03

「自分とか仲間内でならまだしも、こうやって文句つけにくるのはルール違反だろ」
 まったくもって、正論だ。そのとおりかもしれない。自分ひとりで感傷に浸ったり友達に慰めてもらうのはいいかもしれないけれど、たしかに新しい恋人に文句を言いにくるのはお門違いである。正論、ではあるのだけれど。
 もっとオブラートに包むとか、そういう配慮はできないのだろうか。彼が可哀相すぎるではないか。
 秋吉の瞳は、今までにないくらい冷えた光を放っていた。彼が、自分を守るようにして縮こまり、走って廊下の向こうに消えた。たぶん、ちょっと泣いていた。
「秋吉、泣いてたよ」
「俺の知ったことか」
「冷たい!」
「冷たくてけっこう。嫌いになった?」
「ならないけどさあ……」
 なんだか腑に落ちない。嫌われないと分かっているふうな秋吉の態度も、なにもかも。
「あんなふうに言うことなかったんじゃない」
「中途半端に優しくするほうが、酷なときもあるだろ」
 秋吉はあくまで淡々とそう言ったものの、なるほどと私は納得する。冷たくするのが優しさである場合もあるのか。
 残してきた薫を迎えに食堂に戻ると、不機嫌そうな顔で待っていた。
「大丈夫だったん?」
「うん」
「結局、誰に呼び出されてたの?」
「秋吉の……元彼?」
 どうやら薫には、発展途上少年自身が私に用があったわけではなかったことくらいお見通しであったようだ。彼は、ふはあとため息をついて目を眇めた。
「最近お前ら仲いいもんな。勘違いして焦ったんだろうなあ」
 的確すぎる予想に驚く。大きなあくびをして、薫が立ち上がり、行こうぜ、と促した。トレイを持って立ち上がる。
「思ったんだけど」
「うん?」
「秋吉、あの子が納得できるような別れ方してないよな、たぶん」
「……」
「だろうな。秋吉はだいたい、飽きたら一方的に捨てるから」
「うわ、ひどすぎ」
 あんなに未練たらたらで、私相手に突っかかってくるのはそういうことなんだろうなとは思ったが、そこまでひどいとは。じっとりと秋吉を睨みつけると、さらりと視線を逸らして、今日の午後なにする、と全然違うことを言い出した。
 今日は午後から先生たちの研修があるらしく午前授業なのだ。私は秋吉を追及することを諦めて、なにをして遊ぼうか、と話しながら寮に向かって歩いていく。途中で、キャベツの千切りが歯と歯の間に挟まっているのが気になる。
「ゲーセン行く?」
「気分じゃない」
「ナンパ行く?」
「冗談だろ」
 秋吉と薫のやりとりをよそに、私は挟まったキャベツを取ろうと舌を駆使して格闘していた。集中していたおかげで、薫が私に話を振ったことにまったく気がつかなかった。
「比呂、聞いてる?」
「取れた!」
「は?」
「何が?」
「キャベツが歯に挟まってたんだよ」
「あ、そう」
 秋吉の呆れたような視線が突き刺さる。女の子らしくはなかったな。でも、男が好きならボーイッシュなほうがいいのだろうか、とも思う。とは言え、秋吉にああ宣言したものの特に彼に好きになってもらおうとかそういうことは考えていないのであるが。
 そう思っていると、目の前に先ほどの発展途上少年が現れた。
「吉瀬くん」
「はあ、また会いましたね」
 会いましたね、というのも少しおかしな表現だが、事実なので言ってみる。
「ちょっと、いいかな」
「俺、また誰かに呼び出されてるの?」
「うん……」
 また元彼とかの類かな、と思う。秋吉本人がとなりにいるので声をかけづらいのは分かるんだが、できれば二度手間になるので呼び出した張本人に来てほしい。とは言え仕方がないのでついて行こうとすると、右手を取られた。
「比呂、行くな」
「え、なんで?」
 秋吉が腕を引っ張ってその場に踏みとどまっている。見つめると、私をまっすぐに見て、それでもう一度、行くな、と呟いた。状況が違えば殺し文句だぜ、とのんきなことを考える。

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