「ハァ……」

「………」

「……ハァーッ……」


昼下がり、静かなBGMが流れる落ち着いた店内に、盛大なため息が広がる。
カウンター越しの近距離に座っているにも関わらず、今までこちらには見向きもせずに本を読んでいたミステルが、眉を寄せてものすごく面倒臭そうに私を見上げた。


「……何なんですか、さっきから。突っ込んでくれとでも言わんばかりにため息ばかり…」

「そうなの、ちょっと悩みがあって。」

「またですか。…仕方ないですね、このまま目の前でハァハァ言われても気が散りますし。手短にお願いしますよ。」

「やった!さすがミステル優しいね!!」

「で、今日は何ですか。」

「あのね…カミルと私って、付き合ってそろそろ半年になるじゃない?でもね…未だに、手を繋いだ事がなくって…」

「はぁ、そういう話ですか。」

「うん。どうしたら手を繋いだり…こう、スキンシップできるかなって。カミル、そういう事には奥手みたいだし。」

「確かに彼は、そういった事には消極的なタイプに見えますね。…それにしても、半年経って手も繋いでいないとは……」


自分だったら考えられない、とでも言いたげな表情を一瞬見せるも、視線を落として思索するミステル。
顎に手を当ててしばらくじっと考え込んでいたが、やがて閃いたのか、彼はそっと口を開いた。


「…良い案が浮かびました」

「えっ、この短時間で!すごい、やっぱり相談して良かった!!」

「それは何よりです。…さて、その方法ですが、まず貴方が猫耳カチューシャを付けます」

「うんうん……はっ!?」


…聞き間違いかな?
今、猫耳カチューシャとか聞こえたけど。


「猫耳です。彼が猫好きなのはもちろん貴方も知っているでしょう。」

「それはそうだけど…」

「まず、一番手近な手段といえばやはり視覚に訴えることでしょうね。可愛い彼女がふわふわの猫耳を付けているのを目にすれば、間違いなく撫でたくなります。」

「そういうもの…なの、かな?」

「ええ。まぁ彼の場合、最初は撫でるのに抵抗があるかもしれませんが、自然に距離を縮めれば、少しずつスキンシップに慣れていけるでしょう。」

「…なるほど」

「軽めのスキンシップを繰り返すうち、やがて触れ合うのが自然になってくる。そうすれば、おのずと手も繋げるようになりますよ。」

「おお、そっか!」

「やはり、何のきっかけもなしに手を繋ごうとなると、少なからず緊張してしまうものですからね。特に彼の場合は、自然に慣れていくのが一番いいと思います。」

「確かにそうだね。わかった、やってみる…けど」

「……?」

「猫耳カチューシャなんて、持ってなくて……」

「…ああ、そうでしたか。ご心配なく。当店で取り扱いがありますから。」


まるで料理番組のように、サッと実物が出てくる。
わあ、すごい。ふわふわだ…!


「白と黒、二色ありますが…貴方に似合うのも、彼の好みも、恐らく白でしょうね。」

「うんうん!」

「ふわふわの手触りを実現するために素材にもこだわっていますし、多少の衝撃では形が崩れたり壊れたりしない丈夫な作りですから、必ずご満足いただけるでしょう。」

「いいねいいね!……して、お値段は…?」

「今ならブルーミニハットとゴーグルも付いたお得なセットで、5000Gになります」

「よし、買った!!」


チーン、とレジの音が鳴る。

買ったものを簡単に包んでもらい、ミステルにお礼を述べて、ルンルン気分でアンティークショップを後にした。よし、早速これを付けてカミルに会いに行こう。
これで手を繋ごう作戦の成功は保証されたも同然。成功を確信した私は、ミステルに体よく厄介払いされたとは全く気付かず、スキップしながらカミルのいる宿屋へと向かったのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




(…よし。曲がってないよね。毛足もちゃんと整ってるし…いざ!)


