そばにいるだけで
「ルドガーはルドガーだよ」
 エルに下から見上げられてそう言われると、ルドガーは屈んで彼女に視線を合わせてやる。
「どうしたんだ、急に?」
 先程エルが言った、○○は○○だ、という台詞の汎用性は実に高い。
 小説や映画等のありとあらゆるものに用いられる事が多い言葉の一つだろう。自分がそれを言われる日が来るとは思わなくて、ルドガーは思わず苦笑いを浮かべる。
「エル、知ってるよ」
「何を?」
「ルドガー、自分がなくなっちゃいそうでこわいってルルに話してた」
「!」
 昨夜。見張り番を買って出てルルと一緒に夜空を眺めていた時に、そういえばそんな事をぽつりと零したな、と、ルドガーは思い出す。
 背を向けていたから気付かなかったが、どうやらその時、エルは起きていたらしい。
「……聞いてたのか」
 そんな事より、早く寝なきゃダメだろ――と彼は言いかけるが、エルに手を強く掴まれて押し黙る。
「どうしてエルには話してくれないの?」
「……」
「エルじゃルドガーのこと、助けられないの? お話聞くくらいなら、エルにもできるよ!」
 クランスピアの総帥、ビズリーは言った。骸殻は、クルスニクの一族にかけられた“呪い”だ、と。
 その言葉を聞いた後からルドガーは、いつかそれに身を蝕まれて己を失ってしまうのではないかと、段階的に目覚めていくその力を心の奥底では恐れていた。
 借金を返済するため。
 エルをカナンの地へ連れて行くため。
 それらの目的を果たすべく、彼は骸殻という異能を受け入れ戦って来たが、完全に身を委ねてしまうのにはやはり抵抗があった。
「……呪い、なんだ」
 あまりにも真剣なエルの視線に押し負けて、ルドガーは少しだけ胸中を明かす事にした。
「俺が変身した姿、怖いだろ? 正直、俺だって驚いた。自分にあんな力があったなんて、まったく知らなかったし」
 前髪に隠されて、エルからルドガーの表情は見えない。
「そうしたら今度は就職失敗した会社の総帥に声掛けられて、分史とはいえ世界を破壊する仕事をする事になった。……みんなも、巻き込んで」
 言葉が溢れ出る。
 少しだけと決めたはずなのに、堰を切ったかのように、止まらない。
「あの人が言った通りだ。骸殻は呪われた力なんだ……こんな力がなければみんなを巻き込む事だってなかった。それに、俺が俺じゃなくなった時が来たりしたら、みんなを傷付けてしまうかもしれな――」
「ルドガーのばか!」
 ぺち、という何とも言い難い音と共に、エルの軽い平手がルドガーの頬に当たる。
「だから、ルドガーはルドガーなの! ガイカクの力で変身しても、エルとカナンの地にいく約束をしたルドガーなんだよ!」
「…………エル」
「それにね、ガイカクの力で変身してる時のルドガーも、エル、好きだよ。こわくなんかないよ。ルドガーは、みんなを守るためにたたかってるんだから」
 叩かれた頬に、エルの小さな右手が添えられる。とても、温かく感じた。
「だからエルも、ルドガーを支えてあげるね。呪いなんか、エルがどこかとおいところに飛ばしちゃうんだから!」
 ああ、この少女はこんなにも自分の事を気に掛けてくれていたのに、と、今まで何も話さなかった事にルドガーは罪悪感を覚えた。
 言い訳になってしまうが勿論、彼にもそうしていた理由はある。
 年端もいかない子供であるエルに、そんな重い話はしたくなかったのだ。一人でカナンの地を目指している彼女の、トリグラフまでの道中は決して楽なものではなかっただろう。だからせめて、自分といる間くらいは、気を少しでも楽にしていて欲しかった。
 下手な気遣いが、かえって逆効果になってしまう事は、よくある。
「……ありがとう。エル」
 ルドガーが礼を告げると、エルは満面の笑顔で頷いた。
「だけど、エルになにができるかな……」
 いつのまにか足元に来ていたルルの背中をつついて、エルは言った。
 戦う術を持たない自分に、出来る事――。
「あ!」
「?」
 何かを思い立ったらしいエルが、ルドガーにびしっと指を突きつける。
「約束するね。エルは、ルドガーがうれしいときも、苦しいときも、つらいときも、ずっとそばにいます!」
 言い切った後、これでもいいかな、と言いたげな視線がルドガーへ向けられる。
 ルドガーは立ち上がって、自分を見上げてくるエルの頭に軽く手を置くと、兄がよくしてくれたように撫でてやった。
「ああ。俺はそれだけでも、助かるよ」
「ホント?」
「ホントだよ」
 真っ直ぐに向けられている、エルの曇りなき蒼の瞳。
 言葉に出さずに、ルドガーは誓った。何があろうとも必ずエルを守り通そう――、と。

 もう、誰かがいなくなってしまうのは、嫌だった。


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