Devil, human, and brother.2




 夜なのにダイニングの中は真っ暗だった。ただ、唯一テーブルの真ん中で何本かローソクの火が灯っていて、あれがケーキに刺さっていることは何となくバージルとダンテも理解出来た。今日は誕生日なんだからそれくらい自分達にもわかる。しかし、
「母さん、どうして電気付けないの?」
 暗がりをエヴァに連れられ、テーブルの椅子に座らされながらダンテが聞く。
「ふふ。まだ内緒」
「どうして?」
 とバージル。しかしエヴァはそれに答えず、バージルも椅子に座らせると後ろに下がって暗闇の中から言った。
「さ、二人でローソクを消して」
「?」
 変な母さん。そう思いながらもバージルとダンテは気にしなかった。母が何か企んでいることは子供心にも理解していたし、何より、母はたまにこういう予測がつかない事をするのだ。いつのことか二人で川で泥だらけになるまで遊んでしまい、怒られると思いながらビクビクと家に帰ったら、母は目を丸くしてから笑顔で二人を抱きしめてよしよしと頭を撫でられた。自分の服が汚れるのも構わずに。
 バージルとダンテはお互いに頷いてから、思いっきり息を吸い込んで頬をパンパンにすると思いっきりフー!と吹き出した。
 火は一発で消えた。
 部屋の中は一気に真っ暗になった。この瞬間は何とも言えない高揚感があって、バージルもダンテも明かりが付けられるのを今か今かと待っている。一体何が待っているのか、母はどんな魔法を掛けたのだろうか。
 エヴァが背後で動く気配がして、
「バージル、ダンテ。誕生日おめでとう」
 そして、明かりのスイッチが押された。
 ポッとクリーム色の電球が灯り、ショートケーキの14号ホールと色とりどりのお菓子や手作りの料理がテーブルに溢れている光景が目の前に現れた。まるでクリスマスみたいだ。二人の目がワッと輝き思わず身を乗り出す。最初に目に付いたお菓子にダンテが手を伸ばす。
「僕チョコほしー!」
 駄目!とバージルがダンテの手首を掴む。
「チョコは僕のだよ!」
「最初に見つけたのは僕なんだから僕のだろ!」
「そんなのおかしいじゃんか!」
「こら、二人共やめなさい」
 後ろからエヴァが小さな肩に手を置いた。二人は同時に振り返り、
「だってバージルが」
「ダンテが」
「そんなこと言うなら誕生日プレゼントあげないわよ」
 バージルは押し黙り、ダンテはぶぅ、と膨れた。エヴァはしょうがないわねと言った感じに溜め息をつき、肩から手を離して「ちょっと待ってて」と言い残し、きびすを返すとダイニングから廊下に消えてしまった。だがしばらくしてもエヴァは戻って来ない。ちょっとにしては遅すぎる。まさか怒って出ていってしまったのだろうかと妄想が湧いたそのとき、エヴァが両手を後ろに隠しながら戻ってきた。
 二人の前で止まると、握りこぶしを作った両手を突きつける。
「さ。右手と左手、どちらか選んで」
 バージルとダンテは首を傾げた。
「選ぶの?」
「どっちかを?」
「そう、どっちかを選ぶの」
 母はたまにこういう予測がつかない事をする。
 しかし慣れっこだったので気にしない。二人はそれぞれ右と左に目を走らせ、ほぼ同時にこっち!と指差した。ダンテが右手を、バージルが左手を。
 それに頷くと、エヴァはゆっくりと握りこぶしを解いて手のひらの中のそれを見せた。
「――わ」
 光り輝いている。
 エヴァの右手には銀の、左手には金の鎖で繋がれたアミュレットが乗せてあった。ビー玉より大きい真っ赤な石が嵌め込まれていて、バージルとダンテをそれぞれ石の表面に映している。どちらも同じ形に同じ大きさ、まるで双子だ。
「きれー…」
「貴方たちの誕生日プレゼントよ。受け取って」
