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「人身事故だ!誰か、救急車!」
「女の人が撥ねられたぞ!早く意識確認しろ!」
「もしもし、聞こえますか!?大丈夫ですか!?」


今でもあの時の事は覚えている。
薄れゆく意識の中聞こえた、大声で叫ぶ周囲の人達の声、救急車やパトカーのサイレンの音。
じわりと体中に広がる、鈍い痛み。
生涯忘れることのない体験となった出来事。
――私は、車に撥ねられた。



事故に遭って数ヶ月、もう何度目か数えることをやめた術後検査で、私は私立の大きな病院へと来ていた。
車に撥ねられ、盛大にコンクリートの地面へ叩き付けられた直後は、初めて走馬灯を見ることとなった。
あぁ、自分は死ぬんじゃないか。そう思ったのだ。
しかし幸いにも急所は強くぶつけていなかったようで、脳に問題はなく、精神、体力共にゆっくりと回復していった。
今ではおかげ様でトラウマに苛まれることもなく、一週間前に退院した。

では何故、未だ何度目かもわからない術後検査で病院に通っているのか。
その理由は、ズルズルと格好悪く引きずっている右足にあった。

『その足は、傷は癒えても後遺症が残るだろう。今のあなたの仕事も、その足ではきっと続けられない。迷惑がかからないよう、早めにデスクワークに転職するのを勧める』

これは、一番酷く損傷していた右足の手術を終えた後に、担当医から言われた言葉だ。
この言葉を聞いた時は、思わず大声で泣き崩れてしまったものだ。

なぜなら、“今の仕事”というのは、輝かしい舞台の上に立つ“劇団員”だから。

とある劇団に所属している私は、僭越ながら、多くの公演でヒロイン役を務めることが多かった。
舞台上に立つ間は、よく「美しい」「天性のヒロインだ」などと賛辞を受けていた。それほどの実力を持っていたのだ。
しかし、事故に遭ってからというもの、劇団での私の評価は一気に暴落した。
私が長々とツラく苦しい入院生活を送っている内に、使えない私の代わりとして新しくヒロインとなるべく女性が入団した。
その女性は瞬く間に急成長を遂げ、もうすでに舞台の上に立っている。

そう、私の居所はなくなってしまったのだ。
それでも、昔から演劇が大好きだった私は、たとえ舞台上に立てなくても、退団することだけは出来なかった。
こんな私でも、劇団員としての大きな夢を持っていたのだ。

“いつの日か、ヒロインとして、完璧な王子様の隣に立って芝居をしたい”

そう……完璧な王子様役としてGOD座のトップに君臨する、高遠丞の隣に立ちたかった。


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