「…ナディってさ、完全になまえの尻に敷かれてるように見えるんだけど、実際そこの所はどうなんだ?」


今日は仕事が早く終わったから、たまには昼食を食いに、レストランにでも寄ってみるかと思えばこれだ。
カウンターに頬杖をつき、にんまりと口元に弧を描く店主…もとい、レーガが面倒くさい。
こいつ無視してもいいだろうか、と思ってそのまま放っておいたが、今日に限って他にも面倒くさいヤツラがいたわけで。


「おお!それ、俺も気になる!なんたって、あのなまえと付き合ってるんだもんな!」

「あのなまえって…フリッツ、さすがにそれは失礼なんじゃ…」

「いいんですよ、カミルさん。実際あなたにも、彼女がそう呼ばれる心当たりぐらいはあるでしょう?」

「うーん…まぁ、そうだとしてもさ…」

「…おいおい、話が逸れかけているぞ。…それでナディ、実際どうなんだ?」


そうだった、と言わんばかりに、5人の視線がいっせいにオレに集中する。
だいたい、なんで今日に限って全員集合してやがるんだ、このレストランは。
人の彼女に対してヒドイ言いようだし…ああもう、いっそ話が逸れたまま、ずっとくっちゃべっててくれれば良かったのに。


「…別に、いいダロ。」


ぼそりと呟いた。
これで終わりにしてくれと願うが、経験上、それはあり得ない話で。


「いえ、良くありませんね。」

「ああ、良くないな。」

「こういうのって、たまにはやり返した方が良いよな。」


…オイ、そこの悪い大人三人。特に最後のヤツ。
勘弁してくれ。仮にオレがなまえの尻に敷かれていたとしても、一泡吹かせたいとかは全然無いし、そもそも不満もない。
っていうか、仮にやり返したとしたら、さらに倍返しで返ってきそうで怖い。

とか考えてたら、フリッツが突拍子もないことを言い出しやがった。


「おー、いいじゃん!たまにはナディから、サプライズってやつだな!!」

「サプライズ、か…。まぁ確かに、ちょっとした悪戯くらいなら、むしろアクセントになって良いかも。」

(…オイ、コイツまで賛成しやがった!?ちょっと待て、考え直セ!!)

「…ということですが、どうですか?ナディさん。なまえの事ですから、押し倒しでもしたらきっと喜びますよ。」

「いいなそれ。面白そう。」

「ハァ!!?押し倒…ッ、何言ってんダ、オマエ…!!」

「…まぁ、面白いかどうかは置いておくにしろ、本当に喜びそうだからな。なまえなら。」

「下世話かもしれないけど、二人の関係も深まりそうだよね。」

「ッ…勘弁してクレ…!!」


結局、オレが昼飯を食い終わるまで、その話は続いて。
その…押し倒す、だの、仲が深まるだの。あれこれ聞かされて、オレの精神力は削りに削られてしまった。


(…そんな事でなまえが喜ぶとか…嘘ダロ……)


…けど。
ヤツラには聞かれなかったが、なまえと付き合っていながら、スキンシップが少ないのは、事実かもしれないと思っていた。
というか、手を繋ぐのも、抱き付くのも、いつもアイツからだ。
こんなオレと付き合ってて楽しいのか…。…ああもう、余計な話をするから、こんな事を考える羽目になったじゃないか。

昼飯を食べ終えて、空いた時間をどうしようか思案する。


(…たまには、オレからアイツの所に行ってみるカ…。)


何かに突き動かされるようにして、気付けばオレの足はなまえの牧場へと向かっていた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




(…で、ナンデこうなった…。)


誰もいない工房の小屋で。
オレは一人体育座りで、物陰に身を潜めていた。

なまえに会いに、牧場までやって来たのは良かったんだが…。
いざ彼女の姿を見た瞬間、急に気恥ずかしくなったオレは、彼女に見つからないように小屋の中へ隠れてしまったのだった。


(ッタク、隠れたってしょうがないダロ、なまえに会いに来たんだし…!)


出て行って、普通に挨拶すればいいじゃないか。
それで、もしチャンスがあれば、オレから手を繋いだり、抱き締めたりすればいいんだろ。
…そうだ、大丈夫だ。とにかくもう少し気持ちが落ち着いたら、ここを出て…


キィ…

「!!?」


なまえは来ないはず、と高を括っていた小屋の中に足音が響いて、肩が跳ねた。
きしきしと音を立てながら、木の床を踏み進んでいくのは、紛れもなく彼女だった。

なまえはオレに気付いていない。

…見つかったらどうしよう、とも思ったが、こんな所に人が隠れてるなんて、きっと思わないだろう。
並べられた樽と木箱の間に身を潜める。そうか、ここは、ワインを作る工房なのか。ふとそんな事を思った。

