「おばあちゃまと、おじいちゃまは?」
「あなたのために、夕飯の買い物に行ってるわ」
「……そう」
午後の光がやわらかく、鋭くリビングを包む。季節は初夏。あんなに恋い焦がれたビリジアンの匂いがする。
モニカの提案を頭の中でつついて転がす。ママの顔を見るときっと決められない。そう思っていたけれど、案外あっさりと、わたしはその提案を採択しようとしている。
わたしはもう、レイラ・カーペンターではなくて、ただのレイラになってしまったのかもしれなかった。
「ねえママ」
「なあに、レイラ」
ママの、なあに、にこんなにも違和感を覚える。ジェイミーやモニカの、何、という答え方にすっかり慣らされている。
「わたしも、いろいろあったのよ」
「……」
「そう、いろいろ……考える時間はたくさんあって……」
そこで、言葉を切って紅茶を含む。六年前と何ら変わらない美味しい、ジャムが溶かされた紅茶。ママが茶葉をきちんと計量してお湯をそそいで、きっちり時間を測った紅茶。
いろいろ考える時間はたくさんあったけれど、わたしは何も考えてなかった気がする。意識的に、何も考えずにいた気がする。
ほんとうにいろいろあったけれど、何があったの、と聞かれると何も答えられない。そんな空間で、わたしは過ごしていた。
モニカの提案をママにどう切り出そうか。
そう、どう切り出そうか悩んでいるだけで、気持ちはとっくにさだまっている。今度こそママに泣きつかれてヒステリックにわめかれても、揺らがない気がしている。
だってもうわたしは、何も知らない十四歳じゃないのだ。自分のことは、今度こそ自分で決める。
「ママ、あのね……」
紅茶のカップをいじって、水面を見た。ハタチのわたしが、そこに映し出されている。何も見ないで六年間を過ごした無垢で、それでいて荒んだ瞳と見つめ合う。
唇を噛むと、ほんのり血の味がした。
◆
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