不思議な青年と子供の話





※未完成です。
リハビリとして書いてたんですが途中で力尽きました……




 母と兄とはぐれた。
 またか、と子供は思う。誤解しないで欲しい、自分がはぐれたのではなくあっちがはぐれたのだ。きっと兄が母を連れ回していなくなったに違いない。風船売りのピエロから赤い風船と素晴らしい笑顔をサービスでもらって、「絶対絶対ここにいてよ」と念を押した場所まで戻ったらもういなかった。齢8歳にして我が家族に呆れる子供であるが、実は子供のほうが場所を間違えて反対方向に行ってしまったことに彼は気づかない。自覚なしの迷子になった子供は、動かなきゃいいのに家族を探して歩き始めた。
 旅のサーカスの一座が来た関係で街はお祭り状態だった。通りには紙吹雪とチラシが舞い散り、屋台がそこかしこに現れて美味しそうな匂いを漂わせている。健康に悪そうな色のロリポップキャンディーや様々なお菓子が売っている店もあったし、さっきはインド像を連れたパレードも行っていた。が、目下子供の任務は母と兄を探すことであり、今はそれらに目を向ける暇はなかった。いいんだ、まだ時間はあるし、見つけたらあとでいっぱい色んな所を回らせるんだ。
 高みにある人間の顔と服を一人ずつ見ながら探していくのだが、こんな人混みからたった二人を見つけるのは至難の技だ。普通ならはぐれた寂しさで泣き始めるのが常だろうが、生憎子供は迷子の自覚が全くなかったのでそんな気も起こらない。何かいい方法はないかと思うのだがアイデアが浮かばない。
 人混みは子供にも容赦なかった。流れに逆らったり人にぶつからないよう気をつけたり、ダラダラして中々前に進まない集団がいたりで大変だった。普通なら、このような場で家族も見当たらず子供一人だけで歩いていると大人が心配して話し掛けてくるようなものだが、オロオロしたりせず毅然と振る舞っているので周りは気づかないのである。加えてこの人の多さだ、注意深く見ないとその不自然な光景を目に止めることが出来ない。
 遠くでワッと歓声が上がり、ハトが何羽も地上から飛んでいった。マジシャンでもいるのだろうか。少し見たかったが人の壁はあまりにも分厚い。
 疲れた。
「………」
 ちょっと休もうかな。
 子供は横に逸れて建物の壁際まで辿り着き、背中を預けて人混みを見つめる。この通りは石畳で作られていて、両脇に歩道、真ん中に道路があって車も通る。いまは通行止めになって歩行者天国と化し、いつもより歩ける範囲が倍以上広がった通りはドンドン熱気のうねりを増していく。この街にはこんなに人がいたんだなあ、と思う。そのせいか暑くてたまらない。シャツを摘まんでパタパタするが効果は得られなかった。
 日陰を探してぐるりと辺りを見回すと、すぐ左横にこの通りを奥に行く道があった。建物と建物の間にあるのでバッチリ日差し避けになる。やった、ラッキーかも。子供は足早にそこに入った。途端に周りが薄暗くなり、ひんやりした空気が全身を包む。ふーと額に流れる汗を手の甲で拭ったそのとき、快適な場所に着いたせいか気が抜けた。
 風船のヒモを握りっぱなしで汗だらけになっていた左の掌を、思わず離してしまったのだ。
「あ!」
 やってしまった。手を伸ばすがもう遅い。解き放たれた風船はあっという間に子供の身長を越えて空に昇っていく。あああどうしようどうしよう!赤い風船アレが最後だったのに!
「ま、待って――」

「ちょっと待ってろ」

 ?
