「…波ってさ、見てて飽きないよね」

「…そうだな。」

「引いては寄せてって、それだけなのにね」

「……だな。」

「なんかさ…自分の考えてる事なんて、ものすごくちっぽけに思えてくるんだ」

「…そっか。」


さっきから相槌を打つばかりの俺だけど、これでも真剣に聞いている。
なまえが突然どこか遠いところに行きたいと言って俺を連れ出すのは、決まって何かしら悩みを抱えている時だ。大抵は牧場でのことだから、俺からアドバイス出来た試しはほとんど無いんだけど、俺が聞いてやる事で少しは気持ちが軽くなってくれてる様子だから、それならそれでいいと思ってる。
…さてと。今日はどんな悩みだ。何でもかかってこい。


「…あの、ね」

「……」

「その…」

「……」

「…なんて言ったらいいんだろう、えーと…」


様子を見守りながらすこし待ってみたけど、結局その先を続けることはなく、なまえは眉を寄せて黙りこんでしまった。
そんなに深刻な悩みなんだろうか。さっき堂々とかかってこいとか思ってしまった強気な自分に、少しばかり不安が陰ってきた。…って、俺まで不安になってどうする。
ゆっくり落ち着いて考えて、それでも駄目なら無理に打ち明けなくてもいいからと伝えると、それには頷いてくれたけど、相変わらず引いては寄せる波に視線を落としたままだった。


「……」

「……」

「…やっぱり、まとまらないや…ごめん。せっかく時間かけてこんな遠くまで来てくれたのに」

「いや、気にするなよ。俺たちの仲だろ?」

「…ん。そーだね。今から出かけようって言ってこんな所までついて来てくれる友達、レーガくらいかも!」

「はは、光栄です」

「ふふ、なにそれ」


やっと笑顔になってくれたなまえに少しほっとした。
…が、その安心も束の間、なまえは急に立ち上がると、俺と目を合わせることもなく身を翻して砂浜をさくさくと蹴って、足早に離れていく。なんだこれ。帰るにしたって変だ、なにか変なものでも食べたのか?
俺は急いで彼女を追いかけて、なんとか片手を掴んだ。


「…おいっ、本当にどうしたんだ?」

「……っ」

「…………えっ」


なまえは泣いていた。
仕事でもプライベートでも毎日のように付き合いのある彼女だけど、泣き顔を見るのは初めてだった。誰かに何かされたのか、とか、そんなに辛い悩みなのか、とか。聞きたい事は山ほどあるのに、そのどれも言葉にならない。


「……」

「……ごめっ、…」

「……いや、俺の方こそごめん、悩みが消えたわけでもないのに、無理に笑わせたりして」

「……」

「……」


繰り返される波の音も、今はただざわざわと、胸の内の不安をかき立てる材料にしかならなくて。
二人の間に流れる長い長い沈黙にごくりと唾を飲み込み、なにか声をかけないと、と思考を巡らせるが、こういう時に限って頭がからっぽになったみたいだと焦っていたら、


「すごく身近な人を好きになっちゃって、」

「あ、あぁ…うん」

「それって…その、レーガのことなんだけど、」

「うん」

「もし告白して駄目だったら、親友でいられなくなっちゃうのかなぁって思って、」

「…うん、」

「……」

「…………うん?」



…なまえが。俺のことを好きで。悩んでいると。



フリーズした頭に、待て待て、落ち着けと言い聞かせながら、ようやくなまえが何を伝えたかったのかを理解した俺は、反射的に彼女の手を引き、胸元に収めていた。
いや…びっくりした。このタイミングで告白とか。なんだかすごく、してやられた感じだ。


「…そういうことで、悩んでたんだな」

「あ、あの、レーガ…?っこれ、ちょっと恥ずかしいよ」

「…いいから。少し、このままで」

「……」

「……なんか、すげー悔しい。」

「……え?」

「俺も同じことを気にしてたけど、なまえの方がずっと真剣に悩んでたっていうのがさ」

「えっ、…え…?」

「無茶苦茶くやしい」


想いを込めて、腕の中のなまえをぎゅっと抱き締める。


「…悩ませた分、すっげー大事にしてやるから、カクゴしておけよ?」


顔は見えないけど、腕の中の彼女はこくこくと小さく何度も頷いている。
次第にもぞもぞと動き出した彼女を離してやると、涙混じりの笑顔なんて反則な表情をしているから、つい目を奪われていたら、「そういえばちゃんと言ってなかったよね」とか言い出すもんだからまたびっくりする。そんなの、俺もまだちゃんと言ってないじゃないか、


「「好きです」」


慌てて重ねた声はちょっと震えていて、二人して笑ってしまった。




[ END ]



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