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−side **−



お願い。誰か、嘘だと言って。



「んああああ……嘘でしょ……今日はエイプリルフールだと思いたい……」
「**、何言ってんの?ていうか、ジュース買いに行ったんじゃなかったの?何も持ってないけど」
「買いに行ったけど!それどころじゃなかったの!!」


自分のデスクに戻って来て頭を抱える。もうスマホはポケットにしまった。
同僚の女の子が何か言ってきてるけど、全然それどころじゃない。
これまで生きてきた中で最大の凡ミスをやってしまった。


「やっちゃったんだよぉ……!すごくツラい、帰りたい」
「はいはい、よくわかんないけどそろそろ昼明けるよ」


私はいわゆる、商社OLというものだ。職業的にはすごくオシャレ。
しかし、その実中身はなんと“ゲーム、漫画、アニメをこよなく愛するオタク女子”である。
幸いにも“それなりの顔”を持って生まれたおかげで喪女ではないし、自他共に認める社交的な性格が故に友人も多い。
ここ最近、会社内では“高嶺の花”だなんて密やかに言われていることも知ってる。
でも、それはそれ、これはこれ。表と裏をキッチリと使い分ける“二面性”を持つ人間なのだ。
会社では「オタク女子だなんてキモい!全然オシャレじゃない!」なんて絶対思われたくない為に一生懸命裏側をひた隠しにしてきたのに。
ついウッカリ歩きスマホで、しかもお気に入りのソシャゲをしている所を社内の人間に見られてしまった。

(でもしょうがないじゃん!体力漏らすのもったいなかったんだもん!午前中仕事が長引いたのが悪かったのよ!アホ!)

悔やんでも事実は変わらない。
そう、よりにもよって“男性版・高嶺の花”に見られてしまったという事実。

茅ヶ崎至。仕事は出来るし、顔良し、中身良し。
ウチの会社の女の子達は、多分彼の事を嫌いだとか苦手だとか言う人はいない。それくらいハイスペックな人。
そして、私が密かに憧れている人。
そんな人に私の裏側の部分を見られてしまったのだ。
彼の事だから、ネタにする……なんて事はしないまでも、恐らく私自身に対してドン引きしたことだろう。私にはわかる。

(まぁ、逆の立場だったとして、私は茅ヶ崎さんが重度のオタクでもドン引きしないけどね。だって中身よりも外見の方が上回ってるもん)

私のこんな裏側を知った人は、きっと裏表の差がありすぎて世の中の女の子皆信じられなくなってしまうだろうな。
そんないかにも“イヤな女”が考えていそうな事を思いながら、精神を落ち着かせ、午後からの仕事を開始した。



「**さん、悪いけど資料室から前年度の会議資料、持って来てくれない?ファイルに綴ってキレイに並べてあるはずだから、すぐわかるよ」
「あ、はーい。行ってきます」


女性の先輩社員から指示を受け、部署を出る。
資料室は少し離れた所にある為、眠気覚ましとして歩くのに丁度良かった。


「あれ、電気ついてる。失礼します」


その名の通り部署ごとの資料や資材しか置いていないこの部屋は、普段誰も使わない為電気など付いていない。
が、珍しく扉が開け放たれており、電気も明々と付いていた。

(中は誰もいない……人がいた感じはあるから、往復で重い荷物でも運んでる最中かな)

辺りをキョロキョロと見回し、誰もいないのを確認する。
こういう時、大体どこか物陰げからヌッと人が出て来て驚くからだ。
確認を終えた所で安心し、自分の部署の物が置かれている棚へ向かう。


「えっと、会議資料……あー、キレイに並んでるけど、よりにもよって一番上……」


お目当ての物はすぐに見つかったが、なんと高い棚の一番上の列に並んでいた。
生憎さほど背が高くない私は、ヒールの高いパンプスを履いていても、その上で背伸びをしても、届かない。
ましてや資料室に踏み台なんてものがあるわけでもなく、ただひたすらにうんうんと唸りながら背伸びをして手を伸ばした。


「もー、皆背が高いわけじゃないんだからカンベンしてよ……!あと、ちょっと……!」
「ひょっとして、コレ?」
「ひゃっ!!」


突然、私の背後、顔の右側からにゅっと腕が伸びてきた。
その腕は私が目指していた会議資料のファイルを指差している。
そう、それです。ではなくて。


「う、あ……茅ヶ崎さん……」
「驚かせてゴメンね。数時間振り、**さん」


背後から聞こえる、落ち着きある大人の男性の声に、私は全身から血の気が引いた。


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