開戦の合図は狼煙で知らされる。まだその姿は空に上っていないが、開始まであと数分といったところか。
指定された敷地を歩く新八は、忙しなく辺りへ目を配らせる。大将という大役は神経をとがらせ、普段なら気に留めない木や建物の陰を無駄に注視してしまう。もう既に敵が潜んでいて、開始と同時に躍り出て来るのではないか。そう考えれば考える程より警戒心が強くなり――新八は頭を振る。勝負前からこうも気を張り詰めていてはいけないと改め、隣を歩く弥生へ視線を落ち着かせた。


「神楽ちゃん、お皿ちゃんともらえたかな」

『…いざという時は地図つくって隠したところにばつつければいいよ…』

「いやそれはダメでしょ。身体につけろって言われたんだし、宝探しじゃないんだから」

『えー…』

「チャイナ娘にはトシがついてるから心配ないさ。ああ見えてアイツは面倒見がいいからな」


二人の一歩前を行く近藤が振り返って笑う。つられて表情が同じ形を作ると気持ちが少し軽くなった気がして、新八は木刀に添えていた手を静かに下ろした。


「…九兵衛さん達の大将って、どんな人なんでしょうね」


柳生側の大将は九兵衛ではなかった。
どちらにしろ手強い相手に変わりはないのだろうが、人物像が分からないというのは漠然とした不安を抱いてしまう。無意識に紡いだ言葉はそれを吐き出してしまいたかっただけのものなのだが、弥生は律儀にも新八の不安に答える。


『赤毛で左頬に十字傷があるひと…』

「うん…その人も神速の持ち主だけど流派が違うからね、流派が」

「大丈夫だ新八君。例え相手が抜刀斎だろうと瀬田宗次郎だろうと、君は俺と弥生ちゃんが必ず護り抜く。安心していてくれ」

「その人達を相手取ることはまずないので安心してますが…ありがとうございます」


一人で柳生に挑むつもりだった。それが近藤を始め、思いがけない巡り合わせが新八の力となり、妙を取り戻す機会を与えてくれた。彼らに応える為にも負ける訳にはいかない。左胸につけた皿を一撫でし、新八はそう己を奮い立たせた。


「ところで新八君」


近藤が足を止めると、新八と弥生も倣う。向き合う彼からどんな言葉がかけられるのかと真摯に待つ新八であったが――


「さっきの話の続きなんだがどうするか。お妙さんの身の上をはっきりさせとく為にもウチに来るか?したらこれ以上お妙さんに求婚する輩も現れんだろうし、俺も24時間365日お妙さんといられるし」

「姉上はアンタのもんじゃねーっつってんだろ。そんな危険極まりないストーカーの巣窟に誰がいくか」

「そうだよな。真選組に住まうとなるといつ来るか分からん敵襲にお妙さんを巻き込んじまう危険性があるよな」

「ちげーよ。そういう意味での危険を指して言ったんじゃねーよ」

「じゃあ明日俺の荷物送るから、届いたらどっか適当に――」

「送ってくんじゃねーぞォォ!!送ってきたら着払いで送り返すかんな!」


義弟と呼んだり同棲の話を持ち掛けたりと、近藤は今回の事ですっかり新八との仲が深まった気でいるのだろう。しかし新八はそう単純ではない。近藤が妙にしてきた数々の所業を振り返れば、誰が変態ストーカーゴリラを義兄さんと呼ぶだろうか。誰が衣食住共にすることを許すだろうか。
これ以上近藤の話に付き合っているといらない妄想を押し付けられると予感し、数歩彼から離れた時だ。


「あれ、弥生ちゃんの姿が見当たらんが…」

「え?」


見れば確かに、弥生の姿がない。忽如として消えた少女を探して、二人の視線が庭をさ迷う。


「黙っていなくなったってことは、ウンコか」

「そんな露骨に言いませんけど、厠だったら僕に声を掛けると…」

『なに探してる…』


背後からのおっとりした口調にそろって首をひねる。何故か屋敷に上がっている弥生は縁側から二人がしたように庭を見渡して不思議そうに首を傾げた。


「いや、弥生ちゃんを探してたんだよ。急にいなくなるから」

『お茶まってた…』


今度は新八と近藤が首を傾げる。そんな二人に弥生は座敷を指差す。


『まっててって…』

「もしかして柳生の人が茶ァ持ってきてくれんのか?」

「まさか…普通敵に茶なんて出しませんよ」

『あそびにきたっていった』

「…ああ…そう…」


どうやら道場破り騒動は使用人の耳には届いていないらしい。弥生の暢気さに呆れつつ、今に始まったことでもないかと新八は苦笑する。


『新八もゴリさんものむ』

「そうだな、せっかく持ってきてくれるんじゃ頂くか!」

『いただくか』


だが暢気すぎる気もする。一応此処は敵地であり、友達の家に遊びに来た訳ではけしてない。
お気楽な二人を見ているうち、自分一人だけ緊張しているのが何だか阿呆らしく感じてきて、新八は力無く縁側に腰を下ろして溜息をついたのだった。






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