Devil, human, and brother.4




 白髪、はぐれ野郎、黒猫、似非スパーダ、もやしっ子、ひょろひょろ虫。
 ネロが幼いころに孤児院で呼ばれていたあだ名である。
 孤児院と言えば集団生活を余儀なくされるし協調性が問われる場でもあるのだが、あの頃からネロはそんなのお構い無しで一匹狼を貫いていた。食事の時間も皆がテーブルを囲んでワイワイ話している中一人でモソモソと食べていたし、一緒に遊ぼうと健気に誘ってくれる子もいたにはいたのだが、大勢で一緒に何かをすることに抵抗があったネロは悪いと思いつつもそれらを断っていた。その内に遊びに誘う者はいなくなり、いつしか孤児院にたまにやって来るキリエとクレドとその両親を待つことが唯一の楽しみになっていた。
 別に一匹狼になりたくてなったんじゃない、自分の言いたいことを言ってたら自然とそうなってしまったのだ。無愛想さと断る言い方が悪かったのはその頃から自覚していたが、これが自分なんだと開き直って直すつもりはなかった。
 そして、はぐれ者はいじめの対象になるのがお約束である。
 孤児院には常にガキ大将なる男子とその子分数名が居て、ネロは格好の獲物で、しかもネロは口が悪かったのでよくそいつらの勘に触っては殴る蹴るの喧嘩沙汰を起こしていた。しかしいつも勝負が決まる前に院長のシェスタが止めに入っていたから、常に勝つか負けるかが分からないまま喧嘩は終わってしまっていたのだ。いつの日にか相手を負かせてやるとあちら側は息巻いていたし、ネロも売られた喧嘩は買う主義だ、いつでも掛かってこいと思っていた。
 そして、図らずともついに決着の日がやってきたのである。
 あの日のネロは不機嫌がピークに達していた。雨だったからだ。その日はキリエ達とピクニックに行く約束を前々からしていて、カレンダーに丸まで付けて楽しみにしていたのだ。それが雨で文字通りお流れになってしまい、さらに急な事情でキリエ達は孤児院にさえ来れなくなってしまい、雨だったら孤児院で遊ぼうというプランBまで消えてしまってネロの落ち込みは計り知れなかった。しかもその落ち込みがイライラに変わるのはそう時間も掛からず、窓の外で降る雨に延々と呪いをかけていたところに例のガキ大将がやって来て、
 こう言われた。
 ――やい白髪野郎、ざーんねーんだったな!キリエちゃんとピクニック行けなくて!つーか俺達のマドンナキリエちゃんと最近仲良すぎなんだよ、きっとスパーダ様がお前のこと嫌いだから雨をお降らせになったんだぜ!神様と同じ髪の色なんかして生意気してるから罰が当たったんだよ!


 ぶっちん、



********



 思い出す。あのときのガキ大将の顔と恐怖に顔をひきつらせた周囲の目、あーすっきりしたざまぁみろばーかと妙に清々しく高揚した気分。
 あの日以降、ガキ大将を倒した「必殺技」はシェスタやキリエ達からきつく言われて今日まで封印してきたのだが、とうとう解禁する日が来たようだ。
 いいだろう。
 忠告はしたからな。
 ネロはダンテとバージルを交互に見やると、おもむろにダンテの方に向き直った。ダンテはすぐにエボニーを向けるが気にしない。そのまま彼の方にツカツカ歩いて目の前まで来ると、警戒をさせないように両手をダンテの肩に乗せた。身長は同じくらいだ。
「……なに?」
 馴れ馴れしく乗せてきた手にダンテはいぶかしむ。ネロは憮然とした表情で、
「あのな、あんたさ、」
 言葉を発して意識をそちらに向けるのが目的だ。案の定ダンテはネロの話を聞こうとしているし、バージルも次の行動が読めないのかジッとしている。ネロは次の言葉を出すフリをするために口を開き、その隙に肩に載せた両手に力を込め、少しだけ頭を後ろにそらして、

 ゴッッ!!