モーリスさんに挨拶をし、二階の廊下で猫耳を装着した私は、コンコンッ、とカミルの部屋の扉を軽くノックしてみた。
すると、すこし間を置いて、開いた扉の隙間からカミルが顔を覗かせた。


「あっ、なまえ、いらっしゃい……って、ちょっ、それ…!?」

「こ、こんにちは。猫耳、付けてみました。」

「〜っ……と、とりあえず、早く入って!」


引き込まれるように部屋に通される。
広い部屋の中ほどまでやって来たところで、突然カミルが私の目の前で腰を降ろした。かと思うと、彼はなぜか脚をたたんで正座をした。
頭の上に?マークを浮かべながらも、私だけが平然と突っ立っているのも何だか申し訳なく、カミルと向かい合う形で正座をする。
こうして、何故か正座をして向かい合うカップル、片や猫耳カチューシャという、奇妙な光景が出来上がったわけだけど、一体カミルがこの次に何を言い出すのか見当も付かず、困惑する。…この空気にそぐわない気がするし、このカチューシャ、一旦外したほうが良いだろうか。

よし、そうしようと思って頭のカチューシャを手で掴む。
しかし、そのまま取り外そうとした手は、カミルの「待って!」という一声によって遮られた。


「嫌だったらちゃんと言ってほしいんだけど…」

「……?」

「その猫耳、触らせてくれないか…!!」


その瞬間、リーンゴーンと祝福の鐘の音が頭の中で鳴り響いた。
やったよ!さすがミステルすごいよ!!


「い、いいよ、もちろん…!!」

「ありがとう。じゃあ、ちょっと失礼するね…」


正座を崩して、カミルが私の頭に手を伸ばす。
…なんだこれ。実際に撫でられてみたら、恥ずかしすぎて、顔から火が出そうだ。
脚が辛くなってきたので、こちらも正座を崩したら、余計に距離が近くなったように感じて…いつもは口を滑るように出てくる言葉も、喉がつかえたみたいに出てこない。


「…すごい。ふわふわ……」

「……」

「…大人しくなった。可愛い……」

「……!」


猫にそうするみたいに、カミルの手は頭のてっぺんから降りてきて私の頬を撫でた。
ちょっと、さすがにこれは…!恥ずか死ぬ…!!

たぶん今、私の顔は真っ赤だ。気恥ずかしさから正面を向いていられず、軽く俯いても、そろそろと頬を撫でる手が止まることはなかった。


「…なまえ、ドキドキしてる…よね…?」

「…う、うん、すごく…」

「ボクも、なんだ。…でも、ずっと、こうやってなまえに触れたいと思ってた…」

「……ほ、ほんとうに?」

「もちろんだよ。だけど…ボクは、勇気がなかったから…」

「……」

「その…今日が、キッカケになって良かったと思ってるんだ。」


そっ、か…カミルも、そういう風に考えていてくれたんだ。

嬉しさと恥ずかしさで、じんわりと胸が温かくなる。
ドキドキするけど、優しく頬を撫でる彼の手が心地いい、もっと撫でてほしい。
本物の猫みたいにじゃれついたりは…さすがにできないけど、この時間がもうしばらく続いてくれたらいいなって、思った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「…あれ、寝ちゃったのか」


頬を撫でているうち、うとうとと眠たそうに瞼を擦ったなまえに膝枕をしてあげたら、彼女はいつの間にか眠ってしまった。
そっと前髪を掬い上げてみても、起きる気配はない。なんか…本物の猫みたいだなぁ。
すぅすぅと寝息を立てるなまえに付いたカチューシャを優しくなぞりながら、カミルは思った。

…この猫耳、家を出る時から付けてたのかな。正直、町のみんなには見せたくないな…。

なまえが起きたら、ボクがこの猫耳を預かれないか聞いてみようか。
そんな事を考えていた矢先、コンコンッと部屋にノックの音が響き渡った。


「カミル、いるか?」

「…!!?」

「…あ、開いてる。入るぞ、……………」


いつもの調子で部屋に入ってきたリコリスと、ばっちり目が合う。
そして、次第にその眼差しは蔑みのものに変わっていった。…頼むから、そんな目で見ないでくれ。


「…悪かった。邪魔をした。」

「っ違うんだこれは!いや違わないけど!ちょっと待ってくれリコリス!!」


…パタン。

伸ばした手もむなしく、彼女は去った。
弁明しに走ろうかとも思ったけど、穏やかに眠っているなまえを置いて行くわけにもいかず。それからしばらくの間、カミルはリコリスに一定の距離を置かれたのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねぇカミル、なんか私、最近リコリスにすごく見られてる気がするんだけど、何か知らない?」

「……………ごめん、知らない。」





[ END ]



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