「おっ、ミステル!きぐうだな!」
「ええ。…あなたも相変わらず元気そうで。」
「おー、オレ様はいつでも元気だぜ♪」
「……」
「…どうしたんだ?そんなにオレの手元を見つめて…あっ、もしかしてこれが気になるのか?」
「別に興味はありませんが…なぜ魚を持ち歩いているんです?」
「よくぞ聞いてくれました!実はな、さっきそこで釣り上げたばっかりなんだっ!…そうだ!そんなに欲しいならやるよ、これ♪」
「ボクは欲しいなんて一言も言っていませんが」
「まぁまぁ、ガマンは体に良くないって言うだろ?ほら、エンリョせず!!」
「ちょっと、人の話を…って、勝手に押し付けないでください!ま、待ちなさい!!」
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…ということがありまして。
ただ散歩をしていただけなのに、何故かフリッツから魚を受け取る羽目になってしまったのですが。
正直、ボクは魚がキライなんです。
料理に使おうかとも考えましたが、触るのも嫌ですし。
本当に、どうしてあの人はああも話が通じないんでしょうね。
まるでお祭りの屋台ですくった金魚のように、水の入った袋の中を泳いでいる魚。
どうやら先ほど釣り上げたばかりという話は本当らしく、生命力に溢れたそれが、袋の中でぱくぱくとエラ呼吸しているのが見えます。ああもう、気持ち悪い。
いっそこのまま放流してしまおうかと思いかけて、ふと恋人であるなまえの顔が浮かびました。
彼女は釣りもしますし、その魚を料理に使っているのを見たこともあります。
だから…もしかしたら、これを渡したら喜んでくれるかもしれませんね。
有効な活用法が浮かんだので、ボクは早速彼女に会いに、牧場へ行くことにしました。
あそこまで行くのは大変ではありますが…彼女の喜ぶ姿が見られるというのなら、多少の苦労は厭いません。
善は急げです。…まぁ、ボクが一刻も早くこの生き物を手放したいというのもありますが。
そうして山道を歩いていると、反対側からリコリスさんが降りてくるのが見えたので、ボクは軽く挨拶をしました。
「こんにちは。」
「ああ、こんにち……っ!!?」
「?」
一体どうしたというのでしょう。
挨拶をしただけだというのに、リコリスさんは戦闘体勢でも取るかのように身構えてしまいました。
大きく見開かれた目は、ボクの手元の魚に注がれて…。ああ、なるほど、そういう事ですか。
ボク自身も魚はあまり得意な方ではないのですが、彼女はどうやらボク以上に魚がキライなようです。
実を言うと、リコリスさんとはあまり面識は無いのですが、悪戯心をくすぐられたボクは、もう少し彼女の反応を楽しんでみることにしました。
まずは手始めに…彼女の目の前で魚の入った袋を揺らしてみます。
「……おまっっ、何を…!?やめろっそれを近付けるな!!お前、そんな奴だったのか!!」
(これは面白い…)
「ちょっ、人の話を聞け!?嫌だって言っているじゃないか…!!う、うわっ!!とにかく早くそれをどこかへやってくれっ!!」
普段は冷静で落ち着いた方だと記憶していましたが…彼女にこんな一面があるとは知りませんでした。
これは、調子に乗らざるを得ないでしょう。ボクは、魚の入った袋をぐいぐいとリコリスさんの方へ押し付けてみました。
「なっ…!ホントに!ホントにやめてくれっ!お願いします!!ああもうイヤだーー!!!」
…と、ちょうどそのタイミングで。
山の上からこちらへ降りてくるなまえの姿が目に入りました。
リコリスさんを弄るのもなかなか面白かったのですが、やはりボクにとっては、可愛い恋人が最優先ですので。今日はこの辺にしておくとしましょう。
呆然としているリコリスさんに、ボクは何事も無かったかのように、にっこりと会釈をして歩き出しました。
(さて、この魚。なまえに喜んでいただけたら良いのですが。)
…しかし、改めて見てみると、先ほどまでこちらに向かってきていたはずのなまえが、牧場の方へ引き返していくではないですか。
ぱたぱたと小走りで遠ざかる彼女の姿を、ボクは不思議に思いながら追いかけました。
彼女からも、ボクの姿は見えていたと思うのですが。一体どうしたのでしょうか。
様々な憶測をしながら追いかけて、牧場まで辿り着いたところで、彼女がこちらを振り返りました。
「……!」
ボクの姿を認識してもなお、こちらへ来るどころか、あからさまに逃げるなまえ。
そんな反応をされては、追いかけて問い詰めるしかないでしょう。
少々の加虐心に火を付けられたボクは、彼女が逃げ込んだ家の中へ上がり込みました。
すると、逃げる事はやめたものの、彼女は気まずそうに目を逸らしてしまいました。
恋人であるボクに対して、そんな態度は許しませんよ。
「どうして逃げるんです?」
「ごめんなさい…。でも…。」
「?」
「ミステルが、すごく楽しそうだったから…。」
「もしかして…先ほどの、リコリスさんとのことですか?」
こくり、なまえは頷きました。
なんだ…ヤキモチですか。しかし、そんな理由で逃げるなんて。まったく、可愛い人ですね。
恥じらう彼女の様子に、沸きかけた怒りはすっかりと消え去り、ボクは魚を袋ごとキッチンに置いてしまうと、彼女を抱き締めました。
「…!」
「あの程度で、不安になってしまうのですか?」
「う…ごめんなさい。」
「いえ、ボクの方こそすみませんでした。今後、気を付けますよ。」
「…ありがとう。」
「その顔…。まだ、機嫌が戻っていませんね。」
「そ、そんなことは…」
「ありますよね。仕方ありません、キスをしましょう。」
「え!!」
戸惑いながらも、期待を隠しきれないなまえが可愛すぎて。
ボクはゆっくりと彼女に口付けました。
キスをしている間、ちらりと表情を窺えば、なんだかとても嬉しそうにしているものですから。
素直で従順な彼女があまりにも可愛くて、ボクの心がときめきで満たされました。
「…このボクが、貴女以外を考えられるとでも?」
「うぅ…面倒な女で、ごめんね…。」
「いえ、そんななまえもなかなか可愛かったですよ。」
「…ヤキモチ、妬かせないでね?」
「フフ、善処します」
こんなに可愛いなまえが見られるとは。たまにはフリッツにも感謝しなければなりませんね。
そんな事を思いながら、ボクはもう一度彼女を抱き寄せて、しばらくのあいだ、二人の甘い時間を堪能しました。
[ END ]
「聞いてくれ、カミル!この町には悪魔がいる!」
「…えっ、悪魔!?」
「そうだ。あろうことか、私に魚を押し付けてくる…」
「…。」(誰の事だろう…)
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