角度的に、なまえからオレの姿は見えない。
それをいいことに、オレは彼女が仕事をする後ろ姿を、樽の影から顔を覗かせてこっそり見つめていた。


(牧場の仕事って、こんな事までするのカ)


感心すると同時に、一生懸命な彼女が、どういうわけか愛しく見えてきて。
普段はオレに構って、調子に乗ってからかってくるようななまえだけど、真剣に仕事をしている彼女は…なんだか、すごくいじらしいかもしれない。

いわゆるギャップというやつに、胸が高鳴る。


(…やっぱオレ、なまえが好きダ)


そう思った時には、立ち上がって、物陰から出ていた。

足音を立てないように、こっそりと恋人の背中に近付いていく。
いきなり抱き付いたら、ビックリするだろうか。…イヤ、普通にビックリするだろうな。
緊張で、顔が強張る。ドクン、ドクンと心音が耳に響いてうるさい。
足元に細心の注意を払いながら、少しずつ、少しずつ彼女に近付いて…あと、数十センチというところで、オレは彼女に手を伸ばして、両手でしっかりと抱き寄せた。


「っ!!!??な、やだっ、何!!??」


決して明るくはない小屋で、急に抱き締められたなまえは、腕から逃れようと身を捩らせた。
もがく彼女を強い力で拘束しながら、オレは不思議な気分になっていた。


(なまえが驚いてるとか…珍しいナ)


抵抗してるつもりなんだろうが、オレに敵わない腕力。
焦ってパニックになる、腕の中の、か弱い女。

普段は感じることのない、優越感らしきものが、胸中に広がる。
不本意だが…アイツラの言ってた事が、なんとなく分かった気がした。


「嫌っ!!ちょっと、誰なの…!?」

「……」

「…やだっ、助けてナディ……っ!」

「!!」


自分の名前を呼ばれて、思わずびくりと腕の力が緩む。
今、オレの事を呼んだのか…?

なまえにとって、いざという時に頼る相手がオレだなんて。
信じられなくて、でもなんだか嬉しくて。ドキドキと高揚感が体を巡った。


緩んだ腕から抜け出したなまえが、バッとこちらを振り返って、目を見開いた。


「……ナディ!?」

「ああ。…悪いナ。」

「…っ、!!!」


だいぶ緩んでいたであろう、オレの顔を見て、彼女の顔は、みるみるうちにリンゴみたいに赤くなっていった。


「聞いた…?」

「聞いた…かもナ」

「っ…!ナディの馬鹿!馬鹿馬鹿!!なんでこんな所にいるのよっ!!」

「まぁ、たまたま…ってとこカ?」

「嘘でしょ!馬鹿っ!」


あれこれ喚いた挙げ句、じとーっとした眼差しで、こちらを疑わしげに凝視するなまえ。
こういう時、普段なら肩身が狭く、目を逸らしてしまうんだが…。
今日は不思議と、そんな気持ちにはならなくて。

むしろそんななまえも可愛く見えて、顔を綻ばせていると、彼女は相変わらず真っ赤な顔を「もうっ」と言って逸らした。


彼女の言いなりになるのも、別に文句はなかったけど…。
こんななまえが見れるなら、これからはオレがリードするのもいいかもしれない。

…と、油断していたら、いきなり服の裾を掴まれて。


「隙あり!」


キスを、された。

少しびっくりして、なまえを見れば、彼女は悪戯が成功した子供みたいに無邪気に笑っている。
…ったく、タダで済むと思うナ。


「ふふっ、仕返し成功〜!!」

「…ソッチがその気ナラ、」


今度はオレからなまえを抱き寄せて、キスをお見舞いする。

仕返しの仕返しダ、と言ってみせれば、魚みたいに口をパクパクとさせるなまえ。
やった、オレの勝ちだナ。


真っ赤な顔を隠すようにして、オレにぐいぐいと抱き付くなまえが可愛すぎて。
自然と微笑みながら、しばらく抱き締めていたら、彼女がまた何か言い出して。


「…ナディだって、自分でキスしておきながら、すごいドキドキしてるじゃない」

「…別に、なまえだって、鼓動早いダロ。」


咄嗟にそう言い返したものの。
その言葉がちょっぴり悔しかったから、オレは彼女の肩に手を掛けて、もう一度キスをしてやった。



[ END ]



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金魚さまからの、OPEN1ヶ月企画のリクエスト作品でした!
普段は一枚上手な夢主ちゃんに仕返しをするナディとのことで、リクエストいただいておりました。
一枚上手というか、ちょっとワガママで小悪魔な夢主ちゃんになってしまいましたが…いかがでしたでしょうか(>_<)
そして、書かせていただきながら、初々しく照れるばかりじゃないナディの新たな魅力を発見させていただいたりして、とても楽しませていただきました。
このたびは、素敵なリクエストをありがとうございました!


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