「お…落ち着きましょう?ね?俺は絶対貴女に危害は与えませんから!あっ、なんなら木刀ここに置いておきますし!」


結城は腰から木刀を抜き取るとテーブルに置いて弥生に向き直る。じんと痛む手が、己の配慮の足りなさを反省させた。
弥生が想像と異なる反応を見せたのも無理はない。こちらには全く戦意がなくても、今の状況は敵として彼女の瞳に映ってしまっているのだ。どうにか少女の敵愾を払拭しようと結城は微笑むも、弥生は歯牙にもかけず歩き出す。広がる距離に結城は慌てて弥生の腕を掴んだ。


「どこに行くんですか?」

『勝負はじまってる。新八のそばにいく』

「…もしかして、新八さんが大将なんで――」


振り返る弥生に失言を紡いだ口を手でおさえる。誰の皿も割らないと言っておきながら敵の大将を気にしていては、不信感を植え付けるようなものである。


「すいません!違うんです!あの、ホント、つい聞いてしまったと言いますか、俺マジ雑魚なんでっ!スライムなんでっ!だからそのっ、俺なんか相手になりませんから…っ、えっと…!」

『千歳』

「はっはいっ!」

『ゆっくり話せばいいと思うよ…』

「は…はい…」


誤解を解きたい思いが先行するあまり、上手く言葉をまとめられずに焦る結城へ弥生がそう声をかけた。じっと話を待つ弥生に結城は一度呼吸と思考を整え、この勝負に加わった目的を告げる。


「俺、こんな事で弥生さんに傷ついてほしくなくて」

『…勝負だからしょうがないね』

「無理して出る必要ありませんよ。妄りに互いが傷つくだけの戦いになんて」

『勝負だからしょうがないね』

「…、いえですから、こんな誰の為にもならない争い、お妙さんだってきっと望んで」


大気が動くのを肌で感じた。
眼前の少女が握る物の行方を予測しながら、恐る恐る辿るそれは自身の首に宛がわれており、結城は紡げなかった言葉を息と共に飲み下す。


『お妙とり戻すための勝負だから…しょうがないね』


どこまでも眠気しか伝わってこない弥生の調子は、出会った時と何一つ変わらない。ただ、突き付けられた刀が結城の弥生に対する認識を無情にも打ち砕く。
彼女は巻き込まれて此処に居る訳ではない、と。自らの意志でこの理不尽な戦いに身を投じているのだと。
何故――沸き起こる感情に結城は歯を食いしばる。
自分が理想とする強さを弥生に垣間見たからこそ、横暴に手を貸す彼女が許せず、込み上げる悔しさは大きかった。


「どうしても…行くんですね」


もう何を言っても弥生の刀を納める力にはならない。今以上引き留めれば、彼女は刀を振り切って戦地に赴くのだろう。
握力を解いた手は結城の横で力無く揺れた後、テーブルに置いた木刀を掴み、弥生へと構えた。


「なら――俺と勝負して下さい」


あくまで弥生を傷つけない為の不本意な願いであり、その暴力の矛先を自分へ向ける為でもあり。弥生が仲間に剣を振るう姿も、仲間が弥生に剣を振るう姿も見るに堪えない。ならば自らの手で弥生の皿を割り、この勝負から退けるしかない。
結局、力を制するには力しかないのか――そんな状況から結城は目を背けた。


「…残念です。貴女とならこんな」


刹那、重い一撃が頬にめり込む。強い衝撃に結城の身体は庭へと飛んでいき、地を転がり終えると顔面の痛みに蹲った。


「い゙っっでェェエ!!ちょ、まだ喋ってる途中だったんですけど!口ん中血だらけですよコレ!」

『勝負だからしょうがないね…』

「弥生さんさっきからそれしか言ってませんけど大丈夫ですか!?具合でも悪いんですか!?」


腫れ上がった頬をさすり絶叫する結城に構わず弥生も庭へ出る。ずっと手に持っていた皿を額に装着し、腰に残されているもう一振りを引き抜く。
刀を構える弥生を目にして、自ら放った言葉が重く心にのし掛かってくる。本当はこんな形、望んでなどいなかったと。そんな胸奥の声を押し殺して結城は立ち上がる。帯に隠した皿を胸に付け直し、両手でしっかり握りしめた木刀を額の皿に定める。足に力を込めれば、土をにじる音がやけに大きく聞こえた。
思えば、こうして皿を割ろうと意気するのは初めてだった。これまで勝利に執着しなかった結城は、毎年行われる合戦演習で皿を割られても大して悔しく感じたことがなかった。
仲間が勝利に浸れるなら、それでいいと。
しかし今回は、対峙する少女に勝利を許してはならない。頭ではそう理解していても、争いを避け続けてきた結城の身体は視界に映る光景に拒絶を示し、硬直していた。
怯むな、と結城は己に念じる。
これから振るう力は、弥生が振るう力よりずっと意味があるのだ。


「…いきます!」


いすくむ心を振り切って地を蹴る。一歩二歩と駆ければすぐに間合いは狭まり、正当の剣を皿目掛けて突き出した。






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