 そのとき、濃い影が子供に覆い被さった。と思ったのは一瞬だけで、影は地面を軽く蹴って風船目掛けて跳躍した。
 とにかく、物凄いジャンプだった。
 影が履いているブーツの靴底が見上げられるくらいだった。風船は建物の高さ半分くらいまで舞い上がっていたから、少なくとも大人の身長は越えていたと思う。影は左手を使って余裕でヒモを掴み取り、大きな音もさせず着地した。
「ほら」
 影が風船を差し出す。子供は固まったまま動かない。逆光を背にしたシルエットからして男のようだが、まだ眼が暗さに慣れてなかったので顔はよく見えなかった。男は首を傾げ、
「……もしかしてお前のじゃなかったか?」
「! ううん、僕の!ありがとう」
 ヒモを受け取り、それから目をしばたかせて恐る恐るもう一度見上げる。顔が見えてきた。ハイスクールに通ってそうな年齢の青年だったが、子供からしたら遥かに年上なので何だか大人に見える。この暑い日なのに群青色のコートを着ていて、右腕全部に包帯を巻いていたが痛そうには見えない。それにしてもあのジャンプ力、もしかして、
「? なんだよ」
「……お兄さん、もしかしてサーカスの人?」
 青年は首を振る。予想と違って子供は驚く。
「違うの!?」
「何でそんなびっくりすんだよ」
「だって、すごくたかーく跳んでたから」
 実にアクロバティックだった。きっとサーカスの団員に違いないと思ったのに。青年は肩を竦める。
「別に、あれくらい普通……だと思うけど」
「じゃあ選手?」
「選手でもねぇよ。それよりお前、何でこんなとこに一人で居るんだ。迷子か?」
「迷子じゃないよ。お母さんと兄さんが迷子なんだよ」
「…それって結局……、いや、いいか」
 青年はどうしたもんかと顎に指を当て、
「……元の時代の帰り方もわかんねーしな…こいつ置いてくわけにもいかないし…」
「?」
「何でもねーよ。そうだな、じゃあ俺が案内所……多分あると思うから、そこに連れてってやるよ。へたに歩き回るともっと見つからなくなるぞ」
「そうなの?」
「お前の家族だって探してんだろうし、どっちもウロウロしてたらいつまで経っても会えないだろ」
「ふーん……」
「っつっても、俺も初めて来たから迷子みたいなもんだけど」
「この街の人じゃないの?」
「あぁ」
「どこから来たの?」
 途端に青年は難しい問題を突き出されたときみたいな顔をした。もしかしてホームレスだったりして、と失礼なことを考える。青年はうーんと呟き、
「すげえ遠いところ……かな」
「遠いところ」
「あぁ」
「サーカスを見に来たの?」
「まあ、観光だな。不可抗力だけど」
 フカコウリョクってなんだろう、と子供は思う。あとで兄さんに訊こう。
「ほら、早く行くぞ」
「うん」
 左手を差し出されたので右手を出す。母より大きな手だ。指輪がたくさん付いている。握り返し、青年を見上げる。
 初対面の感じがしなかった。
「そう言えば、お前名前は?」
 青年がふと気づいたように問う。
 子供は答えた、
「ダンテ」
「え」
 お化けでも見たような表情で青年が声を上げた。
「?」
「……あ、わり。知り合いと同じ名前だから」
「そうなの?」
 別に珍しい名前でもないんだけどなあと思う。
「………」
 青年は何故かじっとダンテを見下ろして動かない。探るような目だ。ちょっと居心地悪い。
「そういえばお前、母親と兄貴がいるって言ってたよな…」
「? うん。母さんとバージル兄さん。兄さん酷いんだ、母さん連れてどっか行っちゃうんだもの」
「………………。うっそだろ」
「嘘じゃないよ?」
「いやそっちじゃなくて」
 青年は急にしゃがんでダンテの顔をマジマジと凝視し始めた。
「本当か? 本当にダンテなのか?」
「う、うん。そうだよ」
 その返事に青年は顔を伏せた。いきなりどうしたんだろう。
「……じゃあ、やっぱりここって…」
「…大丈夫?」
 声を掛けると青年は「多分」と答える。具合悪いのだろうか。
「お医者さん行く?」
「……いや、平気だよ」
 はー、と青年は溜め息を吐いた。何故か「あの野郎ぶっころす」と低く呟く。どうやら元気ではあるらしい。なら話は早い。
「じゃあ、お兄さんの名前は?」
