01

 関係が壊れるのは驚くほど簡単だ。たとえば三年前、私は仁さんとの幼馴染という関係を、あっさりと壊した。でも、関係を壊したからそこで終わりなのかっていうと、そうでもない。
 私はまだ、仁さんとつながっている。「餌」としてでもなんでも、私がみっともなくしがみついていれば、仁さんは優しいから突き放さない、それを知っているから。
 私は、ずるい。仁さんの優しさに付け込んでいる。
 放課後、なんとなく帰ろうという気になれなくて、教室でぼんやりしていた。窓際の野乃花の席に座り、中庭を見下ろす。
 昨日、仁さんに抱かれて血を吸われた。首筋も腰も、全然痛くない。痛くないのに、なんだかすごく気持ちが重たい。いっそ、痛ければよかったのにって思う。痛ければ何かを仁さんのせいにできた。
 と、廊下から足音がして、がらっと教室のドアが開いた。

「あれ、上谷?」
「……大神くん。どうしたの?」
「や、タオル忘れて……いや、上谷こそ何してんの?」

 あ、そうか。今、部活中なのか。練習用のゼッケンを身に着けた大神くんがロッカーをあさっているのをぼんやりと眺めながら、納得する。
 タオルを取り出した大神くんが、思い出したように私のほうに目を向けた。

「そうだ、上谷さ」
「何?」
「暇ならちょっと手伝ってくんない?」
「え?」
「今日マネージャー休みで、でも皆練習してて顧問との連絡係がいないんだよ」

 どうせ暇だし。じっとして中庭を眺めていても、仁さんのことを考えて憂鬱になるだけだし。
 そう思って快諾すると、大神くんはへらっと笑って手招きしてきた。立ち上がって、大神くんと並んでグラウンドのほうへ向かう。

「上谷って、彼氏とかいんの?」
「え」
「あー、いきなりごめん。でもさ、男子の間でけっこう上谷の話出るから」
「私の……?」
「だって上谷、可愛いじゃん」
「……」

 思わず、変な顔をした気がする。篠宮先輩と言い、大神くんと言い、サッカー部の人ってこんなにてらいなく褒め言葉を口にできるものなのか。よく言えば素直、悪く言えばチャラい。

「可愛いかどうかは知らないけど……」
「いや、可愛いって。なんか、不思議な雰囲気あるし」
「え?」
「なんだろ、オーラ? 俺そういうのよく分かんないけど、でも、上谷って、なんかほかと違いますオーラみたいなの、出てんだよ」
「へえ……」
「別に、気取ってるとかそういう意味じゃないけど、なんか違う」

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