ぎらぎらと照りつけた太陽が、地平線に沈み込むこの時分。辺りは刻一刻と、色を変えていた。
ついさきほどまでオレンジ色だった町は、燃えるようなバラ色を経て、紺色の闇に染まりつつある。


(ーーもう、こんな時間か…)


貿易ステーションからレストランへの通り路。
夕闇に影を落としたレーガの横顔は仄暗い。まだ微かに希望を宿した瞳は、燈火のようにゆらりと揺れて、レンガ造りの階段を見上げた。
その階段を上った先に、彼女の姿があったらいいのに、と。想像をするだけしてみた彼の思いは切実だ。
朝からずっと、休日をつぶして彼女を探していた。


なまえを…今度の花火大会に、誘いたいと思っていた。


なまえのことだから、もう誰かと行く約束をしているかもしれない。
平日も祭日も関係なく、仕事の忙しい彼女のことだから、当日も休めないのかもしれない。

…それでも、彼女に特定の相手がいるなんて話は聞いたことが無かったし、町の行事にもよく顔を出すのを知っていたから。駄目元だと分かっていても、声を掛けたかった。
けれど、そもそも彼女に会えないんじゃあ、どうしようもない。


(せめて、今日会う約束くらいはしておけば良かったな…)


日は落ちたとはいえ、日中あれだけ眩しく照りつけた太陽の熱はそう簡単には解けなくて。
町のそこかしこに、未だ、熱がちりちりと燻っている気がする。
望みは薄いと分かっていながらも、捨てきれない期待を胸に階段を上りはじめた、その時だった。

目線の先に、ずっと求めていた人影が揺れた。ざわめきが胸を駆け抜けた。


暗くて顔もよく見えないけど、オレには分かる。あの背格好は絶対ーー


「…あっ、レーガ。こんにちは。……こんばんは、かな?」

「…なまえ。」


鈴を転がすような声が聞こえて、微かな安堵が胸に広がった。と同時に、上からどくどくと緊張が注ぎ込まれて、胸を圧迫してきた。なんだこれ。
そういえば、いつからか会うことばかりを考えていて、その後どうやって気持ちを伝えるかを、すっかり考えていなかった。

少し、考える時間が欲しい。…けど、ぱたぱたと軽快に階段を降りて来るなまえは、オレの事情なんて知らないんだから、当然立ち止まって待ってくれるはずもない。
普段と同じように、軽く挨拶をしてすれ違おうとする彼女を見て、オレは慌てて行く手に立って、声を絞り出した。


「なまえ…今、ちょっとだけ時間あるか?」

「うん、大丈夫だよ。」

「えっと…あの、さ。」

「……?」

「もうすぐ、花火大会だよな」


ちらり、彼女を見遣る。
オレが立つ階段の、三段上で足を止めたなまえの表情は、夕闇でよく見えない上に、段差のせいか普段と違った雰囲気を纏っているような気がして。非日常なこの状況に、ぐるぐると緊張が体を巡る。
体のあちこちで渦巻く波に呑み込まれないよう、闇に染まって不安定な足場を、ぐっと踏みしめた。


「花火、すげー綺麗らしいからさ…。オレ、見に行きたいなって思ってて。」

「……」

「なまえはその日、予定あるか?…なかったら、一緒に行きたいんだけど…」

「……」

「……」


伝えたい事は伝えた。役目を終えた咽喉に、まるで蓋がされたかのように、これ以上は声が出せそうになかった。
なまえは黙っている。時間の流れが、いやにゆっくりに感じた。

日は落ちたというのに、まだ蝉の鳴き声がする。
切なげなその声はすごく遠くから聞こえた気がしたけれど、やがてじわじわと沁みるように心を刺激した。
駄目で元々なんだ。そう自分に言い聞かせて、彼女の返事をひたすら待つ。



「私、で…よかったら」

「……」

「行きたい、な。一緒に。」



小さく紡がれたなまえの声に、一瞬、頭も身体もフリーズした。

ぎゅっと窮屈な締め付けを撥ね除けて、どくん、どくんと心臓が鼓動している。
次第にそれは大きな波になって、体中に燃え上がるような熱を運んだ。
熱い。気分が高揚している。だって仕方ないだろ、こんな状況で落ち着けって言われても、絶対無理に決まってる。


「サンキュ…じゃあ、当日の夕方、迎えに行くから。」

「ありがとう。楽しみにしてるね。」

「オレも。それじゃあ、また…!」


最低限を伝えて、足早に階段を駆け上がる。でないと、余計な事を言ってしまいそうだった。
一番上まで上りきって、先ほどまでオレが居た場所を振り返れば、なまえはまだそこに佇んで、こちらを見上げていた。

彼女と目が合って、オレはまた謎めいた高揚感に襲われた。慌てて目で挨拶をして、急いでその場から立ち去る。
その後はよく覚えていない。これまで何度となく通った帰り道を、何も考えずに本能のまま辿って、レストランに帰り着いた。
暗さで不確かな手元をものともせず、慣れた手つきでガチャリと鍵を開けて、室内に滑り込む。


ようやく自分の空間に戻ってきたオレは、暗い室内で、息をひとつ吐いた。


…まだ、ドキドキしている。
胸に手を当て、宙を仰いで深い呼吸を繰り返すも、その鼓動が鎮まる気配は全くない。それどころか、胸に抱えたドキドキは膨れ上がるばかりだった。

(だって、なまえがOKしてくれたんだ、こんなの、嬉しすぎて…)


「……っしゃ!!!」


体中に広がる充足感は、ぐっと拳を握り、身を縮めるとひときわ大きく駆け巡った。
あー、だめだ、にやける。だけどもう、それを抑えようとも思わない。
あくまで本番は花火大会当日で、今日なんてまだ、約束を取り付けただけなのに。
先ほどの出来事を思い出しては身悶えして。オレはしばらくそうして幸せの余韻を味わっていた。






[ END ]






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