「あ? 俺? 俺はネ……」
 そこで青年は口を閉じてあらぬ方向に目を向け、
「……ロダン。ロダンでいい」
「ロダンお兄さん?」
「ロダンでいいって」
「ロダン?」
「あぁ」
 青年はようやく立ち上がった。コートの裾をはたいて、よしと気合いを入れると再び手を差し出す。
「じゃあ行こうぜ。ダンテ」
「うん!」
 右手を出すとしっかり握り返された。ロダンの手は母より大きく、在りし日の父の手を思い出した。



********



 旅のサーカス団が来たというわけで催されている今日のイベントは、地方からも人が集まるらしい。当然家族連れだっているだろうし、人が増えれば迷子も増える。臨時に設けた案内所や救護所があるなら迷子を預かる所だって存在するはずだ。そこでアナウンスをしてもらって、母と兄が来るのを待つ。
 これで大丈夫だろ、と青年ロダンは言った。
「さっきも迷子のお知らせ流れてたし、サーカスやってるほうにあるらしいから取りあえずそっち行くぞ」
「ロダン」
「何だよ」
「お腹空いた」
 と同時に腹の虫が泣いた。ロダンは目を丸くし、
「メシ食ってねえのか?」
「母さん達とここで何か食べようって言ってたんだけど、その前にいなくなっちゃったから」
 朝ごはんは食べた。お昼は屋台かお店に入ろうということになっていて、ここに来てからはまだ何も口にしていない。お金はさっきの風船代を母からもらっただけで無一文である。腹が空いたからかここでようやく一抹の寂しさを覚え始めた。どこを向いても知らない人ばかりだ、母と兄に会いたい。
 無言になってしまったダンテにロダンは慌てて肩をすくめるようにジーンズのポケットを探り始めた。小銭を探したいようだが見つからないらしい。反対のポケットにも手を突っ込み、コートの内側もまさぐったところで何かを発見したらしい、手をグーにしてダンテの前にしゃがみこみ、
「悪い、これしかないけど」
 掌を広げると、そこには飴玉が二つあった。いちごミルクとレモンスカッシュ味。
「俺サイフ持ってきてなかったから金ねぇんだ。だからちょっとこれで我慢してくれ」
 そうしていちごミルク味のほうをダンテに渡した。どっちの味を選ばせるでもなく、迷いのない手つきだった。あまりに自然だったのでダンテは疑問にも思わない。包みを開け、パクリと口に放り込む。
「…おいしい」
「そっか」
 ロダンはポンポンとダンテの頭を叩き、
「あんたもガキの頃は素直だったんだなあ…」
「?」
「何でもねーよ。美味いならよかった」
 そうしてロダンは懐かしいものを見るように目を細めた。
 彼の髪が自分と同じ銀髪であることに気付いたのは、そのときだった。



 人づてに訊いて回ったところ、どうやら迷子預かり所はないらしい。変わりに総合受付として最寄りの市役所が一時的に案内所として一手に引き受けているらしく、ダンテとロダンはそこに向かった。
 が、一分もしないうちにすぐ引き返してきた。
「ダメだありゃ」
 ロダンがボヤき、ダンテは普通に感想をのべる。
「人たくさんいたね」
「あぁ。忙殺だっだな」
「ボーサツって何?」
「メチャクチャクソ忙しいってことだ」
 役所はもはや戦場だった。そりゃあそうだ。このイベントには地方からの観光客もこぞってやって来ているし、サーカスなんて中々見られないような田舎なものだから地元だって総出で盛り上げている。となれば役所の仕事は決まって雑務ばかりになるので、パンフレットを作ったり交通整備をしたりインフォメーションしたり忘れ物を預かったり迷子を預かったりととにかく色々な任務を任されるわけだ。当然勝手が分からない観光客がわんさか集まるし、お約束とばかりに迷子の子供やジジババも来るし、その迷子が預けられてるかどうか確かめに家族もやって来る。加えて普段の役所としての機能も働かなければならないから、それら全てに応対している職員の忙しさっぷりからすると、子供一人預けるだけでも手続きに数時間は待たされそうだった。
「自力で探すしかないか……」
 夏空の下に再び繰り出し歩き始める。太陽は相変わらず容赦ない。ロダンが暑そうにパーカーをパタパタしているのを見てダンテは不思議に思う。
