カチ、コチ、カチ、コチ。時計の針の音が、いやに頭に響く。
延々と流れ込んでくるその音は止まることを知らない。なまえは先ほどからずっとタオルケットに包まって、それを聞いていた。
目を閉じて、眠ろう、眠ろうと思えば思うほど、逆に冴えてくる目。早く寝なくちゃと焦りを感じれば、余計に眠れなくなる。悪循環だった。


(…無理だ、一旦起きよう)


こういう時は、いっそ気分転換をした方が自分は寝付けるのだと、なまえは知っていた。
読書をしたり、温かい牛乳を飲んだり。今日は星が綺麗だから、夜風に当たってみるのもいいかな。


側に置いてあったパーカーを羽織り、キィ、と音を立ててドアを開けば、思った通り。昼間のうだるような暑さはすっかりほどけて、なめらかで心地よい風が頬を撫でた。
ちょっと、川の方まで行ってみようか。きっと今の季節、蛍が舞って幻想的だろう。
素足に直接履いた靴の横から、ときどき草が足を撫でる感触にちょっとくすぐったさを感じながら、坂を降りていけば、そこには儚げに漂ういくつもの光があった。


(………綺麗…)


起きてきて、得をしたと思った。
川の近く、すこし広くなっている芝生の特等席を見つけて、そこに腰を降ろす。

耳に心地良い川のせせらぎと木々のささやきを聞きながら、すいすいと漂う光のうちのひとつを目で追っていると、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。

夏の夜が、大好きだった。
母親に手を引かれて流星群を見に行った、濃紺の星空の記憶。
昼間の眩しさや暑さが嘘のように鎮まって、なにか特別なことが起きそうな、不思議な予感を含んだ空気。



「……なまえ?」



家族と過ごした記憶に思いを馳せていたら、突然後ろから声を掛けられて、ビクッと肩が跳ねた。



「あ…フリッツ」

「こんな時間になまえがこんな所にいるなんて、珍しいなー。どうかしたのか?」

「ううん。フリッツこそ、こんな時間によくここを通るの?」

「まぁ、通るっていうか…散歩かな、散歩」


「よっと、」と隣に腰を降ろしたフリッツの表情は、暗くてよく見えなかった。
夜という時間帯がそうさせるのかもしれない。いつも元気いっぱいで走り回って、はつらつとしたフリッツが、今は少しだけ大人っぽく見える。


「…オレ一人で牧場やってて、たまには家族に会いたいなー、なんてセンチな気分になってみたりしてさ。そんな時に、よくこの辺を歩いたりするんだ。」

「そうなんだ…」

「ま、考えるのニガテだから、体を動かして解決!ってとこだな。」


こっちを向いて、ニカッと笑ってみせたフリッツの表情は、月の光に照らされて明るい。
まさか、フリッツからそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。…けど、彼でもそういう風に考えたりするんだと思ったら、なんだかとても安心した。


「なまえはすごいよな。オレは男だけど、女の子だもんな。力仕事だって一杯あるし、一人でがんばってて、素直にソンケーするぜ。」

「私は…まぁ、子供の頃からの夢だったからなぁ。でも、実際にやってみたら寂しかったりキツかったりで、何度帰りたいと思ったことか!って感じだよ。」

「そっか…なまえもやっぱりそういう風に思ったりするんだな。」


目が合って、微笑みあう。
言葉は無かったけど、フリッツのその目が「一緒だな」って言っていた。

会話が終わったので、私は再び蛍の舞う川のほうに目を落とす。
しばらくの間、なにも言わず二人で並んでそうしていると、心の中まで全部を共有しているような、不思議な感覚に包まれた。

虫の鳴き声に、さらさら流れる水音に、頬を撫でる夜風。
新しい場所で感じる夏の夜は、以前のものと全く違うようでいて、今はどこか懐かしく感じる。
フリッツがいるのとは反対側の瞳から、音もなく一筋の涙が流れた。


「……困った時は、助け合おうね」

「……うん、一緒に、がんばろうな。」


見えていないはずの涙を拭ってくれたような気がして、この瞬間、私はフリッツに恋をした。




[ END ]


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