「…うに丼のご飯、あるだろ?あれをただの白飯じゃなくて、混ぜご飯にすると美味しいんだぜ!」

「そっか、なるほど!混ぜご飯ね…!」

「って言っても、メインはあくまでも、うにだからなー。具はさりげなく、シソとか白ごまとかにしといた方がブナンだな!」

「さすがフリッツ…!聞いてるだけで、もう美味しそうだもん!」

「へへっ、そうかー?まぁな、天才なオレ様にかかればこのくらいはなー!!」


シソに白ごま…と。
フリッツのありがたいお話を聞きながら、私は熱心にメモを取っていた。

私がこの町に来てから、もう半年になる。
牧場の仕事を覚えて、ひととおり自分でこなせるようになってから、彼に教えを請う機会は少しずつ減っていた。
フリッツの家の机に、こうしてメモ用のノートを広げるのも、なんだか久しぶりで。
ここに来たばかりの頃に比べたら、ちょっとは成長できたのかな、なんてしみじみ感慨に耽ってしまう。

今日だって、聞きに来たのは仕事の話じゃなくて…。
むしろ、恋の相談と言うべきかもしれなかった。


「でも…あのレーガに料理をプレゼントって、かなりハードル高いよ…」

「まぁ、気持ちは分かるけどさ。でも、なまえから渡したら普通に喜ぶと思うんだよなー。」

「恋人でもないのに、そんな自信、ないんだけど…」

「でも、レーガ言ってたぜ。女の子の手料理とか、あんま食べたことないって。」

「…そうだとしても、わたし料理上手いわけじゃないよ?」

「そうか?食べたことないから分かんないけど…それだったら、一緒に練習しようぜ!!」

「えっ!本当に?冗談じゃなくて!?」

「もちろんだぜ♪ただし、キッチンはなまえの家のを借りるけどなっ!」

「えっと、ありがたいけど、本当にいいのかな…」


嬉しいような、彼にそこまでしてもらうのは申し訳ないような。
そんな事を考えたけど、当のフリッツを見れば、けらけらと屈託なく笑っていて。
本人が快く手伝ってくれるって言ってるのに、私が気にしすぎるのも悪いかなと思って、彼の提案に乗ることにした。


「…じゃあ、今回はお言葉に甘えようかな。よろしくお願いします。」


こくりと頷いた私を見て、「そうと決まれば、さっそく特訓だな!」なんて言って、私よりも先に飛び出していくフリッツの後を、ノートを閉じて慌てて追いかける。

まったく、本当にフリッツはいつも突拍子ないんだから。
まだお昼前なのに、牧場の仕事はいいのかな。
とりあえず材料は冷蔵庫にあるから、今すぐでも、出来ない事はないんだけど…。

後先を考えないというか、行動力があるというか。
まぁでも、たまにはこんな日があってもいいか、と考えて、私も陽の下に足を踏み出した。


「ちょっと、待ってよー!」

「だって、今日の昼ゴハンがうに丼だと思うとさ!居ても立ってもいられないぜ♪」

「…へぇ、うに丼か。いいな。」

「…っ!?」


脳内に刻まれた、柔らかで優しいテノールに、真っ先に心と身体が反応した。
ドキドキと目線を上げれば、間違いなく、そこには私の好きな人がいて。

うそ、なんでレーガがここに…!?


「ごめんな。好きな料理の名前が聞こえて、つい気になっちまった。」

「あ、えっと…。」


急なレーガの登場に、私の頭は完全にフリーズしてしまった。
こんな状況にも関わらず、心の方は通常通り、きゅんとときめいて。
顔に熱が集まるのを感じながら、私はただ棒立ちになっていた。

どうしよう、どう言ったら、レーガのための料理だってバレないかな…。
…うーんだめだ、何も言葉が浮かばない。

フリッツがなにか上手く言ってくれないかな、と、助けを求めてちらりと視線を送る。
彼の顔つきが、普段よりも精悍に見えて、少し期待した。
…けど。その期待は早々に裏切られる事になった。


