Nero has come.3




 これは酷い、がネロの最初の感想だった。
 こいつは一体いつから掃除をしてなかったんだ。
 列車を降りて駅から歩くこと約三十分。聞いたことはあるが見たことは無かったスラム街は昼間のせいか思ったより静かだった。物乞いとホームレスと娼婦の溜まり場のイメージが強くて最初は柄にもなくドキドキしていたが、行ってみれば案外まともに見える。物珍しい眼を向けられるのは仕方なかったが思ったよりマシで良かったと思うほうが大きくて、今日がたまたま静かなだけだったことにネロは最後まで気づかなかった。
 先を行くダンテが振り返り見透かしたように、
「夜は一変するから気をつけろよ、チェリーボーイ」
 そして、ダンテの事務所はスラム街のさらに奥にあった。
 中々立派な建物だった。だが何回も壊されては立て直したようなちぐはぐな跡が壁のあちこちにある。扉の上に掛けられている看板には筆記体一歩手前の字体で「Devil May Cry」と書かれていて、夜はピンクのネオンに光るらしい。ストリップバーか。
 扉を開けて中に入る。
 そして冒頭の一言に至る。

「――だから言っただろう、ろくに掃除してないって」
 ダンテは背中のリベリオンを壁に立て掛けた。あんな馬鹿デカイ剣丸見えで何で駅員も誰も突っ込まなかったんだろうかと随分不思議に思っていたが、どうやら魔力で極力存在を薄くしていたらしい。便利だな。
「部屋は二階に六つくらいあるからどれか好きに使え。手前のは俺の部屋だ。ただしどの部屋もほとんど掃除はしてない」
「……あんたさあ、一人で住んでんのになんでそんなに部屋数あるんだよ」
「まともな物件がこの建物しかなくてな」
「……、取りあえず荷物置いてくる」
 ネロは荷物とレッドクイーンが入ったトランクを持って二階に上がった。階段にまでホコリがうっすら積もっている。本当に酷い。
 二階には確かに扉が六つ。なんとなく一番奥がいいと思い廊下を歩いて茶色に塗られた扉にたどり着く。
 開けた。
 予想通り、無惨な光景が広がっていた。
「……はあ」
 一応必要最低限の家具は揃っている。ネロは部屋の隅のホコリを足で払って荷物を置き、それから窓を全開にした。昼時を過ぎた太陽が中を照らし、ホコリ臭い空気が逃げていく。
 まずはこの部屋から綺麗にしなくてはならない。
 お掃除の時間の始まり始まりである。
 まずはベッドをチェックした。ヘタに触るとくしゃみが止まらなさそうだが仕方ない。幸いなことに染みもないし虫食いにもあっていなかった。クローゼットは閉まっていたのでそんなに汚くはなかったが、まだ入れるのには抵抗がある。
 オーケー、ピッカピカにしてやるよ。
 ネロは自分のコートを脱ぐと背中に回し、襟を丸めて裾を床に付けさせないようにすると腰の辺りで両袖を縛った。タンクトップのジャケットなのに何故か腕まくりをし気合いを入れる。よしまずは、
 雑巾とバケツ。
「ダンテ!」
 一階にドタドタ降りるとダンテはそこには居なかった。そこでやっとネロは一階をぐるりと見回す。事務用の黒い机とソファーとビリヤード台とドラムセット、年季の入ったジュークボックスに壁に掛けられた悪趣味な首だけ生物。水着の女のポスターがこちらを見ている。ここは入口から直に客が来る部屋でもあるから無駄に広い。
 これを全部綺麗にしなくてはならないのかと思うと気が遠くなった。
 が、居候の身はこっちである。このくらいはやらなくては割りに合わない。くじけそうになる心を抑えて、雑巾とバケツを探すためにネロは適当な扉を開けようと思った。多分バスルームにあるんじゃないだろうか、手始めに事務机の後ろにある扉を開けてみる。