 エヴァは二人の首にアミュレットを掛けた。まだ幼い彼らには大きすぎて、へその辺りにまでアミュレットの鎖が伸びてしまっている。
「なんか、ぶかぶかだね」
 しげしげとバージルが呟くと、エヴァもそう思っていたのか苦笑する。
「そうね。本当はもう少し貴方たちが大きくなってから渡すつもりだったから」
「どうして?」
 エヴァは、すぐには答えなかった。
 その目が遠いところを映して、
「――スパーダ……お父さんが、『誕生日に渡せ』って手紙に書いててね」
「父さんが?」
 父が出てきたことに二人は驚いた。もう何年も昔のことのように思える。父スパーダはあるとき、二つの剣と刀をダンテとバージルに託すと、何も言わずに家を出て行ってしまったのだ。最初は仕事で遠くに出掛けただけかと思った。でも、何日も経つうちに母の雰囲気から何となく察して、漠然といなくなってしまったことを悟ったのだ。それからは、父の話題はあまり出てくることはなかった。
「バージル、ダンテ」
 エヴァが至極真面目な表情で二人に目線を合わせる。
「これはとっても大事な物なの。だから誰にも渡しちゃダメよ。見せたりするのはいいかもしれないけど、誰かに貸したり渡したりはしないで。そして絶対に無くさないこと。わかった?」
「…う、うん」
「わ、わかった」
 真剣な母の眼に気圧されて、バージルとダンテは半ば条件反射で頷いた。エヴァの瞳の中に悲壮が浮かび、そのまま二人を抱き締める。だが二秒ですぐに身体を離す。そのときにはもう、エヴァはいつもの笑顔になっていた。
「――さぁ、ご飯にしましょう。今日はいつもより腕によりを掛けて作ったの、たくさん食べてね」
 ……変な母さん。
 二人はそう思った、それはいつものことだったが、何だか別の意味で変だと感じる。敏感な子供だからこそわかる感覚だった。何でもないかのようにチキンにナイフを入れていく母の姿を、バージルとダンテは不思議そうに見つめる。
 そのとき、天井の電球が一瞬だけチカッと瞬いた。
「?」
 三人揃って上を見た直後、いきなり明かりがフッと落ちた。ダイニングだけではない、家の電気という電気が一斉に消えて一気に周りが闇に包まれる。ここは郊外に建てられた家だから、住宅街の明かりも窓から点々と見える程度でしかない。停電かしらとエヴァが闇の中で呟く、バージルとダンテも何とはなしに周りを見渡す。
 控え目なノック音が響いた。
「――、」
 玄関のドアを誰かが叩いている。電気業者が来たのだろうか、しかしいくら何でも早すぎだ。
「母さん、誰か来たよ」
 ダンテは母がいるだろう方向に声を掛ける。しかし、母が動く気配はない。
「…母さん?」
 そのとき、控え目だったノック音が突如として殴りつけるような音に変わった。
「っ!」
 バージルとダンテは揃ってびくりと肩を上げる。まるで扉をぶち破ろうとするかのような、物凄く強い力で叩く音が不規則に続く。得体の知れない怖さにダンテは闇の中で手探りにバージルの服の袖を掴んだ。
「…バージル、」
「…ダンテ、大丈夫だよ」
 掴む手をバージルの手が包む感触がする。その体温に少しホッとする。母は何故動かないのだろう、暗くて歩けないのかな。そう思いもう一度母の方を見上げたとき、窓の外で二つの赤い点が素早く横切った。
「…?」
 その点が『眼』だったことに、ダンテはついに気づかなかった。
 ノック音が突如として不自然なところで止む。
 続いて家の周りを何かが囲む気配。
 肌にぴりっとくる張り詰めたような空気。
 静まり返った室内で、誰かが息を飲む音がした。
 外から声が聞こえてくる。

 ア゛ー
 ギィー
 スパーダ
 ヴー
 スパーダノイエ
 ケケケケケケ
 グルルルル
 ヒヒ、ヒ、ヒ
 コロセ
 ア゛ー!
