こうして自然に眠りから覚める感覚を弥生は久しく感じた。近頃は神楽という強烈な目覚ましで起こされていたが、物静かな家に三人の不在を知る。
しばらく布団の上でぼうっとした後、両腕を上げて伸びをする。襖を開けるとひっそりとした居間が弥生を出迎えた。買い物か、仕事か。三人がいない理由を適当に予想しながら弥生はテレビの電源を入れ、ソファーに寝転ぶ。画面は緊急で入った情報を慌ただしく伝えるキャスターを映し出す。内容は最近よく耳にする大使館を狙った連続爆破テロだ。その被害にあった戌威星の大使館前から話される現場の状況を右から左へ聞き流していると、馴染みのある顔が三つ映し出された。あろうことか、テロリストの一味と周知されている。
弥生は欠伸を零して瞼を閉ざす。何の変哲もない平和な今日に浸る弥生を咎めるかのように、けたたましく電話が鳴り響いた。耳障りな音に弥生は顔を歪め、受話器を耳に押し当てる。


『電話番号間違ってます』

《間違ってんのはオメーの頭だ。お前受け答えすんのめんどくせーからって毎回適当なこと言ってんじゃねーぞオイ》

『知らない人に説教される覚えはありません』

《そりゃァねーだろ弥生ちゃんよォ、おめー俺の何を今まで聞いてきて…》

《銀ちゃん弥生と電話してるアルか?弥生〜テレビ見たアルか〜!?私テレビ出演したネ!》

《弥生ちゃん誤解だからね!?僕達がテロリストな訳ないからァァ!!》

《うるせェェお前ら!!今俺が弥生と話してんの!おい弥生!なんかめんどくせーことになって暫く帰れそーにねーから適当にやってけ!》


周りの声に負けじと怒鳴るようにして銀時は言うと通話が切れた。机に置かれた受話器は元の場所に戻されることなく、誰もいない空間で虚しく終了音を響かせていた。










『お腹すいた…』

「そーかい。ならファミレスにでも行ってきな」

『お登勢…ご飯まだ?』

「何当たり前のように待ってんだ!ウチは定食屋じゃねーんだっつーの!!」


言うもお登勢は「しょうがないねェ…」と呆れつつ食事の準備に取り掛かる。なんだかんだ世話をやいてくれるお登勢。表情に出ずともそんな彼女を弥生は好いている。


「アンタその不規則な生活どーにかしたらどうだい」

『むり…』

「そのうちアンタも銀時みたいな大人になっちまうよ」

『……お登勢、ネバーランドってどこにあるの?』

「ねーよそんなとこ。諦めてきちんと朝に起きることから始めな」

『…生まれ変わったら頑張る…』

「いや、今現在現世のアンタで頑張んだよ!」


ふと、室内にしてはやけに感じる風の流れに弥生は出入口を見遣る。損壊している戸口は既に目にしていたが、興味より空腹が勝りスルーしていた。


『入口どうしたの…』

「あァ、あれかい。バイク突っ込まれてねェ、迷惑もいいとこだよ」


お登勢は咥えたタバコに火をつけ、壊れた戸口を苦々しく眺める。並べられた料理を口に運び、お登勢と同じ所へ向けていた視線をテーブルに戻す。


「そういや、その飛脚になんか頼まれてたねェアイツら」

『ふぅん…』

「もう帰ってきてもいい頃合だが…アンタ何か聞いてるかい?」

『なんも…』

「ったく…遅くなんなら連絡の一つでも寄越せってんだよねェ」

『ね』


少し前にあった電話など弥生の中では既に忘却の彼方である。


「弥生、アンタこれから出かけたりすんのかい?」


食事を終え、席を立つとそう声をかけられ弥生は首を横に振る。


『ねる…』

「ならいいんだ。テロ騒ぎで役人や警察がうろついてるからね。出歩かないほうがいいよ」

『ん』


お登勢に礼を言い、出入り口へ向かう。空腹が満たされたことで襲ってきた睡魔の猛威に抗ったりせず二階を目指す。が、店を出た瞬間、痛いぐらいの力で腕を掴まれたかと思えば乱暴に引っ張られ、弥生の身体がよろけた。


「お前テロリストの仲間だな!?」


何故か三人の男に囲まれる。ほとんど質問の意味を成していない言葉に呆けていると別の男が弥生の腰に差さるものを指差す。


「とぼけても無駄だぞ!その腰の刀が動かぬ証拠!!」

『おもちゃ』

「んな訳あるかァァ!!どう見ても本物にしか見えねーよ!」


明らかに勘違いではあるが否定するのも面倒で、弥生は自分の手首に手錠が掛けられるさまを大人しく見守る。そしてずるずる引きずられていく弥生をお登勢もまた呆れた眼差しで見守っていた。








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