大人の社会科見学




 仕事帰りがてらに買うチュッパチャップスは旨いと若は思う。ネロからは無駄遣いだなんだと言われているが、わざわざ遠くの現地まで赴いて大層な悪魔も出ず終い、雑魚を斬っては倒し斬っては倒しで終わってしまった後の疲れというのは地味に精神に来るものがあって、そういう事の後には何か甘い物でも食べて気分を紛らわせたいのである。その気持ちはよく分かるとダンテ達は同意するのだが、バージルとネロからはあいにく非難された記憶しかないのだった。
 それでも旨いのに変わりはないので、若は今日もチュッパチャップス(いちご味)をハムハムしながら帰路の道を歩いていた。昼間のスラム街はどこか浮き足だった気配をあちこちに漂わせ、しかし若は平気な顔で通過していく。
 ふいに、どこかで痴話喧嘩みたいな声がした。
 いつもの事だ。気にせず若は歩こうとして、

 ――だから、そうじゃないんだ。

 二代目の声だった。
「んん?」
 若は口にチュッパを加えながら思わず唸った。足を止め、声のしたほうを振り返る。古い建物と建物の間の路地裏に続く道から、密やかに争うような会話が漏れ聞こえていた。
 ――じゃあなんで、………だ。
 今度は別の男の声だ。何なんだろか。若は気配を消して片方の建物に近寄り、そっと路地裏を覗き込む。暗い路地、昼間の光がギリギリ入り込む薄闇の奥。
 二代目と、いかにもマフィアの幹部ですと言った感じの金髪眩しい若い男が、何やら揉めている様子で喋っていた。
(おぉ、珍し。仕事か何かか?)
 自分が不在の間にまた仕事が入って、それに二代目が向かったのだろうか。それにしても何でこんな路地裏で。聞かれたくない会話なのかもしれない――それでも知ったこっちゃない若はさらに耳を澄ませ、目を皿にして二人の様子を見守る。見られたらただじゃすまないかもしれないが身内からすれば面白い光景についつい好奇心が働いて、
 いきなり男が二代目の前で正座した。
(は?)
 おい何してると二代目が困惑気味に言い、しかし男はそのまま必死の形相で両手を地面につけて頭を下げると、路地裏に響き渡る大声でこう言ったのである。