「脱げばいいのに」
「そりゃ脱げれば今すぐ脱ぎてぇけど」
「怪我してるから?」
 その言葉にロダンは疑問符を浮かべた顔をする。しかしすぐ右腕のことだと気づいて言いづらそうに、
「あー……これは怪我じゃないんだけど、実質このせいだな」
「怪我じゃないのに包帯してるんだ」
「うん、まあ、ちょっと変わった傷痕があってよ。これやってないと大変なことになるんだ、周りがな」
「? でも今包帯で隠してるでしょ。だったら脱いでも大丈夫じゃん」
 腕まくりをして剥き出しの肘から手先は全て包帯に巻かれている。なら脱いでも脱がなくても同じではないか。しかしロダンは首を振り、腕まくりされていない肩から肘、コートで隠れているところを視線で示した。
「この辺はどうせ見えないと思って巻いて来なかったんだ」
 傷痕は肩にまで及んでいるらしい。凄い。一体どんな修羅場をくぐってきたのだろうとダンテは思う。人に見せらないほどの傷が残っているということは、それだけ壮絶な人生だったのではないだろうか。実は、ダンテはそういう傷痕にちょっと憧れがあったりする。弾痕とか何十針縫った痕だとか、これだけの傷を負ってなお生き残れたという証みたいなものが男の勲章みたいでカッコいいではないか。羨ましい。物凄く羨ましい。
「見たい!」
 ダンテが声を上げて言うのでロダンは目を剥いた。
「見たい、って」
「大丈夫だよ、僕気にしないもん」
「いや待てそういう問題じゃねぇから」
「だって凄い傷なんでしょ、見てみたい」
「――。…あのなダンテ、本当は傷じゃなくて元々傷だったっていうか…」
「傷じゃないのに何で包帯で隠すの?」
「それは……あークソッ」
 突然ロダンは髪をガシガシ悪態をついた。
「とにかく駄目だ、見せられない。それより早く探しに行こうぜ、もたもたしてると陽が暮れて見つからなくなるぞ」
 はぐらかそうとしてる。安っぽい子供騙しだ。ダンテはムッとした。
「なんで見せてくれないのさ」
「……見せていいようなもんじゃねーからだ」
「ロダンはその傷が嫌いなの? 嫌いだから誰にも見せたくないの? だから隠すの?」
 突然ロダンが足を止めた。
 人混みのど真ん中だったので背中に誰かが軽くぶつかった。気をつけろ、と邪魔くさそうに通行人が通りすぎていく。急に動かなくなったロダンにダンテは心配になる。何かマズイことを言ってしまったのだろうか。
「ロダン?」
「違ぇよ」
 ロダンはダンテを見下ろしていた。逆光で表情はよく見えなかった。
「これは――俺の誇りだ」
 繋いでいた左手を離し、そのまま右腕をさする。
「前は嫌だったけどな。本当に嫌で嫌で堪らなかった。でも今はこの腕があって良かったって思ってる。すげえ感謝してる」
 その言葉には色々な感情が折り重なっているのを子供のダンテは感じ取った。だがなおさら分からない、誇りならもっと堂々とすればいいのに。
「そんなもんだよ。自分が嫌じゃなくても話したり見せたりしちゃいけないことがある。ダンテだって一つや二つないか?」
 何を考えているか顔に出ていたらしい。ダンテは俯く。ロダンの言う通り、自分にも隠さなければいけないことがあった。それに対してダンテは微塵も嫌だと思ったことはないが、周りにバレたら家族に迷惑が掛かるのは肌で感じ取っていた。
 同じような隠し事を、ロダンも持っているのだ。
 ダンテは、敢えてハッキリと言った。
「僕は嫌いにならないよ」
 少しだけロダンは目を丸くし、
「……なんで」
 ダンテは言葉を探した。何と表現すればいいか分からない。迷った挙句、
「いい人だから」
 ロダンは口を閉じて沈黙した。
 長い沈黙だった。
 やがてロダンはまた髪を掻き回し、何でかな、と呟く。
「別にいい人なわけじゃねーんだけど」
「でも、一緒に母さんと兄さん探してくれてるじゃん」
「それだけでいい人呼ばわりされてもなあ…」
 まあいいか、とロダンは無理やり納得したようだ。ダンテの頭にポンと手のひらを置き、
「分かったよ、見せてやる。でもここはちょっとマズイから場所変えるぞ」
