。一つ一つの記憶はまだ、鮮やかに色付いたままだ。

『何としてもクロウを連れ戻して、先輩たちと卒業させるーーそう約束してきたよ』

 オーロックス砦で、声だけの会話を交わしたトワ達。最後に顔を合わせたのはいつだったかーー確か”あの日”の前に、借りていたものをすべて返しに行った時だ。
 夢で終わらせてしまった。約束を、守れなくしてしまった。
 泣いてしまうだろうか。あの甘ったれで、強そうに見えて弱い部分もある後輩は。パンタグリュエルで過去を聞いてあんな顔をするくらいだから、心配していないと言えばそれは嘘になる。あいつは優しすぎるのだ。
 もしそうなりかけてしまったら、せめて笑ってやろう。甘ったれが、と言って、あの時のように頭を軽く叩いてやろう。それくらいなら出来るだろう。
 そうすれば、きっと。




【04.君の居場所に帰っておいで】
※先輩生存if。

 戻ってきてもらうぞ、だの、取り戻してみせる、だの。どうしてそこまで、裏切ったも同然の自分の事を追いかけてくるんだと、敢えて、問わずにはいる。そうさせたのは他でもない、自分なのだから。
 いつか離反すると分かっていながらも、居場所を作ってしまった。失ったと思っていた青春を謳歌出来る”あの場所”に居心地の良さを感じてしまって、気が付けば、周りにはたくさんの人がいた。
 日陰で生きていたはずが、いつの間にか、陽だまりの中へと出てしまっていた。

「クロウ君……っ!」

 相変わらずちっこいなと言おうとすると、トワがそこそこ勢いをつけて飛び込んでくる。たいした衝撃ではない。受け止めるのは容易かった。
 顔を上げたトワの瞳は若干潤んでいて、思わず、やり場に困っていた手を片方だけ頭に乗せてやる。トワを泣かせてしまったら、そこにいるゼリカから後でどんな制裁を食らうか分かったもんじゃない。

「本当に、ほんっとうに、心配してたんだからねっ!?」
「……悪かったって。だから泣くなよ、トワ」
「……」
「ほれ。ちゃんと生きてんだろ、オレ」

 心音を確認して、頷いたトワ。
 視線を外して周りを見回せば、全員の視線が真っ直ぐにこちらへと向けられている事に気付いて、ほんの少しだけ居心地の悪さを感じてしまう。自分はそんな視線を向けられるような存在じゃない。本来ならば、ここへ戻ってくる事さえも憚られるはずなのに。
 一歩近寄ってきたゼリカが、腕組みをして笑う。何かを見透かしたような、そんな笑みだ。

「”どうしてそんな目で俺を見られるんだ”……かな?」
「!」
「フフ、図星だったようだね。……本当なら、ここらで君のことを一発殴っておきたいところだが……ここではやめておこうか」

 そう言うゼリカは目が笑っているようで、笑っていない。どちらにせよ殴られる運命だったらしい。それを拒む資格などないから、いっそ肚を括っておくべきだろうか。
 やれやれ、と思いながら苦笑すると、歩いてきたリィンがゼリカの隣に立つ。なんだか嫌な予感がして、自分で自分の表情が引きつるのが分かった。

「アンゼリカ先輩。その時は俺も呼んでください」
「……おいリィン、お前まで何言って」
「アン、僕も参加させてもらうよ」
「ジョルジュ、あのな」
「……ええと……わ、わたしも! いいかな、アンちゃん」
「……トワ……」

 わざとらしくがっくりと項垂れる。何度肚を括ればいい。トワのパンチ以外は可愛い威力で済むはずがないのだ。そのトワさえも、内戦を通してちょっとは腕っぷしが上がってしまっているかもしれない。
 制裁タイムが終わった時に生きてるかなオレ、などと考えていると、肩にぽん、と手が置かれる。

「大人しく諦めなさい。これが、アンタが”ここで作ったもの”なんだから」
「……」
「言う事があるのは分かってるわね? たった一言、だけど」

 片目をぱちりと瞑ってみせたサラにそう言われてしまっては、もう何も言い返せない。
 はぁー、と長めに溜め息を吐いて、すぐそこまで出てきている言葉を拾い上げようとする。するり、するりと拒むように伸ばした手から逃れてくるが、ぐっと拳に力をこめて、どうにか掴み取る。

「…………」

 たった一言。そう、たった一言なのに、拾い上げてもどこかでつっかえてしまってなかなか出てこない。いつもならぽんぽんと言葉を発せるはずの口は、こういう時に限ってーー。
 皆、黙って待ってくれていた。が、優しい沈黙だというのに、逆に言い出しづらくなってくる。
 言おうとして、開きかけた口を閉ざして。それをもう一度、繰り返した時だった。

「クロウ君」

 そっとトワに左手を握られる。太陽の光を浴びた時のような、あたたかい感覚。大丈夫だから、と言い聞かせるかのようなトワの視線。
 何かが解れたような、心の栓が引き抜かれたような気がした。

 す、と息を吸って、吐く。


「……、………………ただいま」


 言い切った後、皆の表情を見ていられなくなって、一旦下を向く。

「クロウ」

 リィンの声。顔を上げれば、リィンは今にも泣きそうな表情で手を差し伸べていた。
 後ろでは皆、笑ってくれているというのに。

「おかえり。……おかえり、クロウ」

 戻る事はないと思っていた居場所。決別したと思っていた、”仲間”達。随分と遠ざかってしまったそこはもう、遥か彼方にあって、帰る道などすべて閉ざされ断ち切られて、それを模索しようとさえ思っていなかった。
 手を掴んでやれば、ぐいと引っ張られた。輪の中心へ引っ張り込まれて、一斉に、おかえりと言われる。