「俺と付き合ってください!!」

 その瞬間、若はチュッパチャップスをポロリと落として石像になった。



********



「――で?」

 時間を早送りして場所を移そう。
 顔を青くしてドタバタ帰ってきた若が事務所の玄関に飛び込んできた途端「緊急!緊急招集!」とか叫ぶもんだから、皆はめんどくさがりながら何事だとリビングのソファーに集まった。どうせくだらない話だろうと思っていたらまぁそうでもなかったのだが、ここまで聞いたらオチが分かったのも同然である。
「要するにだ」
 一人掛けソファーに座る髭は組んだ足の上で人差し指を立て、
「若が通りかかった先で旦那がゲイに猛烈な告白をされてたって話だろ?」
「すげえ要約したな」
 初代が思わず突っ込み、重大な話かと思って聞いていたバージルはあまりのくだらなさにため息をつく。キッチンでの皿洗いが途中だったのに。
「ゲイくらいその辺にうじゃうじゃいるだろう」
「うじゃうじゃいるのも考えものだけどな」
 そしてネロは、そんなダンテ達の会話に目を白黒させていた。
「……あんたら、何か反応薄いな」
 皆は一斉にネロを見る。髭が、
「どういう意味だ?」
「いや、だって仮にも未来の自分がゲイにコクられたんだし、もっとこう驚くとか」
「坊や、ここをどこだと思ってんだ。スラムだぞ?何が起きてもおかしくないさ。それに男にもモテるなんてさすが『俺』じゃねーか」
 そんなものなのか。そりゃあ二代目は普通にカッコいいと男の自分でも思うのだが、まさかゲイに言い寄られるとは考えてもみなかった。女運がないとへたしたらこうなってしまうのだろうか。向かいの初代が不思議そうにネロを見て、
「俺からしたらお前の反応が意外だな」
「は?」
「もっと気持ち悪がるかと思ったんだが」
 皆は言われてみればそうだなという顔をする。まぁそうか、自分はスラム街に来て日が浅いから。ネロは肩をすくめて、
「ゲイならフォルトゥナにもいたしな。騎士団の中にもちらほらそれっぽい奴もいた」
「マジか」
「男所帯だったしな。結構おっぴろげだったけどほぼ黙認も同然って感じだ。でもノーマルの方が普通に多かった」
 ゲイが居るのは別にいいのだが、だからと言って自分が標的にされたら話は別であるとネロは思う。恋愛は個人の自由だがあくまで自分はキリエ一筋だからそういうのはお断りだ。なので二代目にはとても同情した。
「つーかあんたら男にコクられてもいいみたいな事言ってるけど、実際そうなったらどうすんだよ」
 三人のダンテは目を見合わせ、バージルは「俺は違うぞ」とばかりに顔を背けて他人の振りをする。
「そりゃあ、」と若。
「野郎より綺麗なネーチャンだろ」と髭。
「右に同じだな」と初代。それから続けて、
「なあ、何でこんな趣味嗜好の話になってんだ?」
 そこで若の顔色が逆戻りしてまた青くなった。あわあわと手を無駄に動かしながら、
「そ、そうだ!まだ話は終わってねぇんだよ!」
 が、すでに皆は若の話のオチが何となく読めていた。ネロはハイハイと顔の横で手を振りながら、
「どうせ二代目は手酷く断ったんだろ。で、さらに詰め寄った相手をお空にぶっ飛ばしておしまい」
 アッハッハと初代と髭が笑い、
「俺は問答無用で壁にめり込ませたに一票」
「じゃあ俺はそいつをコンクリートで固めて太平洋に流したに五票。で、若。オチはなんなんだ?」
 バージルに至ってはソファーから立ち上がってさっさとキッチンに戻ろうとしている。しかし若の顔は未だに固い、変な汗が額に滲んでいる。そして、
「……わかった、って言ったんだ」
 誰もが意味を図りかねていた。
「二代目、オーケー出したんだ。そいつに」
 バージルの足が止まった。
 初代がビシッと固まった。
 ネロの口が半開きになった。そんなまさか、二代目に限って、いやいやいや詳しい話を聞かなくてはこれだけじゃあ判断しづらい。髭が途端に面白そうに瞳を輝かせて亀のように首を前に伸ばす。
「何だ何だ、詳しく聞かせろよっ」
「あんたなんでそんな楽しそうなんだ!」
 バージルが回れ右してズンズンと帰ってくる。ソファーの背もたれの後ろちょうどで止まり、信じがたい話に口がへの字になり眉間に深い皺まで出来ている。再び集まった彼らの前で若は神妙に居ずまいを正し、自分が見た光景をありのままに説明し始めた。
