俺は内心かなり緊張していた。


広い海、広い空。
思えば二人きりで遠くまで来たものだ。

きっかけは何だったか、俺の冗談だったのではないか。
じりじりと照りつける真夏の太陽に、夏も半分以上が過ぎたであろうに全く収まる気配のない気温。
これらに堪えかねた俺は、ふと、なまえの前で言い放ったのだった。

「海にでも行きたいな」

…と。

全く冗談のつもりで言ったそれに、なまえは目を輝かせて食いついた。
すぐに笑って撤回するつもりだったのだが、彼女の純粋な眼差しと、俺の中で膨らんだ少しばかりの期待に、引くに引けなくなってしまい今に至る。


「クラウスさん!見て下さい!すごく大きな貝です!!」

「ああ…すごいな」


じゃーん、と俺の目の前に収穫物(?)をかざすなまえは、確かに子供っぽいところもある。
だが、そう思って油断していると、ふとした瞬間に大人の顔を見せるものだから厄介だ。
先ほどから、波と戯れる彼女に心を揺さぶられているのは、紛れもない事実だった。

今もほら、こうして…近くでまじまじと見つめられると、どう応えて良いかわからない。


「クラウスさんは海に入らないんですか?」

「いや、俺は…」

「行きましょう!ほら、はやく靴を脱いでください!」


ぐいぐいと腕を引っ張るなまえは、きっと俺のことを父親か何かだと思っているんだろう。
俺だけが意識しているのがなんだか悔しくて、何とも思っていない風を装ってみるのだが。
この後も上手く平静を装えるのか不安を抱きながら、なまえに腕を引かれ、キラキラ光る水飛沫の中へと足を泳がせた。





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私は内心かなり緊張していた。


広い海、広い空。
日光が降り注ぎ、風が吹き渡り、こんなにも開放的な場所のはずなのに、私の目にはクラウスさんしか映っていない。

海に行きたいと言われたとき、二人きりで思い出を作るチャンスだと思った私は、安易にクラウスさんの提案に乗ってしまった。
それがこうして実現したのだから、良かったと言えば良かったんだけど…。
いざ二人きりになってみると、どうしていいか分からなくて。
クラウスさんとの距離感の難しさに、改めて、自分の無計画さを思い知ったのだった。


結構前から、クラウスさんに恋をしている。

たまに垣間見える、私の知らない大人の世界。
この人について行けば大丈夫だと思わせてくれるような安心感。

彼のそういう魅力に惹かれて恋をしたけど、あれからたくさんのクラウスさんを見て、今では彼の全部が好きになってしまった。


…クラウスさんは、きっと私のことを妹か何かだと思ってるはずだ。

もちろん、恋愛対象として見られたいって気持ちはあるけど…。
今のこの距離を手放してまで、一歩を踏み出せるほどの勇気がなくて。
仕方ないから、今日も私はなにも知らない子供のふりをするのだ。


「行きましょう!ほら、はやく靴を脱いでください!」


クラウスさんの腕に触れる手のひらから、どうか私のドキドキが伝わりませんように。





[ END ]



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