 ア゛ーーー!!
 ア゛アーーーーーーー!!!

 エヴァが囁いた。
「バージル、ダンテッ」
 前触れもなく片手を掴まれる。
「早く降りて」
「母さん?」
「早くっ」
 急かす声に二人は言い知れぬ物を感じ、手探りでもたもたと椅子から降りた。床に足が付く。その瞬間有無を言わさぬ力で引っ張られてつんのめった。
「うわっ」
「母さん!?」
 母は答えない。二人を引っ張りながら走り出す。真っ暗にも関わらず、まるで見えているかのように正確にダイニングを抜けて廊下に出る。バージルとダンテもようやく夜目が効いてきたのか、薄暗闇の視界に映る家の中がわかった。エヴァは首を左右に振り、ロングスカートをひるがえしてまた走る。大人と子供じゃ足のリーチに違いがありすぎて、二人は何とか転ばないように全力でついて行くのが精一杯だった。
 突き当たりの階段を駆け上がる途中で、一階から窓の割れる音がした。
 入ってきた、と思う。何かは分からない、が、確実に人間でないことは直感で確信していた。
 二階に着くと、エヴァは迷うことなく父の自室に飛び込んだ。部屋は父がいなくなってからも掃除は定期的にされていて、家具もそのままだった。二人の手を離すとエヴァは空っぽのクローゼットを開け、大きさを確認すると振り返る。
「入って」
 意味が分からない。
「早く入って!」
 背中を押され、半ば強引に二人は押し込められた。予期せぬ展開にバージルとダンテは何と言葉を発していいか分からず、そうこうしているうちにクローゼットの扉が閉められて鍵を掛けられてしまう。木のにおいが鼻孔をくすぐる。
「ここで待ってて、絶対に出ちゃ駄目よ」
 エヴァはそう言うと立ち上がり、スパーダの机に向かった。扉の隙間からその様子が見える。引き出しを開け、中から22口径のオートマチックの銃を取り出した。見覚えがあった。まだ父が家に居た頃、身を守る術として母に銃の扱い方を教えていた光景を見たことがある。そのとき使っていた護身用の銃だ。グリップの下からマガジンを出し、実弾が入っているのを確かめる。
 その横顔には、何か壮絶な決意が秘められていた。
 突然、一階から象が暴れ回っているような物凄い衝撃音がした。地響きがクローゼットの中からでも伝わってくる。壁に掛けられた額縁が斜めに傾ぐ。
 それから悪意を持った声なき声が、
 ――ニンゲンハドコダ
 ――サガセ
 ぞっとした。
 大変なことが起こっているのだと、遅まきながらも二人は悟った。
「――母さん! 待って!」
 換気用に隙間が空いたところを掴んでダンテが叫ぶ。エヴァは素早く振り返り、
「ダンテ、喋らないで。見つかってしまうわ」
「やだ!!」
「ダンテ…」
「母さん、さっきの変な声の奴らのところに行くんだろ? やっつけるんだろ?だったら俺も手伝う!ここから出してよ!」
 バージルも並んで叫ぶ。
「そうだよ! 僕達も一緒に戦う!」
 エヴァが泣きそうに眉を下げた。一旦俯き、すぐにキッと顔を上げる。ツカツカとクローゼットに近づき、鍵を外すと扉を開けて二人を見下ろし、
 そのまま二人一緒に抱き締められた。
「……母さん?」
 戸惑ってダンテが声を掛けると、
「有難う。バージル、ダンテ」
 身体を離して至近距離で二人の眼を見つめる。
「でも大丈夫、ここは母さんに任せて。ちょっと泥棒を追い払ってくるだけだから」
 嘘だと思った。明らかにわかった。泥棒があんな禍々しい気配を出すはずがない。
「やだ」
「…お願いダンテ、言うことを聞いて。私は母さんなんだから、貴方達を守らなくちゃ」
「やだ……」
 断固とした態度のダンテに母は伏し目がちになり、一旦眼を閉じた。
 そしてすぐ力強く開き、
「バージル」
 急に名前を呼ばれてバージルは瞬き一つ。