「…あっ、なまえごめん。やっぱオレ、まだ仕事が終わってなかったんだ」

「えっ」

「どうするかなー…。あっそうだ、レーガ!なまえにうに丼の作り方、教えてやってくれよ!」

「ちょっ…フリッツ…!!?」

「なー、いいだろ?なまえが食べたいみたいでさ、オレが教えようと思ったけど、レーガの方が教えるのも上手そうだし、な?」


いやいや、なにを言い出すんですかあなたは。

私がうに丼を食べたいって事にしたのはナイスプレーだけど。
でも、レーガに料理を教えてもらうなんて…。想像しただけで、私の心臓が爆発しちゃうよ!


「…そっか、わかった。オレで良ければ一緒に作るよ。」

「…!」

「よかったな、なまえ!じゃあ、オレは忙しいからこの辺で!」


急な展開に困惑する私を差し置いて、トントン拍子で進んでいく話。
というか待って、フリッツ!いきなり二人にしないで!!
そんな私の願いもむなしく、彼は嵐のように、バビュン!とどこかへ去っていってしまった。


「……」


フリッツという嵐が去って、静かになって改めて思う。
どうしよう、二人きりだよ…。

突然、無人島に一人…ううん、二人取り残されたような心細さ。
普通なら二人いれば心細くないのかもしれないけど、相手が自分の想い人となれば、それは全く別の話だった。

フリッツが私のために気を回してくれたのは分かる、けど…。
この状況をどう扱ったらいいのか分からなくて、捕まえようにもあちこちへと逃げていく思考に、私はただただ途方に暮れた。


「まったく、急になんなんだ、あいつ…」

「…ほんと、急だよね…。」

「まぁ、気を取り直すか。うに丼、作るんだよな?」


その時の彼の言葉に、私はやっぱりやめておくと言って、断ることも出来たはずなんだけど。
期待の籠ったような目で、こちらに微笑みかけるレーガを見ていたら、まるで吸い込まれるみたいに、「うん」って頷いてしまったんだ。




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「ご飯を炊く時に、水に少し酒を混ぜておくと風味が違うんだ。」

「そうなんだ…!それは、どのくらい入れたらいいの?」

「米1合に対して、大さじ1杯ってところだな。」


はい、これ頼んだ。と言われて渡された、大さじのスプーンと日本酒の瓶。
手が触れてしまうんじゃないかと、ドキドキに押し潰されそうになりながら、必死に平常心を手繰り寄せて、料理に集中する。

こんなに緊張しながらの料理なんて、初めてだ。
普段、レシピ通りに料理をするくらいなら、人並みには出来ると思う、けど。
特別すぎるこの状況下で、失敗しないよう、私はいつもの何倍も慎重に作業を進めていた。


「…よし、米がセットできたら、次はうにだな。まずうには水洗いしないこと。洗う時は、塩水を使うんだ。」


レーガに教えてもらった通り、殻付きのうにをそっと塩水にくぐらせて、身を崩さないようにスプーンですくってざるに開けていく。
塩水を使うとは聞いたことがあったけど、こんなにたくさん塩を使うのだと初めて知った。
次々と与えられる、あたらしい知識に、彼と料理できて良かったと思う反面、どこかで失敗してしまうんじゃないかと、不安も大きくて。

こっそりと横を盗み見れば、うにの殻を剥くレーガの横顔は、とても穏やかだった。
こんなに近くで、料理をする彼の横顔を見るのは初めてだなぁとか、今わたしはプロの料理人に料理を教えてもらっているんだなぁ、とか。
彼の落ち着いた様子に反して、色々な意味でドキドキが加速するのを感じながら、私は一生懸命手を動かしていた、その最中。


