Remaining Glow
※カウントダウンSS、34日の時に書いた「追憶と刃」の加筆修正版です。
※捏造とささやかな願望ばかりです(当たり前ですが)。



 あの日――エレボニア内戦が終結し、一つの物語が静かに幕を閉じた。
 十九年分の記憶と想いを抱いたまま、悪友の腕の中で、その物語の主役は永久の眠りへと向かう。復讐と鮮血に彩られるはずだったその最期は、彼自身が想定していなかったくらいにあたたかな――けれど、残酷なものだった。
 伸ばされた手は掴まず、振り払わず、背を押して己は立ち止まる。
 掴んでしまっている光を、掴んでいないふりをする。
 見付けてしまったものを、見付けていない事にする。
 今はまだ彼方にある夜明けに微かに思いを馳せて、叶えられなかった約束を少しだけ惜しみながら、彼は黄昏の瞳を閉ざした。
 最期に遺された言葉は、幾つかの小さな光を押して、橙の光の中へと溶けていった。

 暗闇に閉ざされた、気高き意志と帝国の地。
 風に蒼が翻り、二つの金が黄昏を吸い込んで鈍い光を放つ。

『  ただひたすらに、前へ――――  』

 儚くも確かに存在していた閃光の残照は、何を導いたのか。
 それはまだ、誰も知る事は叶わない。


 ◆


 言葉はなく――銃口だけが向けられる。動揺を押し込んで、リィンは太刀を引き抜いた。
「……お前は……」
「蒼のジークフリード=\―以前もそう告げたはずだが」
「……っ」
 あまり感情が宿っていない、淡々とした声。それでも、聞き間違えるはずがない。
 記憶の中から徐々に薄れていた声≠ェ、リィンの中で引っ張り出される。セピアがかかり始めていたそれが、鮮明になる。今引き出されるべきではない記憶だと理解していても、勝手に引き出しは開いてしまう。
「お前の役割は観察≠ネんだろう。……何故、俺に銃を向ける? 戦う理由はないはずだ」
「……確かに、与えられた役割はその通りだ。お前がこの事に対して、疑問を抱くのも理解しよう。だが」
 殺気はなく、敵意もない。それでも、蒼のジークフリードは二丁拳銃を収めようとはしない。
 数秒の間。引き金に掛けられた指。

「試したくなった――というのは、戦う理由にはならないか?」
「ッ!」

 一発の銃声が、場の空気を変えた。
 僅かに体を逸らしたリィンの髪が、少しだけ弾丸に拐われ宙を舞う。飛び退いた彼は、息を吐いて顔を上げる。
「……。試し≠ゥ……」
 容赦のない結社の面々や猟兵達と違って、殺す気はないのだろう。リィンはそれをすぐに理解した。けれど、油断をする事は出来ないと己を叱咤する。いくら相手が見覚えのある得物を使っていたとしても、彼≠フ面影があるとしてもだ、と言い聞かせる。
 雨のように降りかかるその間を走り抜け、リィンは数アージュほどの距離まで一気に迫った。見覚えのありすぎる銀の髪が、あの緋色が、幻影の如く彼の心に現れる。
 過ぎる思い出が、微かに刃を鈍らせた。脳裏に焼き付いて離れないあたたかな――けれど、ずっと抱いていくにはあまりにも儚いそれが、沸き上がる。
 それを払拭するように、太刀で銃弾を弾く。振るう。避けられるが、それは計算の内だ。
「それなら――!」
 振るった直後、地から巻き起こる焔の渦。螺旋の焔は蒼のジークフリードとリィンを隔て、その間の地面を焼き払った。
 暗闇を燃え上がらせる、焔を宿した一撃。直後、舞い上がる炎の合間から飛来した弾丸を、リィンはどうにか身を引いて回避する。
 ――駄目だ。気を抜いてはいけない。
 切れた頬から僅かに流れた血を拭いつつ、彼は太刀を振り抜いた。蒼のジークフリードの銀を少しだけ拐って、その一閃は焔の軌跡を刻む。
 リィンが放った弧を描く影の衝撃波を銃撃で相殺し、一瞬で距離を詰めた蒼のジークフリードは、彼の眉間へと銃口を突き付けた。
 引き金に、指は掛けられていない。
「お前は、何の為に剣と力を振るっている?」
『何の為に剣と力を振るうのか、ちゃんと考えておくんだな。何よりもお前自身の為に』
 掠めた弾丸。掠めた刃。
 はっとしたようなリィンへ畳み掛けるように、蒼のジークフリードは言葉を続ける。
「後悔のないように、やり遂げる事が出来るのか?」
『バカ、礼なんか早えっつの。後悔のねえように、しっかりやり遂げろよ』
 太刀の軌跡が、空を斬る。
 銃弾の軌跡が、闇へと消えていく。
 そのまま互いに距離を取り、二人は真正面から再び対峙した。銃口と太刀の切っ先が、同時に向けられる。
「来い。リィン=v
 蒼のジークフリードは、初めて呼ぶ。目の前に居る存在が持つ名を、どこかの誰かを思い出させるような声色で。
「……俺は――――」
 それ以上の言葉を飲み込んで、発さずに、リィンが太刀を強く握る。浮かび上がった戸惑いを打ち消して、暁に宿っている光を掴み直す。
 彼は不敵に笑った。

「見せてみろ。お前自身の価値を」

 蒼は言う。
 灰色の騎士、帝国の若き英雄、分校の教官、鉄血宰相の息子、灰の起動者としてではなく、その根底に存在するものの価値を示せと。
「俺自身の、価値……」
「そうだ。そして証明してみせろ」
 何を、とは続けなかった。何を、とは聞かなかった。
 それ以上の言葉を交わす前に、二人は正面から再び衝突する。溢れた力が衝撃を生み、迸る閃光が闇を裂いた。


 ◆


 遠く、彼方から、空の黒を掻き消すように、柔らかな光が姿を現した。一日の始まりを知らせ、夜の終わりを告げる色が、ゆっくりと視界に広がってゆく。
 終わりの始まりの刻が静かに訪れる中、蒼のジークフリードは海を見下ろせる高台に立っていた。その波の音だけが、心地よい静かさと共存している。
 数時間前まで交戦していた存在の瞳を思い返して、ふ、と彼は微かに笑った。
「ジークフリード」
 浮遊する球体から声を掛けられても、彼は振り向く事はしない。黎明の光を見つめたまま動こうとしない、蒼のジークフリードの感情を読み取る事は、誰にも出来ない。
 蒼のジークフリードは二丁拳銃についた傷に触れる。頑丈さを信頼しているとはいえ、これで太刀を受け止めるという無茶をしてしまった。帰還したら、慎重にメンテナンスを行わなければいけない。
 吹き渡る風は彼の銀髪を揺らして、そのまま世界へと駆け出して行く。
「分かっている」
 外された仮面。直接届く光。その下にあった瞳の色は、暁だけが知っている。

 色褪せる事はない色が、空を満たす頃――そこにはもう、誰も居なかった。




――――――――――――

こんな感じだといいなという願望。
不自然な空白が一ヶ所ありますがドラッグしてみてください。何か見えると思います。(機種によっては見えないかもしれないですが)

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