09

「はあ?」
 女子を代表して(各方面から石を投げられる覚悟はある)、私は秋吉のその考えをとてももったいないと思う。
「秋吉は中学からここだったから知らないかもしれないけど、世の中には可愛くて夢を託すに相応しい女の子なんていっぱいいるよ。私の友達だって、彼氏と手をつないだだけで照れちゃう子とか、キスのときに息どうしてればいいんだろうって真剣に悩んでる子とか、そういう接触系じゃなくても、好きな人にどう近づけばいいんだろうって頑張ってる子、いっぱいいるんだ。お姉さんたちはたまたま、高圧的で彼氏の愚痴ばっかり言って裸かもしれないけど、そうじゃない女の子はいっぱいいるんだけどな」
「……そんなことは頭では分かってる。でも気持ちがついていかない」
 傷は深いのか。ベッドに座り込んだままの私と、立ち上がっている秋吉はじっと牽制するように見つめ合い、そして私は重要なことを思い出す。
「と、とにかく、誰にも、私が女の子だってばらさないでほしい……」
「さっきのは、そういう意味だったのか」
「どういう意味だと思ってたの?」
「乳首がピンク色だってこと。男は恥ずかしいだろ」
 そうだ、秋吉に乳首見られたんだ。恥ずかしい。死にたい。もんどりうってベッドに土下座の状態で突っ伏すと、彼は深々とため息をついた。
「まあばれやしねえよ。今までどおりやってれば」
「そ、そうかな」
「事情があるみたいだし、俺もできる限りのサポートはする」
「あ、ありがとう……」
 秋吉がすごく頼もしく見える。私はすっかり安心してしまって、脱力する。
「でも、この先ずっとこのままだったら、いろいろヤバくないか?」
「何が?」
「修学旅行とか、絶対大浴場だし、寝るのだって雑魚寝だろうし。体育の着替えだって、お前端のほうでこそこそやってるけど、分かる奴には分かるぞ。ここは男子校だから、女に敏感な奴も多い」
「男を好きな男より?」
「そうだな。まあ、先輩から聞いて抱いていた印象よりは女好きが多かった」
「ふうん……って、そうじゃなくて!」
 私はきっちりベッドの上に正座する。秋吉も、つられたのか床に腰を下ろして正座した。
「夏休みになったら、私イギリスに行って何が何でも比呂を見つけだして強制帰国させてここに通わせるの」
「お前はどうするの」
「公立の共学に編入する。私は健全に男子と絡みたいんだよ。乳首当てゲームしたり可愛い男の子の髪の毛の匂い嗅いだり合法的に筋肉触ったり」
「……それ、健全か?」
 秋吉が顔を歪めて、引きつった表情を見せる。私は、その引いた顔を前に自分の性癖を暴露してしまったことを、まずいと思ったものの、気丈に反論する。
「うるさい! とにかく、私はここにいるべきじゃないんだ!」
「まあ、そうだな。その通りだ」
 少し傷つく。今までふつうに友達としてやってこれたのに、なんだか、当たり前だが女だと分かって少し距離を置かれた気分だ。
「でもとりあえず、夏休みまでは内緒にしててほしい」
「それはいいけど」
「夏休み前までに、秋吉の、女の子に対する見識をあらためて、女の子とも恋ができるようにしてあげる!」
「そんなの頼んでねえよ!」
 そういうわけで、私と秋吉は密約を結んだ。
 夏休みまで、秋吉は私を全面サポートして女だとばれないようにすること。
 夏休みまでに、秋吉は女の子に対する不信感や恐怖感を払拭することを私が手伝うこと。
「一応、双方にメリットが……あるのか?」
「あるよ」
「比呂にばっかり有利な条件じゃねえ?」
「気のせいだよ」
 なんか腑に落ちない。そんな顔をしている秋吉を放って、私はもう襲われることはないと判断し、ベッドにごろんと横になった。
「男の前で平気でベッドに寝そべるとか、やっぱこれだから女は……」
「秋吉、男の子が好きなんでしょ? じゃあ大丈夫」
「いやそういう問題じゃなくてさあ」
 言いたいことは分かるが、私はもともと眠たかったのだ。秋吉に着替えを見られるというハプニングさえなければぐうすか眠っていたところだったのだ。
「秋吉がもし私を襲うつもりがあるなら、それはそれで契約履行だから大丈夫」
「……なにかが違う気がする……」
 頭を抱えた秋吉がうめく。契約開始早々女の子に対する夢をぶち壊してしまったような気がするものの、安心したことで忍び寄ってきた睡魔には、到底打ち勝つことはできなかった。

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