使い方を誤れば、振りかざす力は暴力となる。


「なァどーしてくれんだオイ。この一張羅十万もしたのよ。それをおたくの嬢ちゃんがこんなに汚しちまいやがって」

「申し訳ありません」

「悪ィと思ってんならクリーニング代五万払ってもらおうか」

「そんな…」


偶然、一人の幼い少女の姿が目に入った。買って貰ったソフトクリームを嬉しそうに頬張る微笑ましい光景に目を奪われていると、前からやってきた大柄な男とぶつかり倒れてしまう。持っていたソフトクリームは男の着物に付着した後、少女の手を離れて地面に落下。無残になったそれを見て少女は泣き出し、駆け付けた母親へ男は大袈裟に文句をつけている。渋る母親に男の声音が次第に大きく、苛立ったものに変化していく。周りに目を向ければ皆一様に傍観を決め込んでおり、おそらく男の腰に差さる刀を懸念しているからだろう。戻した視線の先には、母親の腕の中で怯える少女がいる。痛ましい姿に見ていられず、下げたビニール袋を強く握って男の前に立った。


「ゆ、許してあげて下さい!」

「あん?」

「子供の不注意じゃないですか!着物が少し汚れたぐらいで…」

「うるせェェ!ケガしたくなかったら引っ込んでろ小娘がっ!!」


男が刀に手を掛ける。
小さな悲鳴が後ろからあがり、それに嗤う男を心底軽蔑した。
刀は脅しの道具ではない。それに語弊がある。力を見せびらかして横暴に振る舞う男を許せなく思うも、丸腰では対処しようがない。不穏な空気に息を呑んだ時、男の背後で揺れる人影に緊張が途切れた。


『ちょい…』

「んだァ!?」

『通れない…どいて』

「今取り込み中だ!つーか脇通ればいいだろーが!」

『だめ。とどかない』

「はあ!?」

『白いの踏んでいかなければ私は死んでしまうのだよ…ちょうどチミの向こうにある』


呆気に取られながら視線を落とす。この通りは煉瓦で舗装されており、主流は赤茶色だが所々に白い煉瓦も埋められていて、彼女が言うように男の手前にもそれがあった。


「知らねーよそんな自分ルール!俺も昔やった事あるけども!」

『片足立ちって地味に辛いんだぜ…』

「だから?って感じだけど!?辛ェなら足下ろしゃいいだろーが!」

『も…限界。はよ道をあけたもれ』

「ねェ人の話ちゃんと聞いてる!?てかまず空気を読め!」


折れたのか、一つ舌打ちして男は道を開けた。そこでようやく彼女の姿をはっきり視認できた。
バランスを保つ為、垂直に左腕を伸ばし右手にはソフトクリームを持つ眠気を孕んだ面持ちの少女。ところが驚いたことに、その腰には可憐な容姿とは不釣り合いな刀が二本も差してある。
少女――弥生は無事白煉瓦に浮かせていた足を乗せ、くるりと男に向き直ると彼の着物を指差し、言った。


『それ…しまむらで安売りしてた…千円で』


沈黙。
瞬間、どっと笑いが沸き起こった。


「十万たァ随分見栄張ったな兄ちゃん!」

「道理で見た事ある柄だと思ったのよ」


羞恥に震える男は真っ赤な顔を弥生へ向け、覚えてろと吠えると逃げるようにその場から去っていく。足を止めて見守っていた人々も散っていき、通りは普段の状態を取り戻す。


『…あきた』


先程のこだわりは何だったのか、あっさり足を着いた弥生は再びくるりと方向を変え、母親の脚にしがみつく少女へアイスクリームを差し出す。


『あげる』

「まァ、いいの?貰っちゃって」


母親の言葉に弥生は頷くと少女の表情が一瞬で明るくなった。


「アナタも、助けてくれてありがとね」

「いえ、自分は何も…」

「それにしても、近頃の女の子は頼もしいのね。ホラ、お礼は?」

「おねーちゃん達ありがとー!」


小さな手を目一杯振って遠ざかっていく少女へ手を振り返すも、心境は複雑だった。母子にも、そして先刻の男にも訂正できなかった事がある。


「俺…男なんですけどね」


ポツリ呟いて隣を見る。が、そこにいた筈の弥生が居ない。慌てて辺りを探せば既に前を行く姿があり、追いかけて彼女の前に立つ。


「俺、結城千歳って言います。未熟ながら、柳生の下で剣を学ぶ者です。宜しかったらお礼、させてもらえませんか?」

『……………………………………………………………あ、今はやりのオレっ娘というやつですな』

「正真正銘紛うこと無き男です!」


断言するも不思議そうに首を傾げられてしまい、乾いた笑い声を零す他なかった。






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