「だからな、ゲイの男のほうが二代目にコクったら二代目がオーケー出したんだ。はっきり聞こえた。そしたら男がすっげえ嬉しそうな顔で涙まで流して二代目の手握ってぶんぶん振って、しまいにはガバーッて抱きついてた」
 おぉうえええええ!?とネロは心の中で絶叫した。信じられない。手を握って抱きつくくらいなら何でもないが、その前に「付き合ってください」のセリフが入ると途端に怪しい行動になってしまう。いやそれ以前に何故二代目はオーケーしたんだ、好みか、好みだったのか!? 初代とバージルもネロと同じように目をまん丸にし、唯一髭だけが愉快げにニヤニヤしている。
「で?その後どうなったんだ。キスの一発でもかましたか?」
 何と、若はこくんと頷いた。
 これには髭も一秒静止し、
「――、待て。キスだぞ?まさか」
 若は固い表情で両手の人差し指を顔の前まで上げた。それから指先同士を向かい合わせにすると、片方の指をちょんともう片方の指先に当てる。
 その意味を理解するのに皆時間は掛からなかった。ネロはバン!とテーブルを叩いて若に詰め寄り、バージルは背もたれからガバアと身を乗り出して二人同時に、
「キスゥーー!?」
「やったのか!?」
 しかし若は答えなかった。思い出すのに心が耐えられなくなったのか、口元を歪めると唸り声に似た泣き声を漏らしながらソファーに突っ伏して顔を腕で覆ってしまう。若い彼には現場を目撃したショックは相当大きかったらしい。うっそだろと思わずネロは呟き、初代が前髪を掻き上げながら絶望的に天井を仰ぐ。
「…身内は、ちょっとばかしきついな……」
「身内どころか本人じゃねーか! に、にに二代目がゲ、ゲゲゲゲイだなんて、」
「いやバイセクシャルの可能性も」
「おっさんは少し黙ってろっ!!」
 後ろのバージルが痛むこめかみをワナワナしながら抑えている。無理もない、唯一いちばんまともだと思っていたダンテがまさかの性癖を持っていたことに脳みそがついていかないのだ。
「全くどこの世界の愚弟もまともな奴はいないのか…っ」
 その呟きになおも髭はあっけらかんと、
「ゲイだってまともな奴はいるだろ?」
「そういう問題ではない!」
 ネロは混乱する頭で思う。そもそも二代目はいつからゲイだったのだろうか。少なくとも事務所に居るときはそんな素振りは全く見せなかった。まぁ身内だからそういう対象にはならないのだろうが。しかしながら二代目も同じダンテである、バージルみたいに女性に対してストイックではない。それが証拠に、以前髭がアダルト雑誌を見せてきて「この美女三人から選ぶとしたら誰がいい?」と聞いたらあっさり真ん中の女を指差していた。あれ、待てよ、女に興味もあってゲイってことはつまり、本当に彼はバイセク、
 脳内ネロ会議で全ネロが「否定派」に回った。
「? おいネロ大丈夫か」
 額を押さえて俯いたネロに初代は声を掛け、ふと周りを見渡せば若人3人は揃ってこうべを垂れていた。随分と打ちひしがれている様子である、しかも空気まで重い。
「ぁーあーあー……」
 まぁ気持ちは分からないでもないか。当初の驚きから覚めてみれば「二代目ならあり得るなあ」と初代は思ってしまう。しかしネロ達はそうはいかない、事務所でのネロのポジションが「おかん」なら二代目は「おとん」であり、無条件で頼りになりそうなオーラとワケが分からん強さを持つせいか一家の大黒柱と言っても過言ではないのだ。そのおとんが実はゲイでしたとあっては彼らが受ける衝撃は計り知れないだろう。これがトラウマでリアルにグレる子供もいるかもしれない。どうしたもんかと髭に目を向ければ、髭は首を傾げて肩をすくめるだけだった。「俺フォローしませーん」とばかりの態度である。
 初代は深い深いため息をつき、
「――まぁ、あれだ。ゲイだろうが何だろうが二代目は二代目だ。それに変わりはないだろ?」
 若がソファーに顔をくっつけながらもごもごと、
「分かってるけどきつい…」
「なあ、取りあえず二代目に直接聞いてみたらどうだ?もしかしたら若の勘違いかも、」
「そんな勇気ねえ…」
「……あのよ、一つ聞きたいんだが、その、ちゅーの後はどうしたんだ?」
 若は髪の毛を左右にゆらゆらし、
「それ以上見てらんなくて、クイックシルバーで逃げてきた…」
「……あぁ、懸命な判断だったな…」
「おまけにチュッパ落としちまうし」
「何だよお前また買ってきてたのかよ」
「いいじゃんかよ」
 いきなり、

