05

「比呂?」
「あっ、はいっ!」
「ぼうっとしてどうしたんだよ?」
「ちょっと、将来のこと考えてた……」
「はあ?」
 なぜ、という顔をしながら、秋吉がいつの間にか到着していた部屋の鍵穴に鍵を挿した。中に入ってそれぞれの部屋に入る。私は、制服が乱れるのも構わずベッドに寝そべると、悶々と考え始めた。
 このままでは駄目だ。とりあえずそう思う。夏休み、帰省したらなにがなんでも、イギリスに飛んででも兄を見つけ出してここに通わせなければ。そしてわたしは公立の共学に編入、という出世コースを選択する。これで男まみれのこの巣窟からもおさらばである。共学なら男子に、女として接することができる。これって最高の幸せなんだとこの二日で気づいてしまった。男として男と接することがこんなにも苦痛だとは考えもしなかった。男だから許される行為があれば、女だから許される行為もあるのだ。
 ……などど考えていると、なんだか煙草臭い。
「秋吉」
「んあ?」
「開けていい?」
「どうぞ」
 ゆっくりと秋吉の部屋のドアを開ける。するとそこには、ベッドに腰かけて窓を全開にし喫煙している秋吉の姿があった。しけもくが飲み終えたコーラの缶に吸い込まれた。
「あ、秋吉!」
「なに、説教しにきたの。それとも煙草臭かった?」
 口端をにやりと上げて新しい煙草を咥えた秋吉もまた美人である。いや、問題はそこではなくて。
「まだ未成年だろっ」
「細かいなあ、比呂は」
「っていうか、寮で吸ったらやばくないの?」
「大丈夫だよ」
 なにを根拠にそんなことを言っているのやら。私が、なおも打ち震えていると、秋吉は不思議そうに首を傾げた。
「大丈夫だって。それに、見つかって怒られるのお前じゃないんだからさ、そんなヒステリックになるなよ」
 そういう問題ではない。なにか論点がずれている気がする。未成年の喫煙は法律で禁じられているのだ。私は今、人生で最高に法律にうるさい状態だぞ。
「謹慎とか退学とかなるんじゃないの?」
「それはヤバイ」
 全然、ヤバイなんて塵ほども思っていなさそうに笑い飛ばしてそう言った秋吉が咥えていた煙草を缶に捨て、煙草の箱を机の引き出しにしまった。そして、持て余すように缶を握る。
「これ、どこで処分するんだよ」
「中学校の裏庭に、もう使われてない焼却炉がある」
 ちなみに、中学校は高校のとなりに併設されている。確認はしていないが、地図で見た。
「それって、壊れてるってことじゃないの?」
「マッチか何か、燃えるものと一緒に入れれば平気だよ」
 その口ぶりはまるで、今までにも何度かそれをやったことがあるというふうだった。実際、やったことがあるのだろう。
「比呂は編入だから知らないと思うけど、同じことやってる奴はわんさといるよ」
「マジで?」
「うん、どうやって深夜に寮を抜けるかとか、女の子を連れ込むかとか」
「ええっ」
 女の子を連れ込んですることはひとつだが、そんなことをしたらこんな薄い壁では同室の奴に迷惑がかかるんではないだろうか。賄賂で決着をつけていたりしているのか?
「違うよ。明日の数学当たるからノート見せろとか、あのエロ本くれとか、そんなんで皆出ていってほかの奴の部屋で暇潰すよ」
「それもある意味賄賂では?」
「ははっ、そうかも」
「ちなみに秋吉は」
「さすがに連れ込んだことはない。同室の奴はよく連れ込んでたし、俺も何回か夜中抜け出したりしたことはあるけど」
 秋吉なんて外に出れば女の子のひとりやふたり引っかけてこれそうだけれどもな。なんて思いながら、秋吉が立ち上がるのを見ている。ブレザーを脱いでワイシャツとスラックスだけになった秋吉は、落としすぎずに腰でスラックスをはいていて、足の長さは損なわれていない。皆が着ているのと同じ制服を着ているだけなのになんだか洗練されているふうだ。私なんか制服に着られている感じ満載であるというのに。
「裏庭行くけど、ついてくる?」
「行く」
 秋吉についていって、件の焼却炉を見学する。秋吉が缶から煙草を出して火をつけて燃やすのをじっと見ていると、ふとこちらを向いた彼が、にたりと笑った。
「これで比呂も共犯だな」
「えっ」
 予想外の提案に、言葉を失くす。たしかに、秋吉が煙草を吸うのを黙認したあげくに焼却炉で燃やす様子まで見ているのだから、先生に言い訳は立たない。
「なんか……秋吉って……」
「ん?」
 にやにやしている秋吉は少し、意地悪で性格が悪い。そんなことを思うのだ。

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