泣くことは許されなかった。

男であらなければ、侍であらなければならなかった少女は、涙が零れる度に厳しく責め立てられた。
少女が男として強く成長していくことを、少女の父も祖父も切に望んでいたからだ。
しかし、彼らの想いは少女の瞳を濡らすばかりだった。
剣の稽古も、男の子達と一緒にいても、少女には苦しくて仕方なかった。
同年代の子供達の中で一番背が小さかった“彼”は、理不尽なことに蔑視と嘲笑の中心に置かれていた。
からかわれ、泣いて、男のくせにと指さされ笑われる。言い返す勇気もやり返す力もない少年は、ただしゃがみ込んで涙を流すしかなかった。


「ちっちゃくたっていいじゃない。みんなより背がちっちゃいなら、九ちゃんは誰よりも心の大きな侍になればいいんだよ」



けれど、少年にはいつも差し伸べてくれる手があった。幼馴染である志村妙だ。
彼女は少年が泣くとすぐに駆け付け、助けてくれる。
男の身でなければ強くあれないと説かれてきた少年にとって、女の身で男の子を負かす妙は憧憬の的であった。
いつも笑顔を絶やさない、優しくて強い女の子。
強い彼女のことだから、その笑みはずっと続いていくものだと、この時は信じて疑わなかった。


「……お妙ちゃん。僕は…どうひっくり返ったって、男にはなれない」



月日は流れ、妙の父親が他界した。
遺体を前に座るお妙へ声をかけようとして、だが振り向いた彼女の微笑みに何も言えなかった。
何故、泣かないのだろう。
深い哀しみに心は痛んでいるはずなのに、辛くないはずはないのに。感情を押し殺して笑う妙に、胸が締めつけられた。
少年は妙に救われていた。
親に叱られても、男の子達に虐められても、妙が隣で笑ってくれたから堪えてこられた。
ならば、今度は自分の番だ。
縋る手をのばさないのなら、自分から握ってあげればいい。
彼女の笑顔が曇るようなら、傍で支えてあげればいい。
男よりも、女よりも、誰よりも強くなって


「きっと、君を護るよ」



冷たい床の上に傷ついた身体を横たえて、少年は約束した。
悪質な取立てから妙を護ろうと複数の大人をたった一人で相手にした少年は、結果として彼女の道場から彼らを退けることが出来た。
けれども、その代償は大きく、少年は左目を失った。


「………ごめんなさい。ごめんなさい九ちゃん」



これに妙はひどく悲しんだ。
初めて見た彼女の涙に少年は小さく笑う。
謝らなくていい。
泣かなくていい。
彼女のお陰で、自分は本当に強くなろうと思えたのだから。


「…私、あなたの左目になる」



そうして現在。
少年は妙を護るための剣を、彼女のたった一人の家族に向けていた。
少年――柳生九兵衛。
剣術の名門、柳生家に生まれた跡取りは―――女であった。


「僕らは男も女も越えた根源的な部分でひかれ合っている。僕はお妙ちゃんとのあの時の約束を守る。お妙ちゃんの隣にあるべきは僕だ」


新八の前に立ち塞がった九兵衛は、昔の話を語って訊かせた。
屋敷の奥から連れ出されたのだろう妙は顔を俯かせ、新八は彼の強い決意に黙って耳を傾けている。


「男だ女だとつまらん枠にとらわれる君達に僕は倒せんよ。この男を見ろ。僕を女と知るや、途端に剣が鈍った…」


この男、とは九兵衛の足元に倒れている土方のことだ。
新八と土方の二人を見つけ、追い詰めた先に待ち構えていたのが彼だった。大将である新八を逃がし、満身創痍ながらも残ったのは英断といえよう。しかし勘の良さが仇となり、こうして彼は地に伏している。


「そんな脆弱な魂で大切なものが守れるか」


甘えるから、執着するから、妙は強がるしかないのだ。
護られることしか知らない弟だから、妙は―――


「勝手なことをゴチャゴチャぬかしてんじゃねェェ!!」


咆吼とともに放たれた新八の一撃を九兵衛は受け止める。


「笑顔の裏に抱えているもの!?それを知りながらなんで今の姉上の顔は見ようとしない!?」


連続で繰り出される剣撃に後退しながら、弾いたり躱したりと彼の太刀筋を流していく。



「「男も女も越えた世界!?んなもん知るかァァボケェェェェェ!!」」


新八の声に別の男の声が重なる。
九兵衛は土塀を駆け登り、新八もその後に続く。


「惚れた相手を泣かせるような奴は!」

「男でも女でもねェ!」

「「チンカスじゃボケェェェ!!」」


新八と九兵衛、そして竹林から土塀を駆けあがってきた銀時と敏木斎の木刀が激しくぶつかった。
塀の屋根に着地し、彼らは互いに背を合わせ、言う。


「だからモテない奴は嫌いなんだ。ねっ?銀さん」

「まったくだ新八君」






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