「ただいま」

 !?
 その瞬間、ダンテ達は見事な超反応を見せてくれた。髭はその場から特撮ヒーローの如くジュワッチ!と飛び上がってアーチを描きながら事務机の椅子に定番ポーズでゴールインし、バージルはダークスレイヤーで一瞬のうちにキッチンへと退避。ネロは背もたれの上に後ろ手をつくとブリッジの要領で身体を反らして後方一回転、床に着地するとそのまましゃがんでソファーの後ろに隠れた。逃げ遅れた若と初代はすぐさま第二の選択に移る、若はガバリと起き上がって咄嗟に右手をグーにし、初代も瞬時に察して同じくグーを構え、二人はあっという間に目で合図して、
「「最初はグー!ジャンケンポンッ!」」
「っだあー!また負けた!」
「これで1569戦927勝だなっ!」
 設定まで即座に決めるとは余計な頭が回るものだ。
 そんな彼らを二代目は無表情に観察し、玄関の扉を閉めながら一言。
「………何の練習だ?」
 誰かが間を取らなくてはならない。
 お前ら頼む!とネロが祈ったそのとき、初代が背もたれの後ろに手を伸ばしてネロのパーカーのフードを掴むと無理やり引き上げた。
「ちょ、」
 せっかく身を隠したのに!と非難しようとしたら二代目と眼が合う。
「――、お、お帰り」
「ただいま。…隠れんぼでもしてたのか?」
「いや、その、えーと、」
 特に悪いことをしたわけではないのに何故か直視出来ない。思わず若と初代を見下ろすが二人はサッと顔を反らす。キッチンでは乱暴に皿を洗う音、後ろでは髭が口笛を吹いて素知らぬ表情。どうやら自分は貧乏くじを引いてしまったみたいだが、今この場で真相を問いただすのは精神的にも自殺行為だ。
「…に、二代目こそどこ行ってたんだよ」
 事務所に居たネロ達の視点からすれば、二代目は三時間くらい前にふらりとどこかに行ってしまっていて、その間に若が帰ってきて事を聞いた次第なのである。
 二代目は何故かネロから不自然に視線を反らし、
「………ちょっとな」
 その「ちょっと」が物凄く気になる。大いに気になる。周囲から「聞け聞け!」と電波が送られている気がしたがネロは敢えて無視した。さすがに正面から突っ込むのは危険だ。事務所の空気が気まずいものになっているのは二代目も分かっているみたいだが、事情を聞かない辺り何かしら察しているらしい。二代目は言いたげな目を皆に向けていたがやがて諦めたのか肩をすくめ、それから真っ直ぐに事務机に歩いていく。ネロ達は思わずその姿を追い、
「髭」
 事務机の前で二代目は立ち止まった。
「なんだ?」
 髭は内心何の話が来るかワクワクしながら二代目を見上げる。その肝っ玉は一体どこからくるのだろうか。
 二代目は少し躊躇ったあと、こう切り出した。
「…少しバイトをしたいんだが、いいか」
 ぉおう?
 予想外の問いに二代目に視線が集まる。キッチンからバージルが顔を覗かせて何事だとこちらを観察している。
 問われた髭はそれでも表情を変えずに、
「何で俺に聞くんだ?」
「この事務所の主は一応お前だろう。依頼以外の仕事をするなら許可がいるかと思ったんだが」
「一応、は余計だけどな。いいぜ、好きにしろよ。いつからだ?」
「今夜だ」
 耳を疑った。
「今夜あ!?」
 思わずネロと若は素っ頓狂な声を上げた。せいぜいバイトを決めたというなら一週間後かそこらが妥当なはずである、いや急遽決定したことなら別に今夜からでも本来は構わないのだ。
 本来は。
 初代は背もたれに肘を乗せて顎を置くと呆れた顔で、
「もしかして忘れてんのか? 今日はニューイヤーズイヴだぞ」

