ある昼下がりの食卓。
私は、恋人のミステルが好物を口にする様子を、自分も食事をする動作をしながら、ちらちらと窺っていた。

彼の目の前には、私が思いを込めて作ったペンネアラビアータ。
流れるように、かつ丁寧なフォーク使いで、彼がそれを口元へ運んでいく。
もぐもぐと咀嚼し、やがて彼が喉を鳴らしたのを確認して、私はごくりと息を呑んだ。


「このペンネアラビアータ…。」

「……。」

「…僅かながら、すり下ろしたタマネギが入っていますね。残念、ナディさんの舌は誤摩化せても、このボクは誤摩化せませんよ。」

「…っ、なんで分かったの…!?」


味付けに絶対の自信を持っていた私は、それを打ち砕かれて、がくーっと肩を落とした。
他の調味料で念入りに誤摩化したつもりだったし、こんな僅かな量なら、絶対に気付かれないと思ってたのに…!
確かな観察眼を持っている彼は、どうやら味覚も本物みたいだ。

…というか今、ナディに対して、結構失礼なこと言ったよね?
いや、確かに彼もミステルと同じく野菜嫌いだけども!なにゆえ今ここでナディ!?

突拍子もなく、引き合いに出されたナディという名前に、むしろ私の方が誤摩化されていると、彼は淡々と続けた。


「…おおかた、ボクの野菜嫌いを少しずつ治そうとでも考えた、といった所でしょうか?」

「うっ…はい、その通りです…。」


混乱しているうちに、彼のための料理にタマネギを入れた理由までもズバリと当てられてしまい、素直に感服する。

…けれど、ミステルの野菜嫌いを少しでも治したい、その思いまでは諦めたくなかった。
彼に通用するかは分からないけど、とにかく説得を試みよう。
そう考えた私は、覚悟を決めて口を開いた。


「でもね…ペンネアラビアータと野菜の組み合わせって、結構合うと思うの。」

「……」

「ほら、ミートソースだって、お肉だけじゃなくて、タマネギとか、ニンジンとか…入ってるじゃない?」

「……」

「同じパスタだし、食感だって似てるわけだし…ね、…」

「……」


無表情で私の方を見るミステル。
意を決して、彼の説得を試みたまでは良かったけど、無言のプレッシャーが怖い。
あまりの怖さに、あっという間に、蚊の鳴くような声になってしまった。うう、情けない。

そんな私に、相変わらずミステルの視線は突き刺さっている。
彼と目を合わせても、何を考えているのかよく分からなくて、結局は自分の身が縮こまるだけだった。


「…貴女という人は、ペンネアラビアータとミートソースを一緒にするつもりですか?」

「え」

「そもそも、ペンネアラビアータとミートソースパスタとでは、味付けが大きく異なります。」

「…!」

「ペンネアラビアータの、アラビアータとは、唐辛子を効かせたトマトソースの事です。それに比べ、ミートソースはミート、つまり肉であって、挽肉がベースになっている訳です。ミートソースが挽肉の他にタマネギなどの香味野菜の微塵切りと合わせることで風味を出すものであるのに対し、アラビアータは唐辛子の辛味が特徴であるわけですから、他の野菜を入れる必要は一切無く、

「ごめんなさい!間違ってた!アラビアータとミートソースを一緒にした私が間違ってたから!!」

「……お分かりいただけた様で、何よりです。」


満足げに、フフッと笑うミステル。

うぅ…。いつもこうだ。
知識と口では、彼に勝てない。
別に勝ちたいわけじゃなくて、少しでもいいから理解してほしいだけなのに、難しいな。


…だめだ、考えてたら、なんだか悲しくなってきた。


もちろん、ミステルは知識が豊富で、話にも深みがあって、私はいつも彼の話にたくさんの新しいことを教えてもらっている。そんな彼を好きな気持ちは変わらない、だけど。
彼が私よりも何枚も上手だからこそ、今みたいに、彼との距離を感じてしまう時がある。それが、とても悲しくて。

ぽろりと、つい言うつもりのなかった言葉が零れてしまった。


「私も野菜を育ててるから、野菜をそういう風に扱われるのは悲しいんだけどな…。」


ああ駄目だ。これじゃ、拗ねた子供そのものじゃないか。
ほら、ミステルだって黙り込んでしまった。
私自身も、なんだか気まずくて顔が下を向いてしまう。
理解して欲しいにしても、もっと言い方ってものがあるはずなのに。それなのに私は。