「…誰かと一緒に料理するのって、いいな。」

「…?」

「いつも、一人で料理してるけど…こうやって、二人でキッチンに立つのも、なんか良いなって思ってさ。」

「そう、かな?」

「…ん。仕事でやってる時とは、全然違うんだ。隣に誰かがいるってだけでさ。」


レーガの言葉に、表情に、私の心が捕われていく。
別に、隣にいるのは私じゃなくても構わない。勘違いしちゃいけない。
そう思いたいのに、簡単にはそう思わせてくれないくらい、彼の瞳はただひたすら優しくて、嬉しそうで。
いい返事が思い付かずに、辛うじてはにかんだ私に、当たり前のように彼の微笑みが返ってくる。


…うわ、どうしよう。
私いま、絶対に顔が真っ赤だ。

そんな私の反応を見て、気持ちを悟られたのかもしれない。
レーガが顔を背けて、ちょっぴり、空気が緊迫するのを感じた。

うにの殻が剥かれる音が、小さく響く。
それよりも大きく、ばくばくと打ち付ける心音。

レーガの方をちらり、盗み見したはずが、彼も同じようにこちらを見ていて、目が合ってしまった。
慌てて目を逸らす。けど、そんな私を、レーガの声が追いかけた。


「…ごめん。やっぱ訂正。」

「…?」

「誰かじゃなくて、本当はなまえがいい。なまえと一緒に、料理したいんだ。」

「え…。」


引き戻されるようにしてレーガを見れば、彼の頬はほんのり紅色に染まっていて。


「…だからさ。良かったら…これからは、作りたい料理があったら、オレに相談してくれよ。」

「うん…。」

「サンキュ。味は保証するからさ。よろしくな。」


ありがとう、とか。
こちらこそよろしく、とか。
嬉しい、とか。

伝えたい言葉はたくさんあるのに、ドキドキが邪魔をして、上手く声に出せなくて。
とにかく何度も頷くことで、意思表示をすれば、彼はそんな私を見て微笑んでくれた。

相変わらず緊張は解れないけど、彼との距離は、少し近付いたように感じて。
今は精一杯でも、少しずつこの関係に慣れていけたらいいなと思ったら、ちょっぴり肩の力が抜けた気がした。


「…さーて。うにが出来たら、次はご飯に混ぜる具だな。なまえには、ごまを炒ってもらおうかな。」

「えっ、ごまってそのまま使うんじゃないの?」

「まぁそれでもいいんだけど、炒ると風味が増すんだ。」

「知らなかった…!」

「ただ、焦がしやすいし、やり過ぎると跳ねて危ないから気を付けてくれよ。」

「な、なんか難しそう…」

「なまえなら大丈夫だって。オレもちゃんと見てるからさ。」

「よろしくお願いします…!」


なかなか、平常心というわけにはいかないけど。
彼との距離にドキドキしたり、ちょっと失敗したり、ときめいたりしながら、しっかりとレーガへの想いを込めて作ったうに丼は、完成してみればかなりの出来で。

これまた初めての、二人きりで向かい合う食卓に緊張しながらも、彼が好物のうに丼を幸せそうに口に運ぶ様子を見ていたら。
また彼のために作りたいかもしれない、そんな気持ちが、じんわりと胸中に広がった。


温かな気持ちで彼の方を見ていたら、ふと、窓の外で何かが動いた気がして、目線がそちらに向いた。
窓枠の端に、隠し切れなかった赤茶色の髪がぴょこんと動くのを見つける。

…やっぱり、仕事してないじゃない。

心の中でそんな文句を呟きながら、まぁ今回も、彼に感謝しなくちゃなぁと苦笑した。






[ END ]




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メグゼリカさまからの、OPEN一ヶ月記念のリクエストの小説でした!
うに丼にまつわる甘いお話ということで、レーガと一緒に料理をする内容で書かせていただきました。
作中に料理をする描写があったり、今回は新しい挑戦をさせていただいたのですが…お気に召していただけますと、幸いです(>_<)
今まで出来なかった内容の執筆をさせていただいて、とても面白かったです^^
このたびは、素敵なリクエストをありがとうございました!


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