 そう。
 東の島国で言うなら「大晦日」、こちらで言うなら「New Year's Eve」、つまり今日は12月31日であり、年末であり今年最後の日でありハッピーニューイヤー目前であり、物騒なスラム街の一角に佇むデビルメイクライにもその空気は嫌でも流れ込んできていた。ラジオを付けてもテレビを見ても外に出ても年末の雰囲気一色だし、新年に向けた年越しパーティーはあちこちで行われ始めている。
 ネロ達もささやかながら年が変わる瞬間は寝ずに待っていようと思っていたし、メシもいつもより豪華にしようかなーと考えていた。そのときは二代目も一緒に賛成していたはずなのだが、
「でも今夜中には帰ってくんだろ?」
 若の質問に二代目は首を振る。
「いや、明日の朝までだ」
「朝!?」
「年末年始をまたぐ時間は人手が足りないらしくてな」
「あぁそりゃそうだ。じゃなくて!つーか何のバイトだよ!」
「バーテンダー」
 ばぁてんだあ?と若はおうむ返し。バージルがため息をつきながらキッチンから引っ込む。また予想外なバイトだなあとネロは思うが、夜中じゅうやる仕事と言うのなら頷ける。しかし二代目がバーテンダー、カクテルとか作れるのだろうか。
「ってことはバーでやんのか。どこのだ?」
「44番地の外れにあるゲイバー」
 事務所の時が止まった。
 キッチンでバージルが皿を落とした。
 陶器の割れる甲高い音が急激に沈黙したリビングにまで届き、サッと顔色を変えた彼らを二代目は不思議そうに見回す。予期せぬタイミングで落とされた爆弾は木っ端微塵に若人達の脳内を破壊した。
 誰一人として動かない中よろりと若が一歩踏み出し、
「……か、」
「?」
「考え直せ二代目ぇええええ!!」
 と言って一気に二次爆発を起こし、二代目の元にすっ飛んで行くと両肩を鷲掴んでガックンガックン揺さぶった。
「今ならまだ間に合うから!な!?」
「いや、もう時間も手当ても決まっているから断れないんだが」
「そういう意味じゃなくて!!」
 髭が事務机に突っ伏してバンバン手を叩きながらヒクヒク笑い、初代はその場で両手を万歳にして天を仰いでいた。せっかく忘れ掛けていた問題が再浮上してしまい、ネロの脳内でまた激しく大ネロ会議が始まり、否定派がどんどん「やっぱりそうなんだ派」に回っていく。若はなおも二代目の肩を揺すりながら、
「何もゲイバーじゃなくてもいいだろー!」
「だがこの辺りじゃ一番給料いいぞ。それにバイトするのは今日だけだ」
 曰く、先程出掛けたのはバイト先を探すためで、決めたのはまさについさっきなのだと言う。いい時給の所を探しに練り歩いていたらゲイバーの店長を務める男に声を掛けられて、『事情』を話したら是非頼むと懇願されたらしい(その事情が何か問うてみたが二代目は答えなかった)。店員ももちろんゲイがほとんどだが、貴方が大丈夫ならこっちの方も弾むわよーと人差し指と親指で輪を作ったので、二代目はそのままあっさりオーケーを出して一日限定日払いでバイトを入れたのだと言う。
 くそ怪しい、とネロは思う。
 先程は「どこ行ってたのか」と聞いても話してくれなかったのに、今になってネタばらしをするとはどういうことなのか。そもそもどうしてバイトなんかしようと思ったのだ、お金が必要なら相談くらいしてくれればいいのに。一日だけ働くというのも益々怪しげだ。
 納得がいかないのは若も同じらしい、さらに詰め寄ろうと口を開こうとして、
「旦那がいいなら行って来いよ」
 髭だった。やっと笑いが収まったようだ。肘をついた腕の手のひらに斜めに顎を乗せて、もう片手の人差し指を時計回りにくるくるする。
「誰が何しようが基本自由だ。お前らが好きでここにいる限り好きにやっていいし、ゲイバーでバイトしようが世界の裏側までヒッチハイクしようが誰かとランデブーしようが構わねーぞ」
「おいおっさん!」
 暗にバイトをとめない側に回った髭にネロは非難の声を上げる。が、髭はネロに視線を合わせると、何故か秘密めかすみたいに片目を瞑った。
 いいからこのままにしとけ、と言っているような。
(?)
「というわけでだな、お前らが好きにやってるなら旦那も何やろうがこっちは文句言えねえってことだ。ゲイバーでバイトするって決めたならそうすればいい、その辺りの干渉をするのは筋違いってやつだぜ」
 色んな意味で自由を愛する男はそう主張する。確かに一理あるのは頷けるが、それとこれとでは今回ばかりは話が違うとネロは思う。ゲイ疑惑が掛かっている二代目が自らゲイバーにバイトしに行くとあっては何かがあるとしか思えない。ここは特攻隊の如く自爆覚悟で問いただしたほうが良いのではないだろうか。今二代目を行かせたら違う世界にご来場したまま二度と帰って来ない気がしてしまう。
 が、二代目を目の前にしてそんな勇気がある強者はここには存在しなかった。みな言いたげな雰囲気を醸し出してはいるものの「あんたゲイですか?」とはさすがに面と向かって聞けないのだ。もしそれで肯定が返ってきたらこの先どう接すればいいのだろうか。若はむぅうと不満げな顔で髭を見ていたが、自由でいたいなら文句言うなと意見する髭の主張ももっともなのでバイトに反対しづらくなってきたようである。
 やがて自分の中で折り合いを付けようと思ったのか二代目に向き直り、
「――わかった。じゃあ二代目、一個だけ聞きたいんだけど」
「なんだ」
 若は眼力をこれでもかと込めて若干身長差がある二代目を見上げ、
「あんた、俺たちの中で付き合うとしたら誰がいい?」



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