Infinity
「……!」
「おまえもわかるか、ヴェイグ? やっとご対面みたいだな」
「ああ」
 離れた場所に居ても、感じる。間違いない。この階段を上がった先に、負の化身――ユリスが居る。自然と、握った拳に力が籠もった。
 たとえこの先で待ち受けているのが生死を懸けた戦いだとしても、怯みはしない。逃げもしないし、恐れもしない。カレギアは、確かにヒトが破滅へと導いてしまった。ユリスはヒトが生み出してしまったものだ。心に潜む闇は計り知れない、強大な力を持っているかもしれない。けど、“カレギアという大地に生きるヒト”皆が、“ヒトの心の力”の強さを知った今なら、乗り越えられる。ヴェイグは――否、彼だけではない。マオもユージーンもアニーもティトレイもヒルダも、そして自らの意思でここへ来たクレアとアガーテも、彼女達を護っているミルハウストも――ここに居る誰もが、そう信じていた。
 カレギアに滅亡を招くのも、カレギアを救い“再誕”させるのも、ヒトなのだ。
「ヴェイグ」
 ユリスが待ち受ける、決戦の地へと続く階段の先を見据えるヴェイグの服の裾を、クレアが掴む。
「どうしたんだ、クレア?」
「ごめんなさい、引き止めたりして。どうしても言っておきたいことがあるの」
 ヴェイグの方に向き直り、アガーテの姿で、クレアは笑った。――それを見ても、もうヴェイグの心が揺らぐことはない。緊張で少し固くなっていた表情を僅かに和らげ、彼はクレアの言葉を待つ。
「全部終わったら……また、笑ってね」
「……え?」
「あの日から、ヴェイグが笑ってるところを一度も見てないもの……私、ヴェイグの笑った顔が好きだから」
「クレア……」
 照れ隠しなのか、ヴェイグがクレアから視線を少しだけ逸らす。返す言葉に詰まっているようにも見える。それをじれったく感じたのか、ティトレイが彼の肩に手を回して言う。
「なかなか笑ってくれなかったら、ヴェイグ連れてペトナジャンカに来てくれよ! おれの料理食べたらきっと」
「あ、バクショウダケをスープに仕込むつもりだネ。その時はボクも呼んでよ、爆笑するヴェイグ見てみたいなー!」
「こらーマオ! 今それ言っちまったら意味ねえだろ!」
「あんた達……ちょっとは空気読みなさいよ」
 ヒルダがティトレイとマオを引っ掴んで、階段の方へ向かう。アニーとユージーンは既に上り始めていた。オレも、行かなければ――彼は、階段を一歩踏み出す。気を付けてね、とクレアが言ったのが聞こえた。ああ、と返すと、
「行ってらっしゃい、ヴェイグ」
 振り返り、彼は言う。
「クレア……行って来る!」
 そして、一気に階段を駆け上がる。
 もう、振り返らない。




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