「……おいおい。リィン、お前がそんな顔してどうすんだよ」

 そこでようやく、視界が揺れている事に気付いた。




【05.夕立の中一人立ち尽くす】
※逆行クロウ。U終章→四月にリターン設定。

 雨は止むことなく、鉛色の雲はどこまでも広がっていた。
 長時間腰掛けていたベンチから、緩慢な動作で立ち上がる。そろそろ寮へ戻らないといけない。色々と考えなければならない事があるのを思い出して、小さな溜め息を吐いた。

「……クロウ先輩!?」

 傘もささずに学院内を歩いていたら、後ろから驚いたような声で名を呼ばれた。
 振り返らずとも誰かは分かったが、足を止めてそっちを向く。

「よ、後輩君。そんなに驚かなくてもいいだろ?」
「こんな雨の中で、傘もささないで歩いていたら驚きますよ……忘れたんですか」
「おう。オレも歳かねぇ」
「まだ十九歳なのに年寄りみたいな事言わなくても。……狭いですが、俺の傘入っていきますか?」

 見慣れすぎた黒髪。朝焼けを映したような、薄紫の瞳。さっと走ってきてナチュラルに傘を半分貸してくれるあたり、以前と性格は変わっていないのだろう。思わず安堵してしまった。
 リィン・シュバルツァー。歳が二つ下の後輩。あっちからしてみれば、自分は”出会って二ヶ月ほどしか経っていない同じ学院の先輩”なのだろうがーーこっちは違う。

「お、いいのか? あんがとよ」

 リィンと、肩を並べて寮までの道を歩き出す。男と相合傘という状況はなかなかにアレだが、この際は仕方がない。あれこれ考えが渦巻いていたせいで、”本当に”、傘を忘れてしまったのだから。

 一体自分に何が起こったのか、二ヶ月経っても理解が出来ていない。ーー否、状況を受け入れてはいるものの、心のどこかに疑心が残り続けている。死後に見ている夢の中なのではないか、とか、或いは今までのすべてが夢だったのか、と仮説を立てたところで、どうしようもないのだが。
 ”クロウ・アームブラスト”は、死んだ。死んだはず、だった。計画の為に入学したこのトールズ士官学院を離反し、鉄血宰相を狙撃して、内戦中は貴族連合の切り札として戦い、帝都ヘイムダルに顕現した煌魔城でリィン達と決着をつけーー緋き終焉の魔王の攻撃によって致命傷を負い、そのまま。
 すべてが鮮明で、すべてはっきりと思い出せる。貫かれた時の痛みも、感覚も、覚えている。偽りの記憶などではないと、確証はないがそう思っていた。
 それならば、考えられる可能性は、何度考えを巡らせたところでたった一つだ。

(やっぱ時間が戻っちまった、ってのか……)

 時の至宝とやらが存在していたら、そいつの仕業なのだろうか。ヴィータでさえも、こんな芸当は出来ないはずだ。そもそもヴィータも、この”逆行”に以前の記憶を持ったまま巻き込まれているのかどうか。前に会った時にさりげなく未来の事を聞いてみたが、さすがに先の事は分からないわ、と返された。

「……先輩?」
「! ……っと、そうだ。教室にタオルと置き傘があったんだ。ここまででいいぜ、助かった」

 会話を途切れさせてしまっていたらしい。僅かに首を傾げて、真っ直ぐに見つめてくるリィン。先輩呼びがなんだか随分と懐かしく思える。時間で言えば、一年も経っていないはずだというのに。
 そうだ。”このまま”いけば、またこいつと戦う事になって、最終的にはーー。
 揺らぎかけた思考を一旦落ち着かせようと、ちょうど目の前に見えていた校舎の入り口へと走る。気を付けて帰れよー、とひらりと手を振りながら扉を開けば、リィンは会釈をして踵を返した。


 ぱたん、と校舎の入り口の扉が閉じられた後。
 歩き出していたリィンは立ち止まって、やや不安げな面持ちで校舎を見遣った。

「……何も覚えていないのか? クロウ”も”……」


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 中庭へ出ると、園芸部が植えた種が芽を出している花壇が目に入った。
 雨は相変わらずざあざあと降り続け、元々濡れていた体に更に染み込んでくる。

「……どうすりゃ、いいんだろうな」

 また雨に打たれて頭が冷えれば結論は出るかと思ったが、もう少しだけ時間がかかりそうだ。
 ”このまま”同じように行動して、同じ結末に辿り着くべきなのか。それとも、別の道を探して違う結末へと辿り着くべきなのか。
 調べると、ジュライは特区になっていた。という事は、オズボーンによる併合は行われている。記憶を頼りにして行った場所に帝国解放戦線のアジトがあったのだから、それは間違いないだろう。
 だとすると、再びオズボーンを撃たない理由はない。一度狙撃しているとはいえ、祖父の仇は生きている。
 戻った時間軸が、もっと前だったら。ジュライの併合を阻止出来る頃だったらーーなどと考えても、今更仕方がないのだが。

「……」

 夕立はやまない。やみそうもない。
 灰色の空を見上げる。リィンが起動者となる《灰の騎神》の事を思い返して、乾いた笑いが出た。


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