 ロダンはダンテと手を繋ぎ直すと辺りを見回し、すぐにいい場所を見つけたのか向きを変えて歩き始めた。背の高いロダンとは違いダンテの目線からでは熱気高ぶる人々の背中しか見えない。流れに逆らって壁際まで寄り、建物伝いに少し進むと唐突にロダンが右に曲がった。
 先ほどダンテが涼もうと入った路地裏と同じような場所だった。
 しかしこちらは距離が長く、四十メートルくらいある一本道だ。よほど見られたくないのか、ロダンは奥の突き当たりに差し掛かるところまで歩き続けた。ここまで来ると喧騒も遠ざかり、何だか祭の雰囲気に取り残されたような気持ちになるダンテである。
 涼しいというより肌寒い日陰の中でロダンはふと足を止め、
「ここまで来れば平気だよな」
 半ば独り言のように呟き、それからダンテを振り返る。
「さっきも言ったけど、これは傷じゃないんだ。いや、傷が変化したって言うのかな……とにかく、お前が想像してるようなのじゃあねーから」
 ダンテは頷く。今更確認するなど無粋だ。
「うん」
 ロダンはダンテの前で舗装された地面に片膝をつくと、まず右手に嵌めている指ぬきの皮手袋を脱いだ。黒い包帯は指先にまで念入りに巻かれており、ロダンは親指の付け根にある接合部を指で剥がすとぐるぐる捲っていく。
 光っていた。
「わ」
 本来なら「手の甲」に当たる部分が露になった。肌色どころか皮膚でさえない、まるで鱗のような何かが右手にくっついているように見えた。青い光がほのかに手の甲の中心から発光しており、それは腕のほうにまでジグザグに伸びている。包帯がどんどん捲れていく。関節部分と腕の一部は赤い鉱石のような物質で覆われており、指先は尖っているが爪は見当たらなかった。指紋のような模様がかすかに見えるがそういう役割ではないのだろう。どこにも人間を思わせるものが見当たらなかったし、極めつけに肘が突起状になっていた。
 思わず、
「――恐竜みたいだね」
 ロダンは目をむき、それからブッと吹き出した。
「ハハッ! そう言われたの初めてだ」
「触ってもいい?」
「おう」
 許可をもらったので遠慮なくベタベタ触る。石のように冷たいと思ったのだが意外にも暖かい。が、やはり固さは見た目通りで、ちょっとやそっとじゃ傷一つ付けられないだろう。手の甲を指差し、
「ここっていつも光ってるの?」
「いや、多分ダンテに反応してるんだと思う」
「?」
 ロダンは考えるように目線を上げ、
「そうだな、気に入られてるって思えばいいかもな」
 まるで腕自体が意思を持っているような台詞にダンテはマジマジとロダンの右腕を見下ろす。
「――これ、生きてるの?」
「さあな、俺もよく分かんねぇ」
 彼は肩をすくめた。本当に分からないようだった。
「生きてるかもしれないけど、それでどうこうなるわけじゃないしな。ただ、これがなかったら俺は今より強くなれなかった。それだけは確かだ」
「そうなんだ……」
 彼が強い者であることは幾分感じ取っていた。オーラというか空気というか、身に纏う何かが周りの人と違うのだ。あとは瞳も違う。幾つもの修羅場をかいくぐってきた瞳だ。幼いダンテが何故分かるかというと、父がそんな目をしていたからだ。
「あ」
 唐突にダンテは気付いた。
 そうだ、初めて会った感じがしなかったのは、何となくロダンが父に似ていたからだったのだ。父と同じ銀髪なのも面影を感じたのかもしれない。
 いいな。
「…ロダン」
「ん?」
「どうしたらロダンみたいに強くなれるかな」
 その問いに、何故かロダンは物凄く呆れた顔をした。おまけにため息までついて、しかもがっくり肩まで落として。
「……別に焦らなくてもすぐ強くなるぜ。本当ムカつくくらいにな」
「何で? 分からないじゃん」
「分かるさ。だって…」
「僕は今強くなりたい」
「――。どうしたんだよ?」
 ダンテの様子が変なことにロダンはすぐ気付いた。伺うように顔を覗き込まれてダンテは目を伏せ、風船のヒモを握りしめる。
「父さんは凄い強かったんだ。兄さんと一緒によく剣の稽古してくれたんだけど全然勝てなくて、いっつも悔しかった。いつか父さんより強くなろうって兄さんと約束してたけど、でも父さんはいつの間にかいなくなっちゃってて、今も帰って来ないんだ」
 ロダンは黙っている。
