Tales 1 writing『花』
 青い空の中を、蒼の蝶が飛んでいる。
 海を臨む場所に、“彼ら”の墓はあった。
「コルル。ちょっと待っててね」
 色とりどりの花を抱えて墓石に歩み寄った少女は、それらをそっと供える。彼女の足元を忙しなく歩き回る子猫は、後ろからゆっくりとやってきた猫に寄り添った。
「花、アルヴィンとレイアが一緒に選んでくれたんだよ。綺麗でしょ?」
 居るはずのない者に語りかけ、少女――エルは屈んで手を合わせ黙祷する。
 空っぽの墓。棺には彼らが生きていた証や花だけが詰め込まれ、そこに命の灯火を失った身体はない。彼らだけではなく、かつてのクランスピア社の社長や医療エージェントも同様だった。
「ナァ」
 ルルが墓石に寄り掛かり、懐かしむかのように頬擦りをする。猫のルルは当然文字は読めないが、それが何を意味しているかは分かる。
 聡い猫だった。彼ら――クルスニクの兄弟、ルドガーとユリウスが居なくなった後、ルルはルドガーの代わりにエルの事を見守ってくれていた。
 それが自分に出来る事だと、分かっていたのかもしれない。
「こっちは、ルドガーのネクタイの色にそっくりな花だって思って。トマトの花も特別に持ってきたんだ」
 “アイボー”の胸元にいつもあった黄色いネクタイ。その記憶は褪せる事なく、店で花を選ぶエルの脳裏にすぐその色を伝えてくれた。
 潮風が、エルの結った髪を揺らす。
「十年経ったんだよ、ルドガー。私、もう十八歳になった」
 花とトマトを置いた後も、エルは話し続ける。
 冷たい墓石は彼女の言葉を聞くだけで一言も発しないが、時折、その前に丸まったルルがぴくりと耳を立てている。
「オトナの入り口だな、ってアルヴィンに言われたけど、まだよく分からないんだ。オトナってなんなんだろう?」
 ルルが薄らと目を開く。
 ルドガーそっくりの瞳が、エルを見つめる。
「そうだ。トマト、食べられるようになったよ。……まだ同じようには作れないけど、スープの味だって覚えてる。ルドガーとの約束、忘れてないよ。……だから、今日はもう一つ、新しく約束しに来たんだ」
 十年前、月の光が照らす公園で指きりをして交わした“約束”。カナンの地で、ルドガーとの別れ際に交わした“約束”。
 ホントの約束は、目を見てするんだって――。
 墓石から視線を動かして、エルはルルを見た。ナァ、といつも通りに鳴くルルの背に、コルルがじゃれついている。
「ふふ、ホントにルルの目ってルドガーみたいだね。おじさ……ユリウスが連れて帰りたくなるのも、分かるかも」
 すっと小指を差し出すエル。そうすれば、そこにルドガーが居る気がした。――また、指きりで約束を交わせる気がした。
「ルドガー。私は、世界を作りに行きます」
 もう子供じゃない。行ける場所も、出来る事も、十年前と比べて大幅に増えた。
 大人からすれば、年齢的にはまだまだ子供だと言われるかもしれない。それでも、“世界”を作ると決めた。望んだ未来の為に、そして、笑って背を押してくれたルドガーやミラ、父の為に。
「必ず、未来に繋いでみせるから……私のこと、見守っててください」
 風が吹く。
 やや温いそれは、一瞬だけ、エルの小指に絡められた気がした。

 証の歌が蒼穹に融け、ルルは静かに目を閉じる。ほんの僅かに口ずさんでいた旋律が“誰か”と重なって、エルが笑う。
「トマト、置いておくから一緒に食べてね。すっごく美味しいんだよ」
 供えられた水色の花と黄色の花には、二羽の蝶がとまっていた。







なんだか何が書きたいのかよく分からない話になった。
一時間ってムズカシイ!(言い訳)




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