『あ。ヅラだ』

「ヅラじゃない、桂だ。あ、違ったヅラ子だ。…ん?弥生、俺は何だ」

『ヅラ、着物似合ってる…自信持って』


親指を立てて弥生は言うが、桂には複雑な心境だった。
出会った桂は何故か女装をしていた。
攘夷志士の桂は幕府に追われている身なのだが、これは敵の目を欺く為の変装なのだろうか。


「それにしても久しいな。春雨の時以来か」

『春雨?………スープ?』

「スープじゃない海賊だ。というか弥生、お前そんな堂々と刀を持ち歩いていると役人に捕まるのではないか?」

『平気…ヅラじゃないから』

「確かに、弥生は攘夷志士ではないが…」

『…眠くなってきた。帰るね…』

「まァ待て。ゆっくり話がしたい。茶でも飲んでいかぬか」


眠い。が、やはり久々に会った人物だ。おまけにタダ酒ならぬタダ茶が飲めるのならばと、弥生は桂の後をついていった。


「どうだ、うまいか?」

『ん』


頼んだチョコレートケーキを口へ運ぶ弥生へ問えば、返ってきた短い答えに桂は微笑んだ。

「…銀時と一緒にいるそうだな」

『…うん』

「仲良くやっているようで安心した。…あんな別れ方をしたものだからな…」


昔を思い出しているのか、外を眺める桂の表情は憂いを帯びていた。
そんな彼を一瞥すると視線を飲み物へ移し、ストローに口をつける。


「そんな…困ります、お客様」

「あァ!?我等の言う事が聞けぬのか!!
我等は国の為に日夜命を懸けて戦っておるのだぞ!!」

「昔も今も国を護ってきたのは我等武士!
我等を敬い、讃えるのが貴様ら町人の役目であろうがっ」


通路を挟んで丁度真横の席。二人の浪人が一人の女性店員に罵声を浴びせていた。


「で、ですが…」

「どうした弥生、そんなちまちま飲まずともよいぞ。ドリンクバー取ったからな。飲み放題だ」

「飯の一杯や二杯ぐらい奉仕せんでどうする!」

『マジでか。ぎんとだったら単品だけで飲み物つかないから…』

「いや…一杯二杯どころじゃないんで。お客様好き放題食べまくったので」

「さすが万年金欠の男だ。弥生、ちゃんと食わしてもらっているのか?お母さん心配だよ」

「無礼な店員だ!そこへなおれ!成敗してくれる!」

『大丈夫。一日一食ちゃんと食べてる……それに』


抜刀し、店員へ斬りかかろうとする男達の顔面に弥生と桂の足がめり込んだ。


『お金入った時だけちゃんと払ってくれる…後はツケてるけど』

「弥生、一日一食はやめなさい。それ以上細くなってどうするのアンタ」

「なっ、なんだ貴様ら!」

「このアマ!ただでは済まぬぞ!!」

「アマじゃない!ヅラ子だァァ!!」


言うと回し蹴りをお見舞いする桂。弥生もまた、襲ってくる男の鳩尾へ柄を入れれば男達は気絶した。


『タダ飯にしたかったら金持ちにたからないと』

「町人あっての国だ。その町人に手を挙げる貴様らに武士を名乗る資格などない」

「あのォ〜お客様…」


控えめにかかる声。それは気絶している男達に絡まれていた店員のものだった。


「災難だったな。怪我はないか」

「は、はい。有難うございます…ですがテーブルの上が災難でして」


店員の視線をたどった先は、割れた食器でグチャグチャになったテーブル。


「弁償を、お願いしたいのですが」

「は。いやいや、弁償はこいつらに請求するのが正しいだろう」

「ですが…お客様の回し蹴りでそちらのお客様が吹っ飛び、その拍子にお皿が割れましたので…」


しばらくの沈黙。滝のように汗をかき、固まっている桂へ店員は満面の営業スマイルを浮かべて言った。


「よろしいですか?」


と。


「よろしくないわァァァ!!貴様ァ先程助けてやった恩を忘れたかァァ!!そこへなおれ、成敗してくれる!!」

『ヅラ子、町人あっての国じゃないの』














「全く、今日は何だというのだ。化け物に捕まるわ、女物の着物を着せられるわ、踊らされるわ、一瞬で懐が冷めるわ…」

『ヅラ子、災難だね…』


結局、桂が弁償金を払い役人が来る前に店を出た。ブツブツ文句を言いながら歩いていたが、何か思い出したのか急に焦りはじめる。


「しまった!西郷殿に使いを任せられているのだった!スマン弥生、俺は戻る」

『…ケーキありがと。頑張ってね、ヅラ子』

「ヅラ子じゃないヅラだ!!…あ、違う。桂だ!」


訂正すると桂は駆け足で人混みの中へ紛れて行った。










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