「父さんは、『自分がいないときは代わりに母さんを守ってくれ』ってよく言ってた。それって、そのくらい強くなれってことだよね? 父さんは今いないから僕も兄さんも母さんを守ってるよ。でも本当は分かってるんだ、全然守れてないんだ」
 むしろ守られている立場だった。ダンテくらいの年齢ならそれが当たり前のことだしむしろ当然なのだが、小さいときから父の背中を見て育つと嫌でも理解してしまう。悪魔である父は、ありとあらゆる脅威からずっと母と自分達を守ってきていた。その正体が一体どういったものなのかは未だ知る由もないが、少なくとも父のおかげで自分達は平和に暮らしているのだ。
 その父が今はいないのだ。
 母は普通の人間だ。分かっている。何度も諭されてきた。兄も自分も母とは違う存在なのだ。だからこそ、守る側の立場に一刻も早くなりたかった。
「母さんを守れるくらい強くなりたいんだ」
 そうしてジッとロダンを見上げる。ロダンなら何か答えを言ってくれる気がした。どうすれば強くなれるのか、何をすれば母を守れるのか、導いてくれると思ったのだ。
 だが、ロダンは無言でダンテの頭に右手を置いただけだった。
 何と表現すればいいか分からない表情をしていた。少しだけ寂しそうな、しかしそれは複数の感情が混ざった結果一番強い感情が微妙に滲み出ているだけのような、本当はどんな顔をすればいいか分からないような。
 遠くでまた歓声が上がった。
「……その心意気だけで今は充分だと思うぜ」
 どうして、とダンテは目で訴える。ロダンは首を振った。
「お前はすぐ強くなるよ」
「すぐって、いつ?」
「さあな。とにかくその気持ちを忘れんなよ。今はまだそのときじゃないのかもしれねぇけど、ダンテは絶対強くなる。俺が保証する」
 まるで未来を知っているかのような、確信めいた力強い言葉だった。ロダンは不思議な魔力を持っていると思う。彼は自分より遥か遠くの先にいる人なのだ。ダンテは身を乗り出し、
「ホントに?」
「あぁ」
「母さんを守れるくらい強くなれる?」
 ふいにロダンの湖色の瞳が揺れた。頭に置かれた右手に不自然な力がこもる。
「………なれるって」
 激情を殺したような声だった。
「お前が、俺の知ってる『ダンテ達』とは違う奴なら、そんな世界もあるはずだ」
「?」
「…何でもない」
 ロダンはふいに顔を背けて、耐えるようにきつく眼を閉じた。それから何故か「ちっ」と舌打ちし、
「ふざけんな、あいつらが最初から強くなかったことくらい分かってるっての。なのに何だよ、これ。俺なんかより全然……帰ったらぜってー文句言ってやる、あのファッキンクソッタレ野郎が」
 聞いてはいけない悪態な気がする。ロダンもダンテを見るとハッとして口をつぐみ、それから気まずそうに視線を逸らした。
「……そろそろ行くか」
 話題を変えるがごとく呟き、右手を頭から離すと解いた包帯を巻き直していく。
「でもこんだけ人がいると拉致があかねぇな。何か目印になるもんがあれば…」
 そこでロダンはまた口を閉ざし、包帯を巻く手を止めてダンテの頭上を見上げた。
「?」
 どうしたんだろうとダンテも見上げる。ロダンの視線の先には晴れた空と、自分が持っている赤い風船がふよふよと浮いているだけだ。何か珍しい鳥でもいたのだろうかと目を凝らすが特に見えず、しかしロダンは猛然と立ち上がると風船を両手でワシッと掴み、
「これだ」
「え?」
 意味が分からない。ロダンは手早く包帯を巻くと手袋を嵌め直し、アイデアが浮かんで嬉しそうな顔を向ける。
「行くぞダンテ、どっかでマジック借りるぞ!」



――――――――――――



………。
自分で言うのもあれですが、これ、すっごいいい所で終わっちゃったなあと(笑)
もう最後までネタバレしますと、風船にマジックで「ダンテイズヒア」なことを書いて浮かばせて、それが目印になって母兄と再会。ロダン有難うと振り返ったときにはすでにロダンいませんでした、ってオチで終わるはずでした。
なんでロダンがこの時代にきたのかはまあ、お察しください^q^




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