 額に隕石のごとく頭突きを落とした。
「な、」
「!?っ」
 ハンマーで壁をぶち壊すような音だった。バージルは呆気に取られ、ダンテは予想外の行動に反応が遅れてもろにそれを食らった。エボニーが床に落ちる。眼の中で星が飛び散り、顎の下まで響いた衝撃はポップコーンが弾けたような錯覚を覚え、揺れに揺れた脳みそが脳震盪を起こしてあっという間に意識がぶっ飛ぶ。
 孤児院でガキ大将を倒したネロの必殺技である。
 小さい頃から鉄のごとし額の固さを誇っていたネロの一撃必殺である。
 あの日、ぶっちんしたネロは一秒の猶予もなくこの攻撃を食らわせた。ガキ大将は鼻の骨と前歯を折って病院に運ばれ、青ざめた周りの奴らはその場に凍りついて動かなかった。ガキ大将はそれから一ヶ月後に戻ってきたが二度とネロと目を合わせなかったし、周りもさらにドン引きしてネロの孤立化に拍車をかけたのは言うまでもない。ちなみにネロは痛みを感じないのかと言うとまったくそんなことはなく、結構な捨て身技なのでやる方もかなり痛いのである。
 あの日以降、ネロには新しいあだ名が一つ増えた。
『ダイヤモンドヘッド』
「おい何だ今の音? すっげー痛そうな………、」
 部屋の扉を開けて初代が入ってきた。が、すぐに広がった光景に目を丸くする。床に伸びて目を回している若き日の自分と、鼻息をフンと吐いてそれを見下ろしているネロと、幻影剣を出したまま呆然としているバージルの絵面はまさにレアシーンとしか言えない。
 やがてネロがくるりとバージルに顔を向け、
「今回あんたは病人だからやらなかったけど、次また事務所で暴れようってんなら例え具合が悪くても遠慮なく頭かち割るからな。分かったらさっさと寝てろばーか」
 そしてダンテの片手を掴み、そのままずりずりと引きずって初代の脇を通り過ぎ廊下に出て行った。初代はネロ達とバージルを見比べ、何だかややこしそうだからすぐに退散することを決め、落ちていたエボニーを拾い上げるとふとバージルに視線を向ける。
「………」
 何か言おうとしたが言葉が出なかった。
 ――ったく。
 初代は小さく溜め息をついて、何事もなかったかのように扉を閉めた。部屋が静けさを取り戻す。雨の音がまた外から聞こえてきて、あとには一人バージルだけが取り残される。幻影剣がまだくるくると回っている。