「何?」
「母さんと約束して」
「……約束?」
 ずい、と距離が迫る。
「貴方達は双子として産まれたときからいつも一緒に居たわ。でも、いつか離れなくちゃならない時が来るの。それがいつになるかは分からない。でも、その時が来るまでは、バージルがダンテを守ってね。貴方はお兄さんなんだから」
 エヴァの瞳がじっとバージルを見つめてくる。その瞳の中に含められた真意を、バージルは奇しくも正確に読み取ってしまった。
 ――ダンテをお願い。
 ――ここにいて。
 母の瞳には魔力があった。何者にも変えることの出来ない強固な意志だ。その意志が嫌というほど伝わってくる。
(……母さん)
 何があっても、母は行くのだろうと思った。
 自分達のために。
(……)
 バージルは、こくんと頷いた。
 頷くしかなかった。
「……うん、約束する」
 エヴァは、ホッと息をついた。
「……有難う」
「でも母さん、絶対戻ってきてね」
「えぇ。必ず」
「約束だよ」
 呆けているダンテを尻目に指切りげんまんをし、エヴァは慰めるようにバージルとダンテの頬にキスを送り、惜しむように手を引いて立ち上がる。
「静かにしててね」
 扉を閉めると、隙間から見える母の表情が一変した。まるで戦場に向かうジャンヌ・ダルクのようだった。母は毅然とした態度できびすを返し、一度もこちらを振り返らずに部屋から出て行ってしまう。ダンテも腰を上げようとしたが、バージルに肩を引かれて後ろに転んでしまった。
「バージル! なにすんだよ!」
「僕達が行っても駄目だよ。母さんの邪魔になっちゃう」
 急に態度を変えた兄にダンテは戸惑う。
「でも――!」
 まだ何か言おうとするダンテの頬を、バージルはバチンと両手で叩いた。
「僕だってやだよ!」
「――、」
 目を丸くしたダンテにバージルは鼻先がくっつくくらい身を寄せ、一気に捲し立てた。
「僕だって母さんのところに行きたい。でも僕達は母さんより力がないんだ。剣の修行だってまだ途中だし、それじゃあ母さんに迷惑がかかる。ここに隠れててって言ったのも僕達を守るためなんだ、そうしなきゃいけないからだ。わかるだろ? ――大丈夫だよ、母さんは約束を破ったことない、だから絶対戻ってくる。それまで待とう」
 実のところ、バージルはダンテにではなく自分に言い聞かせていた。子供心に不甲斐ないという思いが募って泣きそうだった。仕方ないと割りきろうとしていたが上手くいかなくて、言葉で無理やりにでも押し止めなくてはならなかった。自分達が大人だったら、いや、大人じゃなくても力があったら、母さんに守られる形になどならなかったのに。
 もっと力があったら良かったのに。
 父が出ていったときも、母が夜一人で涙を流しているのに気付いてもどう対処していいかわからなかった。心底情けないと思う、結局何も出来やしないのだ。
 だからせめて、せめて、母との約束だけは守らなくてはならない。
 それは力のない自分に託された使命だった。なら、全力でそれに答えなくてはならないのだ。何がなんでも、絶対に。
 ダンテの肩から力が抜けてストンと落ちる。バージルの必死の説得の裏にある思いを感じたのか、もう大声を上げようとする気はないようだった。変わりにぎゅうとバージルに力一杯抱きつく。ぐす、と首の辺りで鼻を啜る音がする。バージルもダンテの背中を抱きしめ返し、吹き込むように耳に囁く。
「大丈夫、ダンテは僕が守るから」
「………うん」
「母さんと約束したから。絶対守るから。ダンテは、『俺』が――」
 銃声が響く。人間ではない寄声が家中に木霊する。



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