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**と初めて会ったのは、確か、3ヶ月前だった。
紬さんが、「万里くん、オススメの喫茶店があるから一緒に行こう」と誘ってきた日。
気を遣ってくれたのか、学校が休みである日曜日に話を持ちかけてきた。
そういえば、最近の紬さんは頻繁にどこかへ出かけているし、カフェの話題はいつも同じ店の事。
ひょっとすると、最近よく出入りしている店に、連れて行こうとしてんのか?
そんなことを考えつつ、俺は「いいっすよ」と軽い返事をした。



「万里くん、このお店だよ。コーヒーがとても美味しいんだ」


紬さんに連れられてやって来たのは、賑やかなビロードウェイから少し離れた所にある、少しダセェ小さな喫茶店。
きっと、何年も前からこの地でひっそりと営んできたんだろう。

しかしまぁ、何でまた今更こんな店が気に入ってんだ?
なんて思っていると、扉を開く前に、俺の前にいた紬さんが後ろを振り返る。


「……この店はね、マスターも店員さんも良い人ばかりで、とっても可愛い子もいるんだ。あ、これ彼女には言わないでね。ははは」
「彼女?」
「まあまあ、会ってからのお楽しみ」


何だか照れ臭そうにはにかむ紬さん。
もしかすると、店員さんってのの一人に若い女がいて、紬さんは、ソイツの事を……。

俺も面白半分、期待に胸を躍らせながら、紬さんの後に続いて店の中へと入った。


「いらっしゃいま……あ!紬さん!こんにちは!」
「こんにちは。**さん、先日言ってた彼を連れて来たよ」
「あー!“バンリくん”ですね!」


入るや否や、一人の女の、元気な大声が聞こえた。
紬さんと親しげに会話する様子から見て、どうもコイツが紬さんの言う“とっても可愛い子”らしい。
思わず、じっと見てしまう。
……顔立ちはまあまあだけど、“とっても”なんて言う程じゃねぇな。
我ながら失礼だな、なんて思いつつも、ソイツの顔をまじまじと見る。

ふと、何も喋らない俺を“ここへ来た事によって不機嫌になった”とでも思ったのか、カウンター越しにソイツが身を乗り出して顔を寄せて来る。


「初めまして。私はスタッフの**と言います!紬さんはここへよく来てくださるので、下の名前で呼び合う仲なんですけど、バンリくんも好きなように呼んでね!それから、ウチは苦いものから甘いものまで、いろんな種類のコーヒーや紅茶を取り揃えてるから、とりあえずバンリくんの好きなものを注文して飲んでみて!絶対美味しいから!えっと、あとは……」
「こらこら**くん。お客様が困ってしまうよ」


いきなりのマシンガントークについていけずただボーゼンとする俺をチラリと見やり、奥でグラスを磨いていたマスターと思しきじいさんが声をかける。
女は「すみません!」と俺に対し深く頭を下げ、さっとメニュー表を俺に見せた。


「……あの、バンリくんの事、よく紬さんから話を聞いてて……お会いするの、とても楽しみにしてました。とりあえず……ゆっくり、していってくださいね」


ガンガンと自分勝手に話していたのが恥ずかしくなったのか、困り顔で少し俯きながら微笑む女。
何なんだコイツ。鬱陶しそうだな。こんなヤツのどこを、紬さんは気に入ってんだ。つーか、紬さんも俺の事をコイツにどこまで話してんだ。
俺の心中はそんな事を思っていたが、それとは裏腹に、俺の口元は少し緩んでいた。


「……んじゃ、まぁまずはコーヒーで。自信があるみてぇだから、とびきり美味いの淹れろよな」


そう言うと、目の前のコイツはすげー嬉しそうな顔して、「はい!」と一言答えた。



−−そう、これが俺と**の出会い。
この時はまだ、これから先どんどん俺がコイツによって感情を揺さぶられることになるだなんて、これっぽっちも思っていなかった。


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