 ぐわんぐわんする頭を押さえながらソファーに乱暴にダンテを放り投げ、それからコーヒーテーブルを挟んだ向かい側のソファーにネロも座る。と、事務机に誰も座ってないことに気づいて眉を寄せた。
「おっさんは?」
 後から戻ってきた初代がキッチンでお湯をぐらぐら沸かしながら、
「なんか用事があるってんで外に出てったぞ」
 雷がまたピシャーンと鳴った。
「……雷雨なのに?」
「雷雨でも人は外出するだろ」
「まあ、そうだけど。伝言とかも無かったのか」
「電話番とガキ三人頼むわ、くらいしか言ってなかったな」
 三人って俺も入るのか、とネロは思う。おのれヒゲめ、面倒事を押し付けやがって。帰ってきたら文句言ってやる。
「コーヒー飲むか?」
「あ、飲む」
 何だか今朝も同じ会話をしたような。初代は慣れた手つきでカップ二つを棚から取り出してミルクも沸かし始める。食事当番が週一の初代もコーヒーだけはよく淹れてくれるようになった。インスタントにお湯を注ぐだけだから簡単なのだろう。事務所に念願のコーヒーメーカーがやって来るのはまだ先の話だ。
 それにしても、
(……いってえ)
 ゴシゴシと指で額をさする。ヘディングをかましたのは実に数年ぶりだった、まだまだ現役でいけるだろうがしばらくはあまり使いたくない。若きダンテも相当な石頭なのは容易に想像がついたから手加減はしなかったが、これが普通の人間だったら多分ヒビを入れていただろう。
 雨のせいか部屋の温度はいつもより低いようだった。一番着込んでる初代がさみぃさみぃと呟きながらポットのお湯をカップに注ぐ。確かにちょっと寒い、長袖のパーカーを着ればよかった。気絶しているダンテなんか半裸だからますます風邪を引くかもしれない、ブランケットを持ってきたほうが良いだろうかと思う。
 ネロは階段のほうに視線を走らせた。
 二階からは何の物音もしない。
 大人しく眠ってたらいいのだが。
「ほらよ」
 湯気の立つカップが目の前に現れた。「どうも」と言って受け取ると、明らかに珈琲色じゃない白い水面がカップの中に入っていてネロは眉を吊り上げる。
「……ホットミルクじゃねーか」
 初代が隣りに座りながら、
「悪い、インスタント俺の分で最後だった」
 そういうことは早く言ってほしい。呆れた視線を送るが初代は気にする様子もなく自分のコーヒーを音もなく啜る。その悪気ゼロの態度に溜め息をつく。これくらいでとやかく言うのも馬鹿らしくなってきた。
 まぁいいか、ホットミルクも好きだし。膜が出来ないうちにネロは素早く口を付けた。
「で?」
「あ?」
「そこのガキんちょが伸びてるわけだが、何があったんだ?」
「…あー…」
 ネロは視線を宙にさ迷わせて頭の中で事の経緯を要約し、
「おっさんに言われてバージルの見張りっつーか看病してたんだ。で、バージルが目ぇ醒まして、そしたら直後にそいつが部屋に入ってきて、――話があるとかなんとか言ってたな。でもバージルのほうは聞く耳持たなくて、そのうちに二人で乱闘しようとしてたからそいつに頭突き食らわして黙らせた」
「頭突きぃ?」
 初代は驚いて過去の自分とネロを見比べ、それからネロの額を長い指でツンツンと小突きながら、
「お前どんだけ石頭なんだ?『俺』を頭突きで気絶させるなんてキングコングでも無理だぞ?」
「キングコ……。別に、そういう頭に生まれたんだから仕方ないだろ」
 ネロは初代の手を鬱陶しそうに振り払った。確かに自分の額は人並み外れて固いがだから何だと思う。いい事ではないか、こうして事務所を半壊させることもなく穏便に済ませられたのだから。初代はなおも興味深げにネロの頭を見つめている。今にも「試しに瓦割りしてくれ」と言いそうな雰囲気。
 突然だった。
「――へぶしっ!」
 過去のダンテが盛大なくしゃみをして勢いよくソファーから起き上がった。それから鼻を啜って両の二の腕を擦りながら「さっむ!なんだここ!」と叫ぶ。目覚めた途端のこの元気の良さにあっけに取られて、
「……テンションたけえ…」
「お早いお目覚めで」
 ネロと初代の台詞にダンテがくるりとこちらを向き、
「あ、さっきの岩頭!」
「誰が岩頭だゴラア!」
 岩頭じゃねーかと初代は心中で呟く。石よりも岩のほうが固い。ダンテは額をさすりながらわめく。
「いきなり不意打ちで頭突きとかヒキョーだろクッソ痛かったんだぞ!男ならもっと正々堂々と来い!」
 ネロはカップをテーブルにガンと置く、ミルクが零れる。
「あんたらが部屋ん中でドンパチしようとするからだろうが!止めろっつったのに聞かなかったんだから自業自得だ!」
「だってバージルが全然俺の話聞こうとしねえから!文句言うならあっちに――」
 そこでダンテはハッとし、
「バージルは?まだ居るのか?」
 初代が答える。
「ネロに脅されたからまだ居ると思うぜ」
 ダンテは意味が分からないという顔をしたが、その一言で急に花がしぼむように落ち着いて静かになる。俯いてむぅと口をへの字に曲げ、膝においた手に力がこもる。部屋には唐突に沈黙が降りた。そのテンションの下降っぷりにネロは違和感を覚える。
 ――『ダンテ』、なんだよな。
「…寒いんだろ?なんか飲みもん取ってくる」
 初代が自分のカップを置くとおもむろに立ち上がった。
「ちょ、初代?」
 このタイミングで何故席をたつのかわからなくて思わず見上げる。初代はネロに顔を寄せてささやく、
(若い奴同士なら話が合うだろ、頼んだぞ)
(な。だってこいつあんたの過去だろ!だったら)
(確かにこいつは俺だけど厳密には違うだろ。パラレルワールドなんだから。しかもバージルまで連れて来たんだぜ?こうなるともう俺達とは違うダンテだ。若いときのことなんて俺はあんま覚えてねぇし、だったらネロが話聞くほうが良いだろ?)



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