自己嫌悪に苛まれて落ち込んでいると、ミステルが呟いた。


「…なるほど。確かにそうですね…」


聞こえてきた彼の言葉に、俯いていた顔が、反射的にぱっと上がった。
絶対に困ったような、迷惑そうな顔をしていると思っていたのに。
そこにあったのは、私の言葉に対して考え込む、ミステルの真剣な顔だった。


「えっと、ミステル…?」

「いえ。前々から考えていたんですよ。そう遠くない未来、なまえの夫となるわけですから。牧場主の夫が野菜が苦手では、良くないだろうと思いまして」


…えっ、いま、夫って言った!?
いやいや、それもびっくりだけど、まさかミステルの口から、野菜嫌いをどうにかしたいなんて言葉が出てくるなんて…!!


「…なんですか、その顔は。そんなに意外でしたか?」

「ううん、違うよ!ただちょっとびっくりしただけで…!!」

「そうですか。まぁ、夫に関しては来るべき時が来たら正式に言わせてもらいますから、カクゴしておいてくださいね。」

「は、はい…。」


なんだか照れくさくなってしまって、さっきとは別の意味で顔が俯く。
私との事、そんな風に考えてくれていたなんて。どうしよう、嬉しいかも。
先ほどの自己嫌悪はどこへやら、ドキドキと鼓動を高鳴らせていると、ミステルが再び口を開いた。


「それで、どのように克服するかですが…一応、ボクにも考えがありまして。」

「うん。」

「野菜を食べる度に、なまえがキスをして下さるというのなら、ボクも頑張れそうだと思ったのですが…。」

「うん…えぇっ!!?」

「フフ、驚きましたか?まったく、貴女という人は、本当に反応が可愛らしいですね。」

「でも、キ、キスって…。」

「キスですよ。今までも何度もしてきたでしょう?」

「そ、そうだけど…。」

「……駄目ですか?」

「…!」


眉を下げて、まるで捨てられた仔犬のように儚げな眼差しを向けてくるミステル。
うぅ…これが彼の策略なのは分かってる。だめだだめだ、騙されちゃいけない。
でも、だけど…っ!!こんなに切ない表情をされたら、誰だって彼の言うこと聞いてあげたくなっちゃうよね…!?


「……っ!」

「……?」

「……駄目じゃない、です」

「そうですか、良かった。」


私の返事に、にっこりと笑顔になるミステル。
ああ、負けてしまった。でも、彼のあの表情は反則だと思う。


「では、今日からボクは野菜を克服できるよう努力することにします。ただ…ニンジンだけは、例外でお願いしますね?」

「うん…わかった。私も、ミステルに美味しく食べてもらえるように、野菜づくりとか、料理とか、がんばってみるね。」

「…!ありがとうございます。」

「あと、それから…。」

「?」

「今日は、何も言わずに勝手にタマネギ混ぜちゃって、ごめんなさい。」

「フフッ…まったく、貴女には敵いませんね。」


ミステルが、優しく微笑む。
よかった。一時はどうなる事かと思ったけど、丸く収まったみたい。
彼が野菜嫌いを治す努力をしてくれる。そう思うと素直に嬉しくて、私も笑顔になった。

彼と少し見つめ合ったあと。ミステルは手の中のフォークを握り直すと、改めて姿勢を正して、言った。


「…では、早速このペンネアラビアータを完食してみせましょう。」

「うん、がんばってね。」

「全部食べられたら、キスですからね?」

「あはは……がんばってね…。」


ご褒美に燃えるミステルが、普段よりも子供っぽく見えたのは、内緒にしておこう。



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「ごちそうさまでした。さぁ、今日もキスの時間ですよ」

「…ミステルって絶対、ちょっと野菜が苦手なだけで、前から食べようと思えば食べれたよね!?」

「さぁ、どうでしょう?まぁ、苦手とは言いましたが、食べられないとは言っていませんからね。」

「…嵌められた!」


[ END ]






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棗さまからの、OPEN一ヶ月記念のリクエストでした!
ミステルの野菜嫌いを治そうとするギャグ甘夢ということで、素敵な設定でとても楽しく執筆させていただきました^^
ギャグと甘のバランスを考えていたら、やや大人しくなってしまった感じもありますが、如何でしょうか…!
どうか、少しでもお気に召していただけたら嬉しいです…!
何はともあれ、この度はリクエストありがとうございました!




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