 ダンテが目の前に立っていた。
「うおっ」
 しかも上半身裸だった。身体から湯気がもくもくと上がっているからここがバスルームなのは間違いない。ダンテはネロを見て少しびっくりしたのか眼を見開き、それから髪をガシガシ掻きながら、
「どうした?探し物か」
「……あ、雑巾とバケツを」
「それなら洗濯機の横にある。洗剤もそこにあるから好きに使ってくれ」
「どうも。通るか?」
「おう」
 扉の前にいたネロは横に移動してダンテに道を開けた。腹減ったなーと呟きながらダンテは雫をポタポタそこを通る。一体何をどうしたらあんな筋肉が付くのだろうかと羨ましさ半分憎さ半分で見て、
 雫をポタポタ、
「ちょっと待て」
 ガシッとネロはダンテの肩を掴んだ。濡れてる、髪からも水滴が雨の如く落ちて床に垂れている。
「あんた、いつも身体拭いてないのか?」
 ダンテが何とも言えない顔で振り返り、
「そうだが」
「拭け!ホコリが水吸うと取りにくいんだよ!」
「いや面倒だし、」
「バスタオルは!!」
「――、カゴの中」
 ネロは猛然とバスルームに飛び込み、カゴからバスタオルを引っ付かむとダンテのところに戻る。棒立ちのダンテに頭からタオルを被せると容赦ない手つきでガシガシガシガシ。
「てっめぇはいきなり余計な仕事増やしやがってこの……!」
「坊や痛い痛い落ち着いてくれ痛い禿げる」
「禿げろ」
 指の先でぐりぐり擦りながら適度に拭くとネロは手を離した。おーいてと頭をさするダンテに向かい、
「あとは自分で拭けよ、それから今度また濡れたまま出てきたら殺す」
 と念を押してネロはまたバスルームに向かった。
 もう体力を半分使ってしまった気がする。
 雑巾と青バケツと窓拭きクリーナーを持って二階の部屋に戻ると、ネロは初めに背の高いものから掃除し始めた。いきなり床からやり始めたら、いざベッドや棚を掃除したときにホコリがまた付いてしまう。
 乾拭き、水拭き、また乾拭きを繰り返して棚を終えると次はベッドである。シーツを一気にひっぺがして窓からホコリを叩き落とし、枕カバーと共に持って一階に降りる。バスルームの洗濯機に突っ込んで洗剤を入れてスイッチオンすると二階にとんぼ帰り。そのときに事務机の前を通るのだが、ダンテはそこに座って足を投げ出しエロ雑誌を読んでいた。あとで掃除手伝わせてやると心の中で誓っておく。
 他のクローゼットや小さな丸テーブルも拭くと、最後に床に取りかかる。
 一番大変だった。ホコリの量が半端ないし虫の死骸や蜘蛛の巣まであって掃除は困難を極めた。雑巾四枚を消費し、三回もバケツの水を入れ替えなくてはならなかった。
 二回目のバケツの水の入れ替えに一階に戻ると雑誌から顔を上げたダンテと眼が合う。
「なんだよ」
「……いや、面白いなあって思ってな」
「?」
「チョロチョロ動き回って小動物みてえ」
「ダンテ、あとでバスターの刑な」
 それから、三時間掛けて部屋は完全に綺麗になった。
 扉の前でネロは部屋を一瞥し、ふぅと額の汗を手の甲で拭う。我ながらいい感じにできたのではないだろうか、キリエに見せてやりたいくらいだ。
 窓を見るとすでに夕日が沈んでいた。
 今日はここまでだなとネロが思ったそのとき、一階からダンテが上がってきた。ネロの隣りから部屋を覗き込むと、
「おおー、見違えたな」
「だろ?」
「腹減っただろ、ピザでも頼むか」
「あぁ」
 デビルメイクライ居候一日目は、こうして一旦幕を閉じたのだった。



********



 二日目の朝になって、朝食を作ろうと思ったネロはすぐに昨日デリバリーピザを食べた自分を呪った。
「ダァァアンテェエエエイ!!」
 二階から眠たそうに降りてくるダンテをスナッチし容赦なく床に三回叩きつけた。突っ伏して動かなくなったダンテはしかし三秒もするとむくりと起き上がり、
「朝っぱらから元気だな」
「あぁありがとよクソ野郎!なんだこのキッチンは!?全っ然洗い物がそのままじゃねえか!」
 流し台は凄惨を極めていた。食べてそのままの食器や鍋がそのままでハエが大喜びしている。汚い鍋に張った水の表面にはカビが繁殖し、三角コーナーは生野菜の墓場と化して目も当てられない。おまけに物凄く臭かった。
「よくここまで放っておいたな馬鹿!尊敬するよアホ!」
「お褒めいただき光栄だな」
「一体どんな食生活してたんだ!」
「気分で作ったりしてたんだがな、後片付けが面倒で最近はほとんどピザだった」
 ネロは唸りながら額に手を当てた。ズボラにもほどがある。
「……とにかくここも掃除だ、おっさんも手伝えよ」
 ダンテはあからさまに嫌そうな顔をし、だがネロの眼が赤く光ったのを見て潔くホールドアップした。今ここで一戦したら事務所が無くなる。
「わかったよ坊や。俺は何をすればいい?」
「ゴム手袋とゴミを入れる袋が欲しいんだけど」
「……どこにあるかわからん」
「……。」
「あぁわかったよ、探して来るから魔人は出さないでくれ。閻魔刀も戻せ」
 ゴム手袋はバスルームで発見され、ゴミ袋は流し台の下から引きずり出された。ついでに使い捨てマスクも見つかったのでそれも付ける。
 二人は半ば掃除のおばさんルックに身を固め、流し台の清浄化に取りかかった。とにかく生野菜を捨てて蛇口から水を流す。ダンテはマスクの下で口をへの字にしながら三角コーナーの中身を捨てていく。
「鼻がもげるな」
「誰のせいだ」
 ハエがウザい。こびりついた汚れをたわしで落とすと綺麗な表面が出てくる。元々あまり使っていないらしいので食器自体は新しいのだ、なのにこの有り様は酷すぎる。
「なあ、虫除けスプレーとかねぇの?」
「それは無い」
「即答かよ」
 一時間掛かった。
 ようやく全ての洗い物を終えるとマスクとゴム手袋を外した。ダンテを外にゴミを捨てに行かせると、ネロはふむとキッチンを見回す。
 コの字型のキッチンはやはり広い。流し台がアレな状態だったのでわからなかったが、他の所は比較的綺麗だった。これならすぐ使えるだろう。
 よし、何か作るか。
 朝食には少し遅れてしまったがとにかく腹が減った。ネロは隅にあった黒い冷蔵庫をすぐに見つける。黒い冷蔵庫、なかなかカッコいい。
 真ん中の部分を開ける。ひやりと中の冷気が漏れる。
 ネロは、すぐに扉を閉めた。
 それと同時にダンテが戻ってきて、
「おーい。ゴミ出してき、」
 ドゴッ
「何も入ってねぇじゃねーかこのっ馬鹿野郎があっ!!」
 かかと落とし→スナッチ→ジャーマンスープレックス。



 買い出しを終えてようやく遅い朝食を食べれたときには正午を回っていた。
 驚異的な治癒力でダンテのたんこぶはすぐに収まるが、ネロの機嫌は収まらない。一階はまだ掃除が手付かずである、だからダイニング周りも非常に残念なことになっており、仕方なく朝食はキッチンで立ったまま食べることになった。
 ネロは流し台を背後にもたれながらフォークでぐりぐり目玉焼きの黄身をほじくる。もう信じられねぇこのおっさん、いい大人がこれでいいのか?俺は家政婦になるためにやって来たんじゃねえんだぞ悪魔を倒すためにキリエを置いて断腸の思いでここまで来たんだ「坊や」そりゃ確かに事務所の人手が足りないって名目なんだから家事も入るんだろうけどなダンテだって俺がそれだけのために来たんじゃないって分かってるはずだしあぁあもう何で二日目でこんな年末の大掃除みたいなことしてるんだまったくちょっとでも尊敬してた俺が馬鹿だったマジで馬鹿だったこうなったら一文無しの武者修行に行くほうが「坊や」まだマシだ畜生また腹立ってきたもうボイコットしてやろうかなそれで「ネロ」
「――、なんだよ」
 ダンテは床にあぐらを掻いてその上に皿を乗せている。焼いたソーセージをぶすりと刺し、
「昨日フォルトゥナで少し話した悪魔についてだが」
 ネロは驚いた。まさか自分の胸中を察してその話を振ったわけではあるまいが、タイミングが良すぎてびっくりした。ダンテは口をもぐもぐさせながら神妙な顔つきで、
「……今日の夜中辺り現れるかもしれん」


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