「海だーーーー!!!!」
滅多に来ることができない海を前にして、私の興奮は最高潮だった。
「ああ、海だナ…。」
ハイテンションな私にひきかえ、隣で丁寧に釣り具を揃え、そっと堤防から糸を垂らすナディ。
「海釣りの仕掛けって、こんなに色々付けるんだね!」
「エサってこういうの食べるんだね…。魚がこれを口にするのを想像するとすごいなぁ…」
「撒き餌まいていいかな!?どこにまいたらいい!?」
時間があるときに川釣りはするけど、海釣りの道具はそれとはまた違った特徴があって、物珍しさからついつい身を乗り出してしまう。
「オイ、静かにしろ。あんまりうるさくすると魚が逃げるダロ。」
「あっ…ごめん、そうだよね…。静かにしてるね。」
ちょっと申し訳なかったなぁ、と思って、ナディの横に腰を下ろす。
せっかくの遠出だしおしゃべりもしたいけど、今はちょっとガマン。
たまには二人並んで自然を感じるっていうのもなかなかいいなぁ、なんて思って、目を閉じて波の音に耳を傾けてみる。
…そういえば、自然の中でこんな風にのんびりと過ごすのは久しぶりかもしれない。
仕事上、当たり前のように自然に触れているとはいえ、最近はやることも多くて、なかなかゆっくりできなかったから。
春の日差しは柔らかくて、うとうとと眠ってしまいそうだったけど、ここで寝るのもなんだかナディに申し訳ないので、時折頬をひっぱりながら久々の休みを満喫した。
「……」
「……」
「……今日は、あんまり魚がいないのかな」
「……さぁ…ソウカモナ…」
あれから2時間は経っただろうか。
魚籠の中には、未だ一匹もいなかった。
「…ちょっと、その辺を散歩してくるね。他の釣り人さんの様子も見てみたいし…。」
「おう、分かった。頼んダゾ。」
一旦ナディから離れて、海岸や堤防を歩いてみる。
ちらほらと釣りをしている人を見かけたので、魚籠を覗き込んでみると…わお、しっかり釣れているじゃないか。なんだ。仕掛けも別に特別なものじゃなさそうだし、あの場所が悪いのかなぁ。
それから少し散歩も楽しみつつ、そのことを伝えようと、ナディの元に戻ったのだけど。
「…めっちゃ釣れてるじゃん」
「ああ…ナンダカ、急に来たみたいだナ。」
「他の人も釣れてたよー。でも、よかった。これなら場所を変えなくてよさそうだね。」
「そうダナ。」
魚籠の中を、時折くるくると泳ぎ回る魚たちを眺める。
お魚さんたちよ、君らは今夜ナディの晩ご飯になるのかね。…というか、そうだとしたら凄いなぁ。造園ができて、釣りができて、魚まで捌ける男子とは。
…だけど、そこからがまためっきりだった。
完全に波が途絶えたのか、あれから釣り竿は全く動かない。
ナディが魚を釣り上げてるところ、見てみたいんだけどなぁ…。
と、そんなことを考えていたらお腹が鳴ってしまった。
ナディに聞こえてなかったらいいな。
「…ねぇ、私なんか買ってくるけど、ナディはお腹空かない?」
「…とりあえず、大丈夫だ。アリガトナ。」
「じゃあちょっと買いに行ってくるね。」
時刻はもう夕方に差し掛かって、すごく半端な時間だ。
あんまり食べると夜ご飯に響いちゃうかも…なんて考えて、控えめに食料を調達することにした。
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「ただいまー…ってすごい大漁だね!!?」
「オウ。また波が来たみたいダナ。」
「ナディって釣り上手いんだね…。さすがだわ…」
肝心の釣り上げてるところをまだ見れてないのが、ちょっと寂しいけど。
そんな本音をおにぎりと一緒にぐっと飲み込んで、お腹を満たす。うん、やっぱりお米は美味しい。
「…ホントは、オマエにも釣れるトコロを見せたいんだガ…」
「…?」
「なんか、ダメだ。…悪いな。」
「?…トータルでいっぱい釣れてるから、いいと思うけど?」
「…ナッ!ダカラ、格好良いところを見せたいのに緊張して…って、変なコト言わせんな!!」
「…!!」
「マッタク、調子狂う…!!」
なんだ…なんだ!そうだったのか!
全く興味がなさそうでいて、自分の事をちゃんと女として意識してくれていた事実にニヤニヤがとまらない。
そうか、ナディかわいいな…なんて完全に調子に乗っていたら、案の定ジロリと睨まれてしまった。
「…ッタク、なにニヤニヤしてんだ…。ホラ、もうちょっと離れろ。」
「はーい」
「…もうちょっとダ!!」
耳まで真っ赤になった横顔。
ついちょっかいを出したくなってしまうけど、本人は至って真剣だ。
今日の所はやめておくことにして、おにぎりを落とさないように注意しながら、もう30cmほど遠くに腰をずらしてみた。
その後、また散歩にでも行くフリをして、ちゃっかり遠くからナディが魚を釣り上げるところを観察していたのは…本人には、言わない方